溶けそうなアイスクリーム


 もうすぐ春が終わるような季節。

 燦燦という夏の足音が聞こえてくる。


「ねー、アイス買ってよー」

「はいはい……」


 幼馴染の二人、コウタとヨウコ。

 いつも二人は一緒。

 どんな時だって一緒だった。

 毎朝、起きる時は隣の家だったので窓越しに。

 真昼、学校にて。

 毎晩、おやすみを言い合った。

 多分、知らない間に互いが互いを好きだと思っていた。

 でも言葉にするのが怖かった。


「いつも仲いいねー」

「やめてよおじさん」

「お・に・い・さ・ん・な?」

「きゃーこわーい!」


 ったく……と言った様子で、アイスクリーム屋のおじ……もといお兄さんがアイスクリームを丸く掬ってくれる。

 コウタはチョコ、ヨウコはオレンジ。

 この家の近くの公園に出店を出しているお兄さん。

 春夏秋冬いつもアイスを売っている。

 まあ、冬はさすがにそれだけでは厳しいらしく焼き芋も売っているが。

 閑話休題。

 ブランコに乗りながら幼馴染二人は話しだす。


「あの人、焼き芋屋のが向いてるよねー」

「言うなって聞こえるだろ」

「あはは、この距離なら大丈夫だって」


 ゆーらゆーら。

 ブランコが揺れる。


「向いているといえばさー」

「ん?」

「矢印、どこ向いているんだろうねー」

「矢印?」


 オレンジのアイスを舐めるヨウコ。

 コウタは頭を傾げる。


「分かんないかなー」

「なんだよ」


 ブランコは交互に揺れる。

 ゆーらゆーら。

 二人はすれ違う。

 アイスのカップについた結露が落ちて地面を濡らす。


「オレンジとチョコなのかなー」

「いつもそうじゃん」

「たまにはさー一緒がいいじゃん?」


 ゆーらゆーら。

 アイスが少し溶けて来た。

 舐めとるヨウコ、コウタは首を傾げたままだ。


「一緒って……一緒だろ?」

「そうかなーどうかなー」

「なんだよ」

「や・じ・る・し」


 人差し指をあらぬ方向に向けるヨウコ。

 コウタはつられてそっちを向いたら、ブランコから落っこちた。


「……いてぇ」

「アイスは死守したね、えらいえらい」

「嬉しくねぇ」

「ほら早く食べないと」


 チョコのアイスは溶けかけている。

 それに反してコウタの疑問は氷結していた。

 

「じゃ、また明日ね」


 その日はお別れになった。

 窓越しのおやすみも無しに。

 次の日、学校からの帰り道。

 アイス屋に寄る。


「暑くなって来たねー!」

「おう商売繁盛だぜ!」

「お兄さん商魂たくましいね」

「どこで覚えたそんな言葉」


 いつもと同じチョコとオレンジ。

 変わらない日々。

 そう思っていた。


「ねぇ、私が引っ越すって言ったらどうする?」

「……は?」


 ずっと一緒だと思っていた。

 多分、老いるまでずっと。

 そんな気がしてた。

 甘えてた。

 チョコのアイスだった。

 甘酸っぱいオレンジとは違った。

 無言の時間が続いた。

 黙ってブランコに座った二人。

 ゆーらゆーら。

 交互に揺れる。


「ホントか? それ」

「さーどーでしょー」

「真面目に聞いてる」

「真面目に言ってる」


 ああ言えばこう言う。

 二人はそれ以上、口をきかなかった。

 次の日。

 二人は朝も学校でも話さなかった。

 下校途中にアイス屋の前でかち合った。


「あ」

「あ」


 二人はシンクロした。


「どしたお二人さん! いつものでいいか?」

「あ……いや、俺もオレンジで」

「!」

「お? 彼女の見てて美味しそうに見えたか? まあ、俺のアイスはどれも絶品だからな! チョコばっかじゃ飽きるぜ!」


 オレンジが二個。

 カップで渡される。

 

「えへへ、一緒だね」

「ああ……でもずっとじゃないんだろ?」

「引っ越しの事?」

「うん」


 二人に重い沈黙が降り注ぐ。

 店員のお兄さんまでそのオーラに巻き込まれる。


(なんだ、この空気……)


 沈黙を破ったのはヨウコの携帯の着信音だった。


「あ、お母さんからだ……」


 ヨウコは母と話し込む。

 その間、待ちぼうけを喰らうコウタ。

 アイスも舐めずに。


「はよ食わないと溶けるぞ」

「でもあいつがまだ……」

「彼女思いだねぇ」

「……」


 電話から戻って来るヨウコ。


「引っ越し、正式に決まったって」

「え!? 嬢ちゃん引っ越すのか!?」

「……そっか」

「おいおい兄ちゃん! 反応薄くねぇか!?」

「店員さんは黙ってて」

「……はい」


 二人はブランコへ向かう。

 ゆらゆら。

 同時に揺れるブランコ。

 溶けだすアイス。

 地面に垂れる。


「あーあ」

「ずっと一緒だと思ってた」

「……一緒の矢印だった?」

「違う、俺達は互いに互いを指してたんだ」

「ホントに?」

「お前だってチョコが食べたかったんだろ?」

「……うん」


 二人はアイスを舐めた、甘酸っぱいオレンジ。

 溶けてゆるくなったそれは口を伝った。


「もー、口よごれてるよー」

「ヨウコこそ」


 そうして二人はキスをした。

 見てた店員さんが「キャー」とか言った。


「離れてても」

「矢印は向き合ってる」


 二人のアイスは口の中で交じり合った。

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