死神と呼ばれた王女とエヴァンジルの庭

深月風花

第1話 桃色鶏冠の王女さま


 この状況をどう説明すれば良いのだろう。


 まず、今、俺の目の前には、桃色の鶏冠を持つ兜と鎧を着たおそらく女性であろう、何かが座っている。


 いや、女性であることは知っている。

 ここの王国の第三王女、ジャクリーヌだ。

 そして、俺はこの度敗戦国となってしまった隣国の、奇しくも同じく第三の肩書きを持つ王子をやっていただけのしがない男だ。


 とりあえず、テーブルを挟んで座る桃色が、ティーカップをカチャカチャ言わせながら、しごく面倒な形で、そのお茶を飲む。

 片手でフルフェイスの兜を持ち上げながら、意外と優雅にお茶を口に含むのだ。

 全く器用だ……。

 そんなふうに思いながら、眺めてしまうと桃色がカチャカチャ音を立て始める。


「これは失礼しました」


 一応、今の俺は『庭男』らしい。

 咎人ではないらしいが、目上の者を見つめるなんて、失礼極まりない。


 ……のだが。


 そもそも、どうして、処刑ではなく、庭男なのだろう。

 普通、成人男子である俺など、確実にギロチンだろう。


「ご、ご、ご」

 言葉に詰まるジャクリーヌに代わり、付き人のポートマンさんが言葉を足していく。

「ご家族のことは」


「ごご、ご」

「ご心配なく」

 そして、俯くジャクリーヌがまた「ご」を続ける。


「ご両親と王太子様であらせられました兄上様はわたくしでは、どうしようもなく……」

 ポートマンさんが何の感情も込めずに、淡々と語る。


「いえ、妹と幼い弟たちを助けていただけただけで充分です」


 そして、桃色はうつむき動かなくなる。微動だにしない彼女は、もはや、広間に飾られている鎧コレクションのような存在だ。


 しかし、本当に充分というか、充分すぎるのだ。

 首都を護る最後の砦だった第二王子は戦死だった。立派な最期だったとは聞き伝えられているが、立派な最期も何もない。護り切れなかったのだから、それは単なる慰めなのだ。


 王城を護っていた第一王子は捕らえられ、両親と共に民衆の前で処刑された。


 親類は地位と財は剥奪されているが、戦死者以外、生かされている。


 充分すぎる恩赦だ。そして、恩赦を受けたにも拘わらず、反旗でも翻そうものなら今度こそ一族郎党すべてが滅亡に繋がる未来は誰にでも見えた。

 それ程までに、我が国が衰えていたとも取れるし、この国が強かったとも取れる。

 帰る国すら失った我らは互いが、そんな国の人質となるのかもしれない。


 お互いに甘やかされて、苦労もせずに生きてきた父と母の浪費癖が直らなくて、資源などいくらでも湧いてくると思っていた、愚かな一族の末路。

 飢饉が続き、民衆の不満が積もりに積もっていたことに気付かず、今まで通りの税を要求し、反乱軍が立ち上がった時にその緊迫さを知った。


 成人してから政にいち早く関わり始めた第一王子が、数字の不思議に気付き、なんとか立て直そうとはしていたが、時すでに遅しだったのだ。


 隣国に助けを求めた民を責めることはできない。よく、ここまでついてきてくれていたとさえ思ってしまう。そして、国土を広げようと常に目を光らせていた隣国は、思わぬ拾い物に笑いが止まらなかったことだろう。


 しかし、そう思えば兄ふたりに申し訳なく、自分も続きたかったという思いは、今でもある。しかし、妹と弟を思い、戦場を逃げたいと思ったことがいけなかったのだろう。


 あの時。次々に入ってくる地点突破報告に、あぁ、これは敗戦だな、と思った。

 まだ幼く政にも一切関わっていない弟二人と、長引く戦火の中やっと十三歳になったばかりの妹の顔が過ぎった。 

 あいつらだけでも、逃がせないだろうか……。生きながらえて、あいつらの命の懇願だけでもしてやりたい。


 ここを任された大将としてはもちろん失格なのだが、ふと過ぎってしまったことは確かだった。そして、副将が最後の報告をする。

「お逃げください。殿下がいれば、……」


 不思議なことに、臣下からは嫌われていなかった。あの両親でさえ慕われていたのだから、性格だけは良かったのだろう。きっと両親は、よく言えば優しく悪く言えば浅慮な人達だったのだ。


 そう、誰にでも優しく接することのできた素直な人達。

 そう、寒いと聞けば自分の上着を誰にでもすぐにやる。しかし、すぐに新しいものも買ってしまう。


 しかし、俺たち家族は裏切ったのだ、すべての者を、きっと。


「どう足掻こうとも何も変わらぬ」


 『だけど』なのか『だから』なのか、俺は前線に立って、敵と相見えることしか選ばなかった。

 

 桃色の鶏冠が見えた。

 それは国王のデスサイズと呼ばれる、死神だった。


 最期を飾るに相応しい相手だと……思ったはずなのだ。


 戦場で目立つ色は、その者の自信と相当する。


 颯爽と駆ける白馬は桃色の死神を乗せて、俺の前に立ち塞がり、彼女はただ剣を振るった。

 刃が力強く風を切り、その剣筋が綺麗に迷いなく、頸を狙ってくる。体を伏せて、それを躱し、次に打ち込まれる剣を、自身の盾で受け止めると、反撃に移る。

 まるで、舞を舞っているかのように馬を操り、俺の攻撃を躱す桃色は、死神と言うよりも戦場の妖精にも思えた。


 戦の神に愛されているのだな、そんな風に思えた。


 落馬し、面が割れて、頸に触った諸刃の刃。

 そのまま首を落とされると思っていた。全身を持ち帰るよりも、首だけの方が便利だから。


「言い残すことはないか」

 面の中で発した彼女の声は低く、くぐもっていた。

「そうだな……」


 家族揃って城の庭でピクニックをしたことを思いだした。あの頃は、楽しかった。生まれたばかりの末の弟と、よちよちの弟。

 妹は大きなリボンを頭に付けて喜んでいて、兄ふたりが木登りをしていて、俺は、追いつきたくて、背伸びをしたままその幹を抱えてしがみついていた。


「生き残っている家族に伝えて欲しい。あの庭でゆっくりと待っているからと」


 伝わるかどうか、分からない。しかし、それが彼らの命乞いに繋がればと……死に急ぐな、と思って言った言葉だった。

 桃色の死神が肯き、俺はそれに感謝を述べた。



 だから、何をどう間違われて、こうなったのかは分からない。

 桃色の死神は、「ご」しか言わないし、『庭男』を三時のお茶に誘う。


 謎しかない。

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