台風の子 Typhoon Child


「私、フウカ! 風に花って書いて風花!」


 超大型台風『アネモネ』が近づく昨今。

 外を出歩く人も少なくなった。雨風だけの問題じゃない。

 不安感や焦燥感がそうさせる。早く家に籠らねばと。


「ふぅん」

「名前を言ったら自己紹介! はい! あなたは?」

「……鬼火フツマ」

「ふつま? どういう字を書くの?」


 そこは小さい公園だった。枝を拾ったフツマはしゃがみこみ、地面に『布都魔』と書いた。


「変わった名前!」


 灰色の髪の少女はけらけらと笑う。

 赤茶色の髪の少年はふてくされたように頬杖をつく。


「うっせー」

「じゃあフツマ! 約束をしよう! アネモネが来るその時に会おうって!」

「またってなんだよ、またって」

「ふふっ、内緒」


 その後、互いの身の上(主にフツマの身の上話)をしてから、じゃあねと告げてパーカーワンピースの少女は去って行った。

 甚平姿の少年はなんだったんだと思って忘れようと努める。

 フツマには分かっていた。風花がただの少女ではない事が。彼女は

 魔を祓う一族に生まれた少年は、視ただけでそれが分かった。

 だけど、邪悪な気配はしなかったから、放っておいた。それでいいだろうと思ってた。

 その後、超大型台風アネモネは、

 あり得るのかそんな事。フツマはその事を人とは異なる存在の少女と紐づけて、風花の事が忘れられなくなった。


 そして数年後。


 少年は高校生になった。

 そして再びの超大型台風の予報。

 それの名前は奇跡の無被害台風アネモネから名前が取られた。

 アネモネⅡ。

 しかし――


『えー、このアネモネⅡはアネモネより遥かに巨大でコースも本土直撃コースでして――』


 ニュースキャスターが告げる。今回は絶望的だぞと。

 もっと不安になれと煽る。囃し立てる。

 フツマはその光景を他人事のように見ていた。

 自分も当事者だというのに。

 道場の中。ボーッとしているところを竹刀で殴られた。


「いってぇ! なにすんだ親父!」

「いいか布都魔。お前は魔を祓うために生まれたのだ。その目、その耳、魔を祓うために使え。台風なんぞ放っておけ」

「今時、古臭い。妖怪が出るわけでもあるまいし」

「喝ッ!」


 祖父の叫び声でひっくり返ったフツマ。

 なんとか起き上がる。


「いてて、声が大きいよ祖父ちゃん」

「ふんっ、いいから修行を続けるぞ」

「今日はもう帰る」

「何ィ!?」


 フツマは祖父にあっかんべーして道場を出る。

 家までは一本道だった。

 真っ直ぐ帰ろうとしていると前に人影が立ちはだかる。


「誰だ?」

「ひっさりぶりー!」


 灰色の髪の少女、その色は曇天の空の色と似ていた。


「風花!?」

「やった! フツマ覚えててくれたよ! やった教授!」

「教授?」

「いやぁ、良かったねぇ」


 そこに居たのは白衣の女性だった。フツマは彼女が人間だと見破る。


「あんた、風花が見えるのか?」

「君こそ、彼女が見えるみたいだが。私はこの眼鏡が無いと見えない。最初は声だけ聞こえてびっくりしたよ」


 そう言って眼鏡をくいっと上げる教授。


「……どこの誰なんだアンタ」

「私の事は教授で構わない! 専攻は気象学! それが信じられないなら『情報屋』とでも呼んでくれたまえ!」

「どっちもやだね」

「……いけずだね君」


 いけず? と首を傾げるフツマと風花。

 まあいいと姿勢を正す女性。


「実は我々は追われていてね。君に助けて欲しいというわけだ」

「は? 俺に何が出来るんだよ」

「知ってるよ、君の妖怪を斬る力。どうだろう、を使って妖怪退治をしてくれないか?」

「お願い! このままだとアネモネが悪いモノを運んできちゃう!」


 フツマはチンプンカンプンだった。

 敵? アネモネ? 悪いモノ? 何の事だ。

 

「よく分からんが帰ってくれ。俺も帰る」

「残念、強制連行だ」


 ガシッと両側から腕を組まれる。傍から見たら両手に花だ、が。


「ちょ、おま、はーなーせー!」


 無理矢理、スカイラインに詰め込まれるフツマ。

 

「誘拐だ!!」

「失敬な、任意同行だよ」

「どこが任意だ!」

「任意は取った。拒否されただけだ」


 こんな言葉遊びをしていても仕方がない。

 女二人に力負けするとは修行しているフツマとしては恥ずかしいばかりだが。風花が馬鹿力過ぎた。教授とやらはなんか技をキメて来た。痛かった。

 

「どこに連れて行くつもりだよ……」

「敵のアジトは割れてる。敵は『財団』」

「ざいだん~?」


 怪訝な目で教授を見るフツマ。


「憎たらしい事に私の研究所から『ハーモニクス』の設計図を盗んだ奴らだ。だが安心したまえ設計図にはGPSが仕込んであって――」

「今時、紙媒体なのかよ……ってそうじゃなくてハーモニクス?」

「君……まさか知らないとは言わないよね?」

「知らん」


 スカイラインが変に曲がりくねった挙動を取った。危ない。

 中のフツマ達も目を回す。


「な、なんだよ!?」

「ま、まさかあの私の最高傑作、ノーベル賞モノの発明を知らないとは……アネモネの時もマスコミから完成を急かされて大変だったというのに……」

「アネモネ……ハーモニクス……まさか台風操作装置……!?」

「良かった、君はちゃんとニュースを見るタイプのようだ」

「じゃあ、アンタは赤坂博士か!?」

「いかにも赤坂アンナとは私の事さ」


 眼鏡をくいっと上げる赤坂アンナ。

 彼女は有名な気象学の権威で、ニュースに何度も取り上げられるほどの有名人だ。

 前回のアネモネの騒動の時、ハーモニクスという台風制御装置のプロトタイプを完成させた時に彼女は世界的にその名を広めた。アンナ・アカサカと言えば知らない者はいないほどに。

 目立つ赤メッシュを入れた黒髪を靡かせながら。ニヤリと笑うアカネ。


「ようやく信じてもらえたかな? この顔にも見覚えがあるだろう? テレビでほら」

「……言われてみれば」

「風花から話は聞いてる。君が妖怪退治の一族だという事も。その妖怪退治の技が必要だ。私達の敵は設計図を盗んだ財団は今、妖怪に乗っ取られてる」

「はぁ? この時代に妖怪? ていうかなんで博士がそんな事知ってる」

「妖怪関連の話は風花の話を鵜呑みにした」

「はぁ!?」


 風花の話? 何を話したというのか。風花は人ならざる存在だ。何か察知したのだろうか。仕方なく話の続きを促す。


「あのね! 今のアネモネには悪いモノが憑りついてる。今のアネモネが上陸したら、すごい被害が出る」

「台風はそりゃ被害が出るだろう……あ」

 

 前回のアネモネは奇跡の台風と言われたほど被害が無かった事を思い出す。

 まさか。


「今度のアネモネⅡは被害が出るって言うのか?」

「うん」

「そのためには財団が造り上げたハーモニクスが必要なのだよ」

「その財団とやらはなんでハーモニクスを使おうとしてるんだ?」

「エネルギーの回収だよ。妖怪の顕現のためのね」


 エネルギー、妖気の事だろうか。フツマは考える。

 妖気とは妖怪が顕現するために必要なエネルギーの事だ。

 それは恐怖、畏れ、悲しみ、怒り。負の感情を得て妖怪は顕現する。

 それは祖父の言葉だった。此処に来て役に立つとは。


「台風の被害で妖気を集めようってのか?」

「ようき? ああ、エネルギーの事か、ああそうだ。財団は台風の破壊によってもたらされるエネルギーを利用するつもりだ」

「なんでそんな事」

「財団は妖怪に乗っ取られているんだよ。実は私のスポンサーだったんだが急にきな臭くなったんでね、調べてみたら風花と出会った」


 そこで妖怪と俺の退魔の話を聞いたという訳か。納得はするものの、自分はどうしても納得できない部分があった。


「で? 俺に何が出来るって言うんだ?」

「風花くん、例のものを」

「はーい、フツマ、はいこれ!」

「なんだこれ」


 黒い棒……だった。

 それ以外に形容し難い。取手があるくらいか。

 

「魔法の杖だって!」

「特殊警棒だ」

「……とくしゅけいぼう」


 これで戦えと言うのか。財団とやらと。俺一人で。

 ふざけるな! とフツマは憤る。

 相手の数も分からないのにどうしろと。


「財団と直接、事を構えるつもりはないわ。裏口は把握してる、元スポンサーだしね」

「……そういうもんか?」

「大人には秘密が多いのだよ少年」


 フツマは、この状況に困惑しながら、そう少しだけ、ワクワクしていた。

 灰色の髪の少女との再会。赤いメッシュの有名博士。

 謎の財団。現世に蘇ろうとしている妖怪。

 俺が倒す。少年の心はかすかに燃えていた。

 車が走る事、数時間、人気のない工場地帯に着く。


「ここが?」

「いや、ここは通り道だ。この地下から本拠地までの直通ルートがある」

「……なるほど」

「やっぱ教授はすごいや!」


 はしゃぐ風花。こんなんで大丈夫だろうか。

 工場地帯の内部に入る、なんというかオイル臭い。

 地下への入り口を見つけるアカネ。


「ここだ」


 マンホールに偽装されたそれを開き、はしごを下っていく。

 着いたのは薄暗い通路、照明の薄明かりが照らす仄暗い道。

 

「行こうか――」

「待て」


 フツマがアカネの前に出る。

 現れたのは馬鹿でかいガマガエルだった。


「ひぃ!? なんだいあれは!?」

「妖怪だよ。あんた覚悟して来たんだろ」

「いやしかし、実際目にすると……」

「化けガエルだ。大したことない」


 特殊警棒を持って挑みかかるフツマ。


「鬼火流剣技、一閃」


 ガマガエルとすれ違う。納刀の構えを取るフツマ。

 するとガマガエルは霧散する。


「なんだい今の」

「俺んちの流派の剣技だよ、知ってて誘ったんだろ」

「それもそうだが……ここまでとは!」

「フツマすごーい!」


 フツマは風花に抱き着かれる。やめろと振りほどこうとするが馬鹿力で離れない。


「他に刺客はいないようだね」

「アイツが門番だったんだろうな」

「後はハーモニクスのコントロールルームに一直線だ。急ごう。アネモネⅡが来る前に」

「アネモネⅡ……」


 フツマは首を傾げる。風花とアネモネ、一体、何の関係があるのだろう。

 まあいいとフツマは思考を切り替えて先へ進む。

 はしごを昇る、天井を開く。明るい部屋に出る。

 そこは機械のモニターがびっしりと並んだ部屋だった。


「ここがコントロールルーム?」

「そうだ。私がハーモニクスを止めるから、フツマくんは妖怪の方を倒してくれ」

「妖怪なんてどこに」

「そこだよ」


 風花が画面の一つを指さす。

 そこに映し出されているのは台風の衛星写真。いや映像か。

 台風の中に黒い影が見えた。


「おい、まさか」

「うん、妖怪は台風の中にいる」


 風花の答えにフツマは頭を抱える。

 まだ未顕現とはいえ、台風サイズの妖怪なんて相手した事がない。

 どうすればいいんだ。


「ちょっと魔法の杖貸して?」

「え? あ、ああ」


 特殊警棒を風花に渡すフツマ。

 すると風花がそれに息を吹きかける。それだけで警棒は刀に変わった。


「教授、屋上に行ってるね」

「む、そうか、財団職員に悟られないようにな」

「はーもにくすでちゃんと操作してね?」

「ああ、分かった」


 なんのことやらフツマには分からなかった。

 風花に連れられ、某ステルスゲームのように施設内を進む、段ボールでもあったら無敵だったかな、なんて思うフツマ。

 そしてたどり着く屋上。そこに見えるは――


「でっけー雲……」

「あれがアネモネ」

「は!? 予報じゃまだ、上陸は三日後とかって……」

「はーもにくすで加速してもらったの」


 なんでもありかハーモニクス。

 フツマはよく目を凝らす。雲、台風の中に見える黒い影。


「九頭竜か……」

「くとぅるー?」

「嫌な噛み方したな……」


 八岐大蛇とも同一視される事もある大妖怪だ。各地に残る伝説は比較的、人に対して友好的なモノが多いが、神とは必ずしも人を守るものではない。

 台風と同一化した九頭竜はまさしく災厄だろう。

 するとアカネが屋上へ現れる。


「首尾は上々だろう? さて、おっと、その刀でどうするんだい? さしずめエクスカリバーとでも名付け――」

「却下だ」

「君は本当にいけずだね」


 フツマは刀を構える。台風に向かって、刀に光が集束する。


「俺は布都魔だ。だったらこれは俺の布都御魂だ!!」


 極光が放たれる。

 台風を切り裂く光の筋。

 内部に居た九頭竜がうめき声を上げて霧散する。


「なんだよ、こんなもんかよ……っておいおい台風どんどん近づいてねぇか!?」

「おっとハーモニクスを止め忘れた。止めて来る」

 

 そう言ってアカネはコントロールルームに戻って行く。

 アネモネⅡは日本へ上陸した。

 そして――


 晴れ渡る空。


「あれ? どうして?」

「台風の目だよ! 私の目!」


 空色の風花の目を見て、納得する。

 こいつは台風の精霊だったのだ。

 半分、分かってはいた事だったが。


「今度はいつ会える?」

「次のアネモネが来る日! はーもにくすで会いに来るよ!」

「そっか」


 こうして少年のひと夏の冒険は終わった。

 財団は九頭竜の洗脳から解かれ、無事、帰路に着く事が出来た。

 風花とは途中で分かれた。

 また会えると信じて。

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