ホワイトデー・ホワイトアウト
三月の雪。
町は真白に染まった。
私、紅井コウはホワイトデーのお返しを待っていた。
でも雪で電車が止まった。
こんな田舎町だ。復旧も明日以降になるだろう。
「あーあ、なんで今日に限って」
私の本命チョコレートの返事が今日、返ってくるはずだった。
『好きです! 付き合ってください!』
こんなテンプレートな台詞、相手は、青野リュウジ君はどう思うだろう。
でも返事は。
『ホワイトデーまで、返事待ってもらえるかな?』
だった。
私の心は胸躍った。
断られなかった! それだけで大きかった。
私は飛び跳ねた。OKと決まったわけじゃないけど。カレンダーにバツ印を付ける日々が楽しいと感じた。
そして来た丸印。花丸印。
予報ハズレの大雪。
窓の外の世界がホワイトアウトしていく。
テレビはのんきに「これがホントのホワイトデーですね!」なんて芸能人が笑っている。
ふざけるな。
こちとら恋路がかかっているんだ。
私はストッキングを履き、厚着にして、ダッフルコートを着込み、合羽を着こみ、長靴を履き、傘をさし、外へと歩み出した。
彼の家、リュウジ君の家まで行くのだ。
直接、返事を貰いに行く。親には止められたが関係ない。行くったら行く。
ドアを開けると、そこは雪国だった。
なんて言ってる場合じゃない。
私は歩きだした。ズシっと一歩一歩が重い。踏み込んだ足が沈みこむ感覚が体力を奪う。降りしきる雪は私の行く手を遮る。
「邪魔、すんなあ!」
私は思わず叫ぶ。こんな時こそ気合いを入れろ。私は自分を奮起させる。
重い足を上げて、下げて、歩を進めていく。
「はぁ……はぁ……」
息が荒れて来た。運動不足が祟った。体育会系の部活に入っておけば良かった……。
いや、美術部根性を舐めるんじゃない! 意外と重いんだぞ! 石膏とか!
私はひたすら歩く、リュウジ君の家は隣町、駅一つ分、大丈夫、歩けない距離じゃない。
田舎の駅一つ分は都会のソレとは遥かに違うが。
大丈夫、その田舎で生まれ育った私だ。たまに節約で一駅分くらい歩いた経験はある。
……流石に雪の中ではないが。
どれくらい歩いただろう。
もう限界だ。
辛い。
彼の家はまだか。
周りが白すぎる。
飽きて来た。
もう返事なんて明日でもいいんじゃないか?
心が折れかけていた。
ここから帰るのも面倒くさい。
「私……死ぬのかな……」
こんな所で遭難なんて非現実的だが、有り得そうだった。
凍死、そんな言葉が脳裏をよぎる。
その時だった。
「あれ? そこに誰かいる?」
雪のスクリーンの向こう。誰かの声が聞こえた。
いや、誰かじゃない、この声は――
「リュウジ……君……?」
私は意識を手放した。
目を覚ますとそこは。
「知らない天井だ……」
なんだっけこの台詞。
「へぇ、コウさん、アニメ好きなんだ」
そうだそうだあの有名アニメの……って!?
そこに居たのはリュウジ君。
なんか綺麗に片づけられた本棚が並んだ部屋、そのベッドに寝かしつけられている私。
これリュウジ君のベッド!?
私、お持ち帰りされてる!?
ちょっと怖い!?
そんな事言ってる場合じゃない。
「リュウジ君が助けてくれたの?」
「うん、まあね、急に気を失うからどうしたのかと思った」
「あはは……面目ない」
「いいよいいよ気にしないで、それよりあんなところで何してたの?」
……あなたを待ちかねたとは言えない。恥ずかしくて。
「……ちょっと散歩、せっかくの雪だし」
「せっかくっちゃせっかくだけど、ちょっと危ないかな」
「……ごめんなさい」
「そうだね」
リュウジ君は優しい。
そんなところに私は惹かれた。
聞きたいホワイトデーに来るという返事を。
駄目だろうか。
今聞いては駄目なのだろうか。
「ちょっと飲み物持ってくる」
リュウジ君が席を立つ。
「あっ」
私は止められなかった。
彼が戻って来る。
「お待たせ、ちょっと時間かかっちゃった」
「これは?」
「ラテアート、凝ってるんだ」
「へぇ……って、え?」
そこには雪だるまと一緒に『好きです』の文字。
「せっかくの雪だから、雪だるまにしてみた。初号機のが良かったかな?」
いや初号機に好きですはシュール過ぎる。
いやいや、でもでもこれって。
「あのこれってバレンタインのお返事!?」
「うん、そうだよ」
私は喜びに悶え苦しみそうになるのを必死にこらえる。
やっとこさ息を吐き出し答える。
「嬉しい!」
「あはは、ありがとう。本当はこれを届けたかったんだけど、この雪じゃね」
そう言って取り出したのは。
「デッサン用の石膏?」
「うん、ちょっと僕には重すぎた」
「あはは! 変なのー、そんなの美術室にいっぱいあるじゃん!」
「家でも練習できるかなって、迷惑かな?」
「全然! 私、根性あるから!」
「……どういう意味?」
「秘密」
そうして二人の会話に花が咲いて行く。
どうやら『ホワイトデーまで待ってくれ』という言葉の真意は、石膏を作る時間をくれという意味だったらしい。
彼は物作りに凝っているのだ。
私は思わず笑ってしまった。
まさかの手作り石膏だ。
愛が重すぎる。嬉しい。
雪融けが始まる。
雪の下から花の芽が出てくる。
私達のホワイトデーはこれからだ。
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