第2話 その髪色は邪悪なのか
ジャクリーヌの傍に仕えて十五年。ポートマン夫人は思っていた。
自分の髪色が他人と違うことを気にしすぎて、引き籠もってしまった第三王女の今回のことを。
ジャクリーヌは生まれた時から少し桃みを帯びた金髪をしていた。とても珍しく、ご家族揃って「まぁ、綺麗な赤ん坊」と喜ばれたのは確かだと、ジャクリーヌの乳母からは聞いている。
しかし、年齢を重ね、ジャクリーヌが七つを迎える頃。すでにポートマンも彼女の傍で身の回りの世話をしたり、マナーを知らせたりするようになっていた、その頃の出来事だ。
その時、ジャクリーヌにとっての悲劇が起きたのだ。
王城で行われていたお茶会に呼ばれた様々な国の王族・華族。
その家族にも同年齢の子達がいたのだ。
「ジャクリーヌ様の髪の色は、赤?」
「金髪の仲間じゃないの?」
「でも、時々赤っぽくない?」
「うーん、桃色?」
珍しいものを見るとすぐに質問してしまうのが子どもだ。そして、自分の知っている知識をひけらかしてしまうのも、やはり子どもだった。
「赤い髪は魔女なんだよ」
物知りの女の子が言った。
少し年上の女の子が、ジャクリーヌを庇うつもりで頭を撫でる。
「ジャクリーヌ様がそんなわけないわ。だって、王女さまだもの」
「だって、絵本に書いてあったもの。その国は赤い髪の魔女の棲む国でしたって。王様は魔女に殺されちゃったんだから」
それが空想の産物であることも、分かっているが、どこかにいるかもしれないと信じてしまう危うい時代。子ども達は、ただ自分の意見を戦わせるでもなく、お喋りしているだけだった。
しかし、ジャクリーヌが、ずっと口を閉ざしていることにも気付けないのも、彼らであり、すでにジャクリーヌの髪と赤髪の魔女が別の話になっていることに、気付けないのもまた、子どもであった。
そう、あの時は、すでに絵本の魔女が邪悪だという話だけになっていたのだ。
その絵本の魔女の髪は、確かに炎のような赤をしていた。
ジャクリーヌの髪とは似ても似つかぬ、人の色ではない、そんな色。
その夜、ジャクリーヌが自分の長い髪をバッサリと切り落とした。
月明かりに頬を濡らし、斬バラ頭で、ポートマンにこう言った。
「髪が生えてこなくなるにはどうすればいいの? わたしは、お父様を殺してしまうの?」
そんな彼女は髪を伸ばすのを嫌がり、室内でも帽子を被り、そして、口をきかなくなった。
ただ、黙々と剣術の鍛練に励むようになり、『魔女』という言葉から遠ざかろうと必死になった。それなのに、彼女は死神と呼ばれるようになってしまう。
そして、あの日。敵国の第三王子を捕らえて国に戻ってきた彼女は、最後は掠れる声で父王に嘆願したのだ。
「どうか、殺さないでください。命を狙った私に『ありがとう』と言ってくださった方なのです。私を死神とは呼ばなかった方なのです。生き残っている家族も……どうか」
十三年ぶりに彼女がジャクリーヌとして出した声と言葉。
そして、何度も懇願に上がった、死神と呼ばれた第三王女。
最後は叫びにもよく似た、そんな懇願だった。
「お父様っ。どうかっ!」
国王がどんな風にそれを受け止めたのか、ただ国王の沈黙は長く、そして、重く。ただ一言。
「できる限り、考えよう」
だった。
ポートマンはジャクリーヌの部屋の扉を叩き、入室を尋ねる。
「どうぞ」
声を出すようになったジャクリーヌの声は、もう掠れてはいない。透き通るような色をしている。水琴のように響き、安らぎをもたらす声。
光の中で桃色に輝く奇跡の髪。
そんな風にも呼ばれる髪は、長い戦時下の中で肩ほどにまで伸びていた。それでも、ジャクリーヌがその髪を切ろうとしない。感謝されたということで、彼女の個性を彼女が受け入れられたのだろうか。
「梳かしましょうか?」
「はい……上手くいかなくて」
毛先に行くほど巻き毛になっていくジャクリーヌの髪に丁寧に櫛を入れると、月の光を含んだその髪は、温かみのある黄金色へと輝いていく。とても美しかった。
「お庭はどんなお庭だったのでしょうか。あちらのお城は、……」
こちらの軍が籠城を崩して攻め入った時には、あちらのお城はすでに大きく姿を変えてしまっていた。
その地下にいた第一王女が、幼い弟ふたりを抱きしめたまま、兵士を睨み上げて、その手に持つ短剣をふたりに振り翳したという。
おそらく、最期は自害を考えていたのだろう。
国王が『生きて捕らえよ』と通達していなければ、籠城があと二日敵っていなければ、彼女の懇願が国王の耳に届くのがあと一日遅ければ、どうなっていたか分からない。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます