「大丈夫」

 霊くんが来る時間になる。霊くんと会うのは決まって深夜で、真っ暗な部屋に霊くんがやってくる一瞬先に霊くんの気配がやってきて、すぐに霊くんが姿を現した。


「少し待たせちゃったかな」


「いや、そんなことはないけど」


「それじゃあ、今日はなんの話をしようか?」


 霊くんに尋ねられて初めて、わたしは自分が他人と話すための話題をなにも持っていないことに気づく。


 正確にはいじめられた話とかをしてもいいのだけれど、そんな話を聞いててもつまらないだろう。


「広海ちゃんの話ならなんでも聞きたい」


 霊くんは、わたしの心でも読んだかのようなことを言った。


「でも、本当ににつまらないし暗い話だよ」


 わたしが話せるのは、もし自分が霊くんの立場だったら聞きたくないような話ばかりだ。


「それでもいいから。聞かせてよ」


 霊くんはいったい何者で、どうしてわたしのことをこんなに知ろうとしているのか。心の中に湧き出た疑問はしかし、口に出されることはなかった。


 ただ、一言。


「じゃあ」


 霊くんはわたしの話に耳を傾けた。


「きっかけはほんの些細なことだったと思う。わたしがテストでたまたま大成功して嫉妬された、だったかな」


「うんうん」


 霊くんはわたしの話に真面目な顔をして相槌を打つ。まるで心から面白いと思っているみたいだ。


「それで、きっかけがきっかけだから、最初は大したことをされなかったんだけど、わたしの反応を見たのかどんどんエスカレートしたんだよね」


「そっか」


 淡白な反応でも、心から気を遣ってくれていることが感じられて、霊くんはわたしを遠巻きに嗤った同級生たちとは全然違う人なんだと認識する。人というか幽霊なんだけど。


「それで、広海ちゃんはどんなことをされたの? 思い出すのが辛ければ無理に答える必要はないんだけど……」


 初めて会った時は無遠慮な奴だと思ったのに、今はその欠片も感じられない。


「最初のうちは無視されたり陰口を言われたりするだけだったのに、最近では殴られたり蹴られたりは当たり前になって、時には物が隠されることもあって、影ではあだ名もつけられてたみたいで」


 語っているうちに、実際の情景が思い出されて、どうしても感情が籠って早口になってしまう。


「広海ちゃん、大丈夫?」


 霊くんと初対面の時に、わたしが辛くて苦しいなんて醜い姿を見せてしまったからだろうか、霊くんはわたしを心配しているみたいだった。


「ちょっと辛いけど、そんなに心配するようなことじゃないよ」


「じゃあ、どうして泣いてるの?」


「泣いてなんて――」


 つーっと、頬を生温い液体が伝った。


 手でそれを拭い、発生源を辿っていくと、目尻にたどり着く。


 それは、紛れもなく涙だった。


「大丈夫、大丈夫だから」

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