第50話 俺TUEEE!

 最強のスキル【AI(アイ)】。


 ただコピーするだけじゃなく全自動で学習・思考し、新たなスキルを作り出すスキル。

 チート中のチートスキルを駆使して、トレスが蹂躙する。


「【アイ・ギガサンダ】」

「う、うああああああ! 逃げろ! あがああ! ……あ、かは……!」


 自分の持っている魔法を全自動で最適化させ、殺さないギリギリのところで痛めつけている。相手の行動を全自動で学習し、全自動で調整、全自動で放っている。


「クソチートが……!」


 その上、


「……【アイ・グラビティ】」

「あぐ!? ぐああああああああああああ!」


 さっき使ったばかりのキアラの新魔法までコピーではなく、全自動学習し全自動でトレスの使える魔法を改造、使えるようになったらしい。

 ふざけんな。

 トレスが重力魔法によって地面に這いつくばる俺達を見て笑う。トレックも重力魔法は耐えきれないようでみんなと同じように倒れている。


「どうした? ゴメス?」


 オレに執着し、わざわざオレのところにやってきてくれるトレス君。

 そして、わざわざ


「ごふっ!」


 オレのお腹を踏みつけに来てくれるトレス君。


「ゴ、メス……!」


 遠くでキアラがまさしく潰れた声で叫んでいる。


「どうした? ゴメス? 外れスキルに負けるなよ。ゴメス?」

「う、るせえ……クソ、チート、やろ……!」

「え? なんだって?」


 腹立つな。都合のいいお耳だこと。

 あと、腹踏むな。


「クソチート、やろ、う……!」

「え? なんだって?!」

「げふうう!」


 腹踏むな! くそ! ちゃんと人の話を聞け!

 いっつもいっつも聞こえなくなりやがって!


「クソチートやろう……!!!」

「え? え? え? えええええ? なんだって?」


 あああああああああああ! 腹立つわあああ! あと、腹痛いわあああああああ!

 お前の聞きたい言葉だけ聞きやがってよ! 周りの身にもなれ!

 顔近づけんな!


「違うだろ? オレは、外れスキルだけど、SUGEEE、だろ?」


 ぶっ壊れスマイルでリクエストしてくるトレス。

 指をぱちんと気障に鳴らす。


「きゃあああああああああああああ!」

「あ、あああああああ!」

「ぐえ、う、うああああ」

「ぐぬ……この……!」


 みんなが潰されていく。このままだとみんなが……。


「死ぬぞ。いいのか?」


 死ぬ。そう、これは物語の世界。前世の俺が知っているオレTUEEE無自覚チートの世界。

 だけど、俺にとっては今リアルな世界で、リアルな死だって見ることもあって、そして、理不尽な世界だ。


 たった一人の主人公の為に作り出された世界。


 誰もがその主人公をTUEEEと言わせるために作り出された世界。

 その世界の理(ルール)に従えば、お前SUGEEEと称えれば生き残れる。

 何も考えず、ただ褒めればいいだけの世界。

 褒めればいいだけだ。

 褒めれば誰も理不尽に殺されない。


「ゴメス…………!」

「…………トレ、ス……お前は、SU、GE……あが、SU,SUGE」

「聞こえないなあ! 【コピー・集音】スキルまで使ってるのに聞こえなぁい! ええええ? なんだってぇええ?」

「言ってやるよ。はっきりと……トレス……お前……」

「ほら、止めてほしかったら何か言ってみろよ! オレを褒めたたえろよ! ゴメス!!!」


 俺は息を吸う。この世界の空気を。理不尽の空気を吸う。

 吸われた空気は、肺に届き、血と混じり、脳にたどり着き、脳は信号を送り、身体は従い、声を作り出す。これが理(ルール)だ。

 これによって、生まれるのは……俺の声。


「トレスSUGEEEE……」

「あは……!」

「SUGEEE! UZEEEEEEEEEEEEEEEEEEEEEEEEEEEEEEEEEEE!!!!」

「あ……! あ、ああああああ!? 耳が! 耳がぁあああああああああ!」

「け、けほ……言っただろうがあ! 俺は……ただのクソデカボイスおじさんだってなあ!」


 トレスが耳を抑え絶叫する。

 どんなにチートスキルを持っていても、身体の構造は人だ。そして、鍛えられない部分もある。鼓膜なんて鍛えようがないし、わざわざ強化する描写もない!


 激痛はすぐに回復できるだろう。だが、俺のクソデカボイスが脳を揺らしたのかトレスがふらつき、AI重力魔法の効果はなくなっている! 今しかない!


「今だ! お前らならぁあ!」

「「「「出来る!」」」」


 俺を信じて待ち構えていたヒロインズが飛び出す。耳にはキアラ特製の耳当て魔法。どんなに遠く離れていてもちょうどいい音量で俺の声が聞こえるようになるらしい。なんだその魔法!


 ドウラとシロが攻撃を重ねトレスの動きを一瞬封じる。

 キアラとヒナがふらつくトレスの胸に手を当て魔力を込め始める。


「ぐぅ……な、なにを、する、つもり、だ……!」

「トレス、そんなにね、外れスキル外れスキル言うんなら」

「そのスキルを封印して差し上げます……!」

「な……やめろ! やめろぉおおおお!」

「「【スキルロック】!」」


 これは原作にあった魔法。

 最後の敵である魔神の持つスキルは1億。それを纏めて封印したのが、AIによって生み出された新たな魔法だった。


 それを俺はキアラに教えた。

 だが、それを教えるためには知っている理由も教えなければならない。俺は全てを話した。キアラだけじゃない。ヒナに、シロに、ドウラにちゃんと話した。俺はこの物語の未来を知っていたと。ズルをしていたんだと。

 すると、キアラは目を吊り上げ俺に、ゴメスに言った。


『ふざけたこと言ってんじゃないわよ! アンタは、未来に逆らってまでアタシを助けてくれたじゃない! ヒナに我儘言わせようとしたじゃない! シロをまっとうな道に導こうとしたじゃない! ドウラを応援し続けたじゃない! それに……アンタは、いつだって、今のアタシ達を見て褒めてくれたじゃない! 未来だけじゃない、ちゃんと今のアタシ達と向き合って、失敗するかもしれなくてもアタシ達に声を掛けてくれたじゃない! だったら、アタシも選ぶわ。分からなくても努力すれば自分でつかみ取ることのできるかもしれない世界を! アンタと一緒に!』


 あの時、声を震わせながらそう言って、キアラはみんなと一緒により一層の努力を始めた。

 本当にキアラは、ヒナは、シロは、ドウラは……!



 目の前の4人は本当に……!


「SUGEEEよ! お前らは!」

「「「「ゴメスもね!」」」」


 トレスの魂に干渉する為に闇の手を操り続けながら、周りにも気を配るヒナ。


「ヒナ! 全部を守ろうとする我儘娘がよおお! お前のお陰で冒険者達が力を貸してくれたし、マケイッヌ達が仲間になってくれた! お前の見た目や声が最高なのはもちろんだが、お前のやさしさや真面目さ、努力が間違いなく心を打ったし、かわいいし、気遣いできるからみんなついてきてくれたし、みんなを信じて高い要求をしてきたから成長出来てみんなお前に感謝できてる。あと美人!」

「ほわあ……うふ、うふふふ」


 絶えず色んな箇所に高速な上に時間差で状態異常攻撃をかけ続けトレスに集中させないシロ。


「シロ! 伸びしろ無限大の良い子の鑑! お前がみんなのためにって貯めていたお金で色々なアイテムや装備を準備する為にお使いにもいってくれてすごくえらいし目利きも出来るからちゃんとセンスのいい買い物できてるし、かわいいし、ずっと努力してるし、勉強熱心だし、トレスより大人だし、ぐんぐん成長してるし、毎日日記をちゃんとつけてるし、かわいいしえらい! 良い子良い子良い子!」

「いひひ……いひ、いひひひひ!」


 忍耐強くずっと全力でトレスの行動を防いでいるドウラ。


「ドウラ! お前は本当にいい女だな! 竜達を一つにまとめるために豪快な振りをしてるけど、裏では竜族一人一人に合わせたケアを考えてるし、料理も上手だし、ちゃんと栄養バランスも考えてるし、お人形さんと話している時の声がかわいいし、みんなが傷つかないようにいつだってまずみんなの前に立って守ろうとするのにそういうのを痛いのが自分の性癖みたいな振りをして守ってくれるし、女の子らしく傷の事もちょっと気にしてるのもかわいい!」

「お、おう……うにゅう……おう!」


 そして、創造魔法でAIの裏をかき続けるキアラ。


「キアラ! お前はマジでSUGEEE!」

「……でしょお!?」


 今までの褒め言葉を凝縮して思いを込めた言葉。コイツにはもうこれで伝わる!

 俺の尊敬と感謝の思いを!


「やめろ……やめろぉおおおおおおおおお!」


 四人に取り囲まれたトレス。胸の輝きが収束していく。

 原作にもあったな。この描写。その時はラスボス相手だったけど。

 原作でトレスはこう言ってたっけ。


『「……スキルの封印は永遠じゃない。いつかはとける。それは常識だ」』


 言い訳がましく、説明的に。


『「未来は分からないから、いつ解けるかは分からない」』


 この世界を、自分にとって都合の良い世界を守る為に。


『「だけど、今じゃない。だから、」』


 前置きをした上で、たっぷり喋った上で、


『「今、お前を倒す!」』


 そう叫ぶんだ。お前は、原作なら。

 本作では悪いな。おっさんが叫びます。


「トレス!」


 クソデカボイスおっさんの声にびくりと震える原作主人公。ずいぶんと小さく見える。

 今、トレスにはスキルがない。自分で外れスキルと言っていた【コピー】も【カット】も【ペースト】も【拡大】【縮小】も【AI】も。何もない。


「さあて、トレスよ。ガチンコでおっさんと殴り合おうやあ」


 俺が望むのはタイマン。言い訳も何もできないガチンコの殴り合い。

 意地の戦い。


「う、うわああ!」


 混乱したままの様子のトレスが殴りかかって来る。だが、正直、怖くない。

 はずコピの戦闘描写は雑だった。

 魔法使ってぼかーん。だから、トレスがしっかり体術や武術で敵を倒しているのは描かれていない。それに、初期はトレーニングの描写もあったが、徐々になくなっていき、こっちのトレスもほとんど女の子とのイチャイチャに時間を割いていた。


 一方、生き残るのに必死だった俺は、すげえ頑張った。

 いや、ぶっちゃけ、キアラたちがすげえ頑張るからがんばるしかなかった。

 だから、流石に負けねえよ!


「ぶぐっ! くそ! スキルさえあれば」

「外れスキルなのにか」

「くそおおお!」


 ぶっちゃけゴメスは強くない。技術を身につけても、それでも解説おじさんは強くない。

 だけど、雑魚同士の戦いは泥仕合。泥仕合なら……しぶとい方が勝つ!


「うぐ……いたい……もう、いやだ。なんで、こんな……みんな、オレを見て、馬鹿にしてるんだろ! バカに! バカの癖に! オレの凄さに気づけない馬鹿の癖に!」


 トレスが溢した言葉。これが、真実だ。


 トレスは無自覚だけど、自分の力にうすうす気づいてた。気づいていたけど、保険を掛けた。

 外れスキルという言葉で保険を。そして、自分の価値に気づけない奴らは無能だと考えこむことで自分を守った。そうすれば、褒められてなくても褒めないのは馬鹿な人間だからと自分をまもれる。そして、褒めてくれる人間は有能だと。


「トレスよ……褒めるってのはな、ただただSUGEEEって言う事じゃないんだよ」

「は、はあ?」

「そいつをしっかり見て、相手の事を考えて、相手の過去・今・未来を思って、自分の言葉でしっかり認めてあげることが大事なんだよ。それが、心だ……!」


 キアラが本当に認めてほしかったのが努力している自分だったように。ヒナが我儘をいう事を褒めたように。シロを褒めて正しい道へ導いたように。ドウラにただただ思いをぶつけたように。一人一人の為に、一生懸命思って投げかけた言葉だから満たされるんだ。


「心無い言葉で褒められて、空虚な言葉で満たされた自分は嬉しいか? そんな自分をSUGEEEと言ってやれるのか?」


 全肯定トレスガールズに褒められてうれしかったわけじゃないだろう。それに対する周りの嫉妬の目、優越感、それで満たされていただけなんだろう。それはあまりにも寂しい満たされ方だ。


「トレス、お前……YOEEE」

「う、う、うるせえええええええええ!」


 トレスの拳は軽かった。空っぽで自信のない一撃。

 コイツの自信は全て周りの嫉妬と強さへの称賛にあった。

 今のこいつには何もない。

 作者にもチャラ神にもお前自身も心が弱かったんだろうな。

 耐える心がなかったんだ。

 自分を信じ続けられなかったんだ。

 未来の自分に賭ける強さがなかった。

 俺は……。


「俺は……俺はつええ……!」


 トレスの拳に歯を食いしばりながら足でしっかり倒れないよう踏ん張る。

 こんな弱いトレスの一撃でも頑張らないと耐えられないゴメス。

 だけど、耐えてる! 俺は頑張って踏ん張ってる。


「俺はつええ!」

「つ、強いわけあるか! お前よりTUEEE奴なんていくらでも……!」

「俺は、昨日の俺よりつえええ!」


 そうだ、俺は俺を頑張ってる!

 誇れる自分でいる!

 キアラみたいにヒナみたいにシロみたいにドウラみたいにSUGEEE頑張るヤツでいたいから!

 俺は弱い俺に負けない!


「俺、つええええええええええええええええええええええええええええ!」


 クソデカボイスクソザコパンチがトレスの顔面を殴り飛ばす。


「も、もういい……もう、負けでいい。もういやだ。こんなの」


 崩れ落ちるトレス。一度膝をつけばもう立ち上がれないだろう。チート覚醒してからは一度も負けたこともなかったから。メンタルぼっこぼこだろう。

 顔もぼっこぼこ。だけど、多分それ以上に俺の顔もぼっこぼこ。


 けど、俺は別にいやじゃないな。

 この傷は……。


「がんばった証だろ」


 だったら、胸張って行っていいはずだ。


「俺! TUEEEEEEEEEEEEEEEEEEEEE!!!!!」


 くそだせえ物語だけど、それでも、これは、俺の、俺TUEEE物語だ。



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