第3話 邂逅


 庭師が言う。

「姫さまは、とても可愛らしいお方なんじゃよ」

 と。


 しかし、鉄の鎧に全てが覆われた相手を可愛いとは、全く思えない。そもそも、女性であることは知っているが、女性として見えたことがない上に、身丈もそこそこある死神の通り名を持つ相手に、可愛さなど感じられるはずがない。さらに、彼女が今回の功績として受け取ったこの土地は、元は我が国の土地だった。

 そんな場所に住居を構える。


 隣国と隣り合うようにして山に抱かれ、その山からの清流が流れてくるこの土地は、避暑地として華族の別荘地になっていた場所だ。

 そう思えば、民が手放しやすかった場所とも言えるのかもしれない。


 民主主義を謳った反乱軍は、王家を恨んでいたことだろうし、華族が好んだ避暑地だと言っても、国境の、いわばなにもない場所である。

 彼らには思い出も何もない、そんな場所だったのだろう。


 そして、頭を振って、溜息を付く。もう一度、彼女の可愛い探しで気を紛らわせる。何かで気を紛らわせるには、誰かが置いていった疑問を考えるに限る。他人に与えられた疑問は、自分の中では確実に他人事なのだ。

 せめて、リボンくらい付けていれば、可愛い要素ではあるのだろうが……。必死に考えて、何か一つあげるならば、その桃色の鶏冠くらいだろうか。


 鶏冠に色を付けるとしても、今まで出会ってきた騎士の中では、赤か白くらいしか見たことがない。

 あの血なまぐさい戦場に、優しい感じのするあの色を選ぶのだから、そこは確かに女性的なのかもしれない。


 ただ、女性は褒めるものだと言われてきたが、やはり今のところ外見で褒められそうな箇所はそこしかない。そして、おそらくそこは、褒められて嬉しい箇所ではないだろうことも分かる。


「ちがうちがう、脇芽はこっちじゃ」

「申し訳ない」

 俺の師匠である庭師の名前は最近知った。ヒューストンさんだ。ハサミを片手に、樹木の剪定をしているのだが、どうしても、まだよく分からずに注意されてしまう。


「しっかりと覚えたら、この庭をお前さんの好きに変えていいとは、本当に太っ腹な姫さまじゃ」

「ほんとうに」

 太っ腹なのは肯けた。


「次はイチゴ畑にも行くから、籠を用意してきてくれんか?」

「はい、分かりました」

 その姫さんはイチゴが好きなのだそうだ。


 確かに、イチゴが好きという要素も可愛いの部類に入るのかもしれないが……。

 鎧がイチゴを食べる絵を想像すると、やはり奇っ怪でしかない。


 小さな物置小屋には、草刈り鎌に背負子、鍬や箒、塵取りと藁。そんなものがところ狭しと、片付けられている。本当に小さな物置で、少し動く度にどこかに頭をぶつけそうになる。だから、ものを探すのも一苦労なのだ。

 ヒューストンさんなら、腰も曲がっているから、もしかしたらちょうど良いのかもしれないけれど。

 そんな失礼なことを考えながら、イチゴを収穫できそうな浅い籠を見繕う。

 イチゴ畑には大きな実のなるイチゴや小ぶりのイチゴ、野イチゴなんかもあるらしい。葉が生い茂っている時点で見せてもらったことはあるが、どれがどれなのか、全く分からなかったし、覚えられなかった。

 食べきれない分はジャムにして他の季節にも食べるそう。


 あのお茶会にも出てくるのだろうか……。


 イチゴのジャムは、妹が好きな食べものだった。


「ルシア……」

 気の強いルシアは今どうしているのだろう。


 兄弟はバラバラになったとは聞いている。それぞれが信頼できる華族の養子となっているとも聞いている。しかし、それぞれがどこへ養子として迎えられているのかは、互いに知らされていないとも聞く。

 当たり前のことなのだろうが、独りは淋しいだろうな、と考えてしまう。


「ギルバートとジャイバン」

 まだまだ頼りない弟ふたり。

 息災であれば、良いのだが……。


 暗がりの中に差し込む光が、希望を照らしているのか、それとも頼りなき光なのか、そんなことも思ってしまう。


 やっと見つけた籠を持ち、ほっとしながら燦々とした日射しの外に出る。

 狭い小屋から出ると、視界が広がり改めて世界の広さに感謝した。


 そして、「あ」という声が聞こえた。


 声に視線を向けると、髪を肩まで伸ばした娘が立っていた。そして、徐ろにその短い毛先に手を遣った彼女は、慌てて来た道を走り去った。

 彼女と俺の道の間にはツバの広い白い帽子が落ちている。

 これを取りに来たのだろう。


 拾った帽子に付いた土をさっと払い、帽子を追いかけたくらいなら見逃してやったのに、とその娘の逃げた先を見つめた。


 ほんのりと桃色を感じさせる金色。


 珍しい髪色だから、この辺りの町にも出入りするヒューストンさんに尋ねれば、身元も分かるかもしれない……。そう思った俺は、そのままその帽子を脇に抱えて、彼女とは反対の道へと帰った。

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