魔王との最終決戦
京高
いざ、決戦の時
異世界からの侵略者である『魔王』率いる魔族たち。その強大な力を前に終始押され続けていたレタメルエン世界の各国上層部は、このまま泥沼の消耗戦となっても勝ち目はないと悟る。
苦渋の決断の末に決行することになったのは、大逆転に向けての乾坤一擲の策。各国から集められた千にも達する精鋭たちによる魔族の本拠地、通称魔王城への強襲であった。
そして数多の犠牲を払いながら十人の強者たちが魔王城最深部へと到達し、魔王と対峙していた。
「魔王よ、お前の野望もここまでだ!」
「フッ……。ようやく我が前に立っただけの弱者が威勢の良いことよ」
「俺たちが弱者かどうか、その身で味わいやがれ!」
互いの前口上もそこそこに、後に勇者と呼ばれることになる十人は懐から
「『魔導機』召喚!」
カッ!とまばゆい輝きが走る。光が収まった時、そこに在ったのは身の丈が五メートルにも届こうかという金属製の巨人たちだった。『魔動機』もしくは『魔導機』と呼ばれるロボットのような存在だ。
魔力によって内部に乗り込んだ操縦者の意のままに動かすことができるそれらは、遥か古代文明の遺跡から稀に発掘される貴重品であり、レタメルエン世界における最高の防衛兵器であり決戦兵器だった。
しかし、それらの威容を前にしても魔王は恐れるどころか怯んだ様子もない。
「クッハハハハハハ!よくもまあ、それだけの骨董品を集めてきたものだ」
それどころか、呵々大笑して獰猛な笑みを浮かべる始末である。
理由は二つ。一つは魔王の方が魔導機よりも一回り以上もの巨体を誇っていたこと。青黒いその肌は対峙する無機物よりも金属質な印象を見る者に与えるほどだった。
しかしより重要なのはもう一つの理由の方であろう。かつて魔王はそれらに勝利したことがあったのだ。
およそ八年前のことだ。レタメルエン世界に現れた魔王と魔族を退けるために激しい戦いが勃発した。
第一次魔族討伐戦、または『魔王大戦』と呼ばれているその時には、とある大国から二十を超える『魔動機』が投入されていた。が、善戦していたと思えるのは戦いが始まってからのわずかな時間だけだった。
魔王が前線に現れた瞬間に状況は一転し、次々と魔動機は人の形を模していたスクラップへと姿を変えていくことになったのである。
一括して発掘される魔導機に比べて、個々に発掘されたパーツを組み合わせた魔動機は様々な面で性能が劣っている。それでも二十体を瞬く間に粉砕されてしまうなど人々にとって想像の埒外としか言いようがなかった。
結果この戦いでは、魔族を退けるどころか魔王の恐ろしさを広く世に知らしめることとなってしまったのだった。
「あの時と同じと思うなよ。俺たちが操るのは魔導機だ!」
「ほほう。それは楽しみなことだな」
魔王とて魔導機の強さを知らない訳ではない。配下たちの侵攻が押し止められたり失敗したという報告の裏には、必ずと言っていいほどその名があったのだから。それでも王者の自負か強者ゆえの驕りなのか、彼が動揺することは一切ない。
「だが、万全ではないというのはいただけぬな」
と、一転して蔑んだ声が響く。真っ赤な四つの瞳には紛れもなく苛立ちが込められていた。
「な、なんだ!?どうして動かない!?うごけっ!動けよお!?」
過去には射抜かれただけで心臓が止まった者すらいるその視線の先に居たのは最後尾に位置していた一体だった。そしてそこから聞こえる言葉に、残る九人に衝撃が走る。
「くそがっ!この大事な時に!」
「これだから半端者を加えることには反対だったんだ!」
「そんなことを言っている場合じゃないでしょう!」
吐き捨てるように言う台詞に侮蔑を含んだ文句、更にはそれをたしなめる言葉が飛び交う。それもそのはずで十人の勇者たちはこの戦いのために集められた者たちであり、加えて言えば所属している国や組織の意向なども背負っていた。
互いに一時背中を預けるだけの信用はあったが、決して気心の知れた仲良しばかりではなかったのである。
「あいつのことは放っておく!我らは九人で魔王と戦うぞ!」
このままでは魔王と戦う以前に崩壊してしまう。リーダーを任されていた男性が意を決して声を張り上げた。
「ちょ、ちょっと待ってくれ!?」
その決定に驚愕する動かない魔導機の操縦者。名こそ知っているが初対面という者すらいる中で、彼とリーダーの男性は珍しく互いを良く知った関係だったためである。そんな相手からいきなり切り捨てられることになったのだから、その動揺は凄まじいものだった。
「行くぞ!」
しかし、その判断が覆されることはなかった。彼との間に少しでも距離を開けようと、一気に魔王へと肉薄したことがせめてもの優しさだったのかもしれない。
そして結果的にこれが他の勇者たちへの後押しともなった。
「へっ!半端者はそこで指でも加えて見ていろ!」
「魔王は俺たちが、いや、俺たちだけで倒す!」
「ごめんなさい。でも後は私たちに任せて!」
自分への鼓舞も含んだ一言を残して、次々に魔導機たちが魔王に向けての進撃を開始していく。もっとも、それで気圧されるような魔王ではなかった。
「フハハハハ!この程度で折れるようであれば手を合わせる価値もないと思っていたが……。面白い!我も本気で相手をしてやろう!」
それどころか、待っていたとばかりに気炎を吹き上げながら迎え討とうとしていた。
鋼鉄の巨人たちが手にした武器を突き入れれば、魔王の鋭い爪が引き裂こうと閃く。灼熱の炎が舞ったかと思えば極寒の冷気によってかき消されていく。
勇者たちと魔王との戦いは時が経つにつれて激しさを増していった。
その光景を、リサイは
先ほどまでとは異なりそこに焦りや動揺は一切ない。あるのはただ、刹那の好機を見逃さないという執念じみた気迫だけだ。
釣り合いが取れていた戦いの天秤は、時間が経つにしたがって徐々に勇者たちの側に傾いていた。
最初は魔王側の傷つく頻度が増えているというものだった。仮に、この時点で対策を練られていれば未来は正反対のものとなっていたかもしれない。だが、魔王はこれを些末なことと、戦いの一時的な流れだと放置してしまった。
流れは変わるどころか勢いを増して襲い掛かることになる。さしもの魔王と言えども自身を倒すべく集められた世界最高峰の実力の持ち主たちを九人も同時に相手取ることは荷が勝ち過ぎていたのだ。
また、勇者側の事情も予想外の形でこれに寄与していた。一部を除いて彼らはお互いに名前だけは知っている程度の、いわば寄せ集め集団だった。風の噂やら評判やらでその大まかな実力の程は知っていたが、細やかな連携ができるほどの意思の疎通は取れていたとは言い難い。
それが、魔王との戦いという極限状態を経て一気に開花することになった。
一人が前に出れば誰かがそれを補助し、また別の者が魔王の迎撃を妨害する。
そんな動きが阿吽の呼吸やわずかな視線のやり取りだけでできてしまうようになっていった。
もちろん、彼らの実力があって初めて成り立つ戦法だったことは言うまでもない。
「そこだあっ!」
「グヌウウウウ!?」
そしてついに、深手と呼べるだけの痛手を魔王に与えることとなる。六本ある腕のうち一本を半ばまで断ち切ったのだ。
並外れた治癒能力を持っていようとも、戦闘中にそれをいかんなく発揮できるものではない。実質的に攻撃または防御手段の一つを奪うことに成功したと言える。
魔王の額に冷や汗が浮かぶ。事ここに至ってようやく、これまでに体験したことがない危機に陥っていることを自覚したのである。
一方、勇者たちは勝ちの目が現実味を帯びてきたことで浮足立ち始めていた。ようやく訪れる平和や浴びせられる賞賛や栄誉の言葉が彼らの心をよぎっていく。慢心にも似たそれは行動にも表れていた。
「若造どもが舐めるなあ!」
「ぐわっ!?」
「きゃ!?」
「うおっ!?」
精彩を欠いた攻防は魔王の怒りに火を付けることになる。咆哮と共に衝撃波が全方位に放たれる。
俗に原始魔法とも呼称される技であり、魔力を媒介にして己の意思や感情を叩き付けけたのだった。
これにより一方的になりつつあった戦況が一瞬で巻き返されてしまった。
もしも勇者たちでなければ、または彼らが一兵卒や一将校として広い戦場の各地に散っていたならば、この時点で敗北が決定づけられていたかもしれない。
事実、衝撃波こそ伴わないもののこの感情の爆発は魔王城内全てどころか外部にまで及んでおり、人、魔族を問わずそれを受けた多くの者が恐慌状態に陥ったとされている。
「相手は魔王だぞ!気を抜いてはダメだ!」
「ちっ!そんなこと言われなくても分かってるってんだ」
「最後の最後まで油断してはいけませんね」
そして彼らは見事に立ち直って見せた。
後年において、この一点だけでも魔王城への、そして魔王への強襲が最適解だったとする歴史学者たちは少なくはない。それほどまでに魔王の怒りに任せた一撃は強烈なものだった。
仕切り直しとなった第二ラウンドはそれまでとは打って変わって静かなものとなった。
聞こえてくるのは攻撃や防御の際の気迫を込めた声や魔法の詠唱ばかりだ。それぞれの動きを熟知し始めた勇者たちには掛け声や合いの手すら必要なくなっていたのである。
対する魔王も一度追い詰められたことで彼らを強敵だと認定したのか、余計な無駄口や挑発を行うことをしなくなっていた。
「くそっ!こんな時にどうして動かないんだ!」
時折響くのは場違いなリサイの声ばかり。だが、残る面々でそれを気にする者は誰一人としていなかった。
いや、そちらに気を回す余裕がないと言った方が正確だろうか。
一進一退の攻防が繰り返されている、と言えば一言で終わってしまうが、その全ての攻撃には一撃必殺となる程の力と意思が込められていたのだ。一瞬の気の迷いや気の緩みが敗北に、そして死に直結することになる。
数の差はそう簡単に覆せるものではないのか、やがて第二ラウンドも勇者たちが優勢となっていた。加えて魔導機に搭乗しての戦いであることもそれを後押しすることになる。
生身の魔王とは違って魔導機は例え四肢を千切られようが痛みを感じることはない。極端なことを言えば、搭乗者さえ無事であれば戦い続けることができてしまうのである。
「ふんっ!」
「『プロテクト』!」
「お返しだぜ!」
天井が落ちてくるような巨腕による振り下ろしを一人が魔法で食い止めると、別の勇者が魔導機ですら両腕でやっと持てるほどの大戦斧でもってそれを逆にかち上げる。
ぐらりとふらつく体勢。それを見逃すような節穴は誰一人としていない。
「ここだ!」
「はっ!」
「たあ!」
「『エネルギーボルト』!」
「グルオオオオオオオオオオオオオオオオオッ!!!?」
瞬く間に二本の腕が切り落とされ、左胸に矢と魔法が突き刺さる。
「これでっ!」
「やらせるものかあ!!」
「うわあっ!?」
更に追撃を行おうとするが、こちらは残る三本の腕による決死の反撃で阻まれてしまった。
少しばかりの距離を取って勇者たちに向かい合う魔王。満身創痍の姿にもかかわらず、その口元は笑むように歪んでいた。
その様子に一行は足元から這い上がってくるような不気味さを感じていた。
「ク、ククク……。良い。実に良い。肉が切れ骨が断ち血が流れる。これよ!この命を懸けた闘争こそ我が望み!!」
「!?!?」
世界一つ平らげても治まることのなかった魔王の戦いへの渇望。それこそが魔族によるレタメルエン世界侵略の最たる動機だった。
突如明らかにされた身勝手極まりない真相に勇者たちは絶句するしかなかった。
魔王の巧妙なる罠だったのか?これについては定かではないが、少なくともこの瞬間勇者たちは無防備な姿を晒してしまったのは間違いない。
「貴様らを強者として認めよう。光栄に思え。我に奥の手を使わせたのだからな!!」
「なっ!?」
「し、しまっ――」
漆黒の光、そうとしか説明のしようがないものが魔王から放たれる。避けることも防ぐこともできないままそれに飲み込まれてしまい……。
そして、勇者たちが操る魔導機は一体残らずその動きを止めた。
「……動けまい。我が『闇の呼吸』は周囲に遍在する魔力を吸い上げ肉体を強化するという秘奥よ。動力源たる魔力を根こそぎ奪われては身動きすることも適わぬであろう」
八年前に二十体もの魔動機がなす術なく破壊された裏には、こうした理由が潜んでいたのだ。そして魔導機と魔動機の大きな違いは一括して発掘されたかどうかによる一点のみ。
未だ解析できていないために詳しい原理は分かっていないままだが、動力等の機構は同様の代物であり、ゆえに八年前と同じく誰一人指の一本すら動かせない危機的状況となってしまった。
「一つ付け加えてやろう。我が最も望むものは命がけの闘争である。これに間違いはないが、敗者の全てを食らい尽くすこともそれに次いで好んでいる」
それまでの武人然とした精悍な顔つきから一変して、醜悪な表情となる。吸収した魔力を送り込んでいるのかどくどくと脈打つ体と合わせて、それはまさしく魔王と呼ぶにふさわしい恐怖と絶望と嫌悪を体現したものだった。
「さて、誰から手始めにバラしてや――」
ザクッ!!
突然の衝撃にたたらを踏む魔王。あちこちを彷徨った挙句に四つの目が捉えたのは自身の胸の中央から飛び出す鋭い切っ先だった。
「……敗者になるのは俺たちじゃない。お前の方だ」
「な、んだ……?」
背後から聞こえてくる声に理解が追い付かない。それは動かなくなった魔導機に乗る勇者たちも同様だった。
魔王の心臓を貫いた者、それは動くはずのない十体目の鋼鉄の巨人だったのだから。
「ば、かな……。なぜ、動くことが」
「どこに誰の目や耳があるのかも分からないのに、わざわざ自分から手の内を晒すような真似をするかよ」
「フ、ハハハ。違いない。ウヌッ……」
まったく答えになっていないリサイの応えだったが、だからこそ魔王の琴線に触れるものだったらしい。
「卑怯だ、なんて言ってくれるなよ。先に無断で勝手な戦いを仕掛けてきたのは
胸を貫く刃をそのままに、膝を着いた魔王にリサイは冷淡に告げる。むごいと思うかもしれないが類まれな治癒能力を持つ魔王なのだ。死んだとはっきり分かるまで油断はできない。
「策略も謀略も力の内よ。卑怯だと罵るなどあり得んな。だが……」
言葉を区切るとニヤリと嗤う。そして次に飛び出してきたのは、
「お前たち人間は果たしてどうであろうなあ?」
聞いた者を疑心暗鬼に陥らせる毒を含んだ台詞だった。
いくら相手が悪逆非道で厄災の権化たる魔王と言えども、いや、そんな存在だからこそ騙し討ちで倒したとなれば栄光からは縁遠くなってしまう。
腹立たしいことだが、今回の強襲作戦が行われる以前から後方では戦後の主導権争いが発生していた。特に表立って直接魔族との戦いが発生していない国々は、これを機に領土や影響力を拡大しようと目論んでいる節すらあったのだ。
例えどんなに巧妙に
「そんなことは百も承知だ」
だが、近い将来に起きるだろう映像が垣間見えてしまい顔をしかめていた勇者たちとは裏腹に、リサイは至極淡々とした調子で魔王の毒を蹴散らしていった。
「誰かが暴れ回ってくれたおかげで居場所を転々と変える生活にはすっかり慣れてしまったんでね。嬉しいんだか悲しいんだか、戦う術と食い扶持を得る当てはある」
「それで、身を隠せるとでも思うたか……。我が、首級も……、安く見られたものよ」
「そんなことはない。魔王殺しの名声も騙し討ちの悪評も広く天下に知れ渡るだろうさ」
作戦を決行した国々は正当性や正義を主張するために大々的に勝利を喧伝するだろう。
更に魔王城を強襲した千名の内、自分たち以外が全滅したとは考えにくいし思いたくもない。生き残った彼らを起点に真贋の入り混じった噂話や英雄譚が広がっていくはずである。
「……貴様名を、その名を捨てるつもりか?その上で行方をくらまそうというのか。……
「元よりこの世界に帰る場所なんてないからだ」
リサイの言葉の意味が分からず困惑する勇者たちとは対照的に、魔王は得心がいったとばかりに大きく頷いていた。
「そうか……。そういうこと、であったか。口惜しいのお。まだ見ぬ世界があると、知れたというのに……」
「…………」
「せっかくの、ご馳走に……、手を出せぬとは。まったくもって、口惜、しい……」
魔王の目から光が失われた直後、その身体がゴウッ!と燃え上がる。周囲より吸い上げた魔力が暴走したのか、はたまたそうなるようにあらかじめ術式が組み込まれていたのか。
いずれにせよその身体は灰となり、ここに魔王討伐は成されたのである。
『魔王殺し』の大役を果たしたリサイは、その言の通り姿をくらませた。
戦いで犠牲となった者を悼みながらも祝勝に沸く帰還の途で、彼の姿を見たという複数の証言もあったが定かではない。そしてその後の消息は知られていない。
搭乗していた魔工機が残されていたことから彼が存在だけは確かだとされているのだが、作成者がどこの誰なのかも
その魔工機も、まるで力の全てを使い果たし彼のように以降は指先一つ動かすことができず、およそ十年後にこの地が開発される際に解体されることとなる。
リサイの評価は様々だ。決戦を怪我した愚か者と伝えられることもあれば、一身に汚名をかぶりながらも勝利を引き寄せた救世の徒とも言われている。
また、共に戦い『十の勇者』と呼び称されるようになった者たちが、彼について口を開くことは決してなかった。
魔王との最終決戦 京高 @kyo-takashi
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