憎めない幽霊
思い返してみれば、わたしに外に出ないかと言った時もわたしの辛さや苦しみがわかると言ったときも、悪意は欠片もなかった。霊くんは、天然なのだろう。
だが霊くんが呆気なく自分の誤りを認めたから、わたしが意地を張っただけみたいになってしまって、少し癪だ。
「君、名前は?」
「わたし、は……」
しばらく一人で過ごしていたから、名前を思い出すのにも少し時間がかかる。
「白井広海」
自分の名前を、他人に告げる。
一つだけ、自分を取り戻したみたいだ。
「広海。いい名前だね」
どうしてこの男は、いきなり名前呼びをするんだ。
だが、不思議と抵抗はなかった。
わたしにとって、他人と距離を詰めるということはなにより恐ろしいことだったはずなのに。
「って待って、幽霊なの?」
今まで平然と会話していたけど、わたしは幽霊を信じていない。
「そうだよ。なにも覚えてないんだけど僕が死んだってことだけ覚えてるんだ」
「え、どうやって入ってきたの?」
「普通に、すり抜けて」
にわかには信じがたいことだ。幽霊はいないものだと思って生きてきたし、当然人間は壁をすり抜けられない。
「実際に見てみる?」
わたしの反応を待たず、霊くんは壁に身を沈めた。
それはまさしく、壁に身を沈めるといった様子だった。
身体がちょっと透けてる。
「納得はできないけど、理解はできた……」
「じゃあ、僕はそろそろどこかに行くね。また来てもいい?」
もう来ないでほしいと思う気持ちが先ほどまであったのに、その気持ちは気づけば無くなっていた。
「連絡取れるの?」
「僕はスマホ持ってないよ。幽霊だから」
「じゃあ、時間決めよう。無断で部屋に入ってきてほしくないから」
霊くんは、また来てもいいという意味だと受け取ったのだろう、悲しそうな表情が想像も出来ないほど嬉しそうに笑った。
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