第38話 この俺、っTEEE!?

 トレスが怒りに震えながら歩いていた時、視界に入ったのは両手足を結ばれたキャルが男どもに囲まれ襲われそうになっているところだった。


「……お前らぁあああああああ!」


 トレスは煮えくり返った腸を吐き出すように叫び、盗賊達を吹き飛ばした。

 そして、男どもに囲まれ襲われそうになっていた裸同然のキャルを見て、トレスは自分の中でキャルへの愛おしさがあふれ出て、その想いを言葉にして伝えた。


「キャル、オレはお前が好きだ」

「トレス……!」


 キス。






 ……ということらしい。トレスに説明された。


 なるほど。

 わからん。


 いや、まあ、分からなくはない。前世の〇リウッド映画とかもなんで今キスする~? というところでキスしてたし、まあ、ぶっちゃけ、はずコピ原作でも、今、イチャイチャしてる場合~? ってトコロでイチャイチャしてたりしてた。冷静に読み返したら変なんだけど、俺も前世では読んでる時はイヤッホイ、無自覚チートモテ気持ちえぇええ、ヒロインKAWAEEE~ってなってた。


 ただ、別の所で頑張ってたんですけど人間視点で見ると、腹立つな。こちとら拷問受けてたんぞ?

 まあ、ゴメスもキャルがピンチの時にシロとのんきに話してたって事になる、ん、だけど……。


「いや……そうか……」

「ゴメス?」



 そうか。俺も。



 俺もか。


 脳が冷え、心臓が熱くなっていくのを感じる。


 脈を打つ速度が上がる。脳に少なくなった血を届けようと必死だ。


 シロが盗んだ宝物庫の宝の中からキャルが着られそうな服を渡しながら、俺の方を向いて首を傾げる。涙目のキャルもこっちを見ている。そして、トレスも……。


 血が。赤い血が脳までしっかり届いているのを感じる。汗が垂れる。俺は……。


 俺は、分かっていたはずだ。

 原作で、百足蜘蛛の盗賊団は非情な奴らで、女を襲うなんて日常茶飯事であることを。どんな目に遭うかを。キャルが落とし前をつけにいったのならどうなるかを。


 だけど、俺はそれを無視していた。

 原作の為に、と。

 誰かの不幸に対し見ない振りをしていたんだ。


 トレスは無自覚チートだ。自分の力の凄さを分からないまま、戦っている。

 だけど。

 ちゃんと自覚させれば世界をすぐに救えるかもしれないのにしっかり伝えようとしなかった俺が実は悪いんじゃないだろうか。


 俺以外の人間は、トレスがとんでもなく強いことを伝えるのをすぐに諦めていた。

 だから、俺も諦めていた。


 ゴメスだし。


 俺、ゴメスだし。


 心臓が痛い。血が巡る、脳が暴れる。汗が止まらない。


 『トレスがなんとかするから』とすべての出来事に対して知らない振りをしたのは、自分の力をちゃんと知ろうとしないトレスより悪くないと言えるのか。


 いや、そもそも、俺がこの世界に必要なのか。

 俺がいなければ、この世界はトレスが救って、ハーレムやっほい、ハッピーエンドだったんだじゃないのか。

 何故、俺は……こんなところにいるんだ……?


 俺がいなければこの世界は普通で……。


「ああ! ゴメス、後ろ!」


 シロに言われて振り返る。


 一人の盗賊が、蜘蛛ヘッド頭領が俺に向かって銃みたいな武器を。


「最新型の魔法銃だぁああ。しねぇええええ!」


 俺は何のために?


「く……! 【コピー・ギガサンダ】」


 頭領の向こうに汗だくのキアラとヒナ、ドウラが見える。

 トレスのチートスキルだと頭領だけじゃない。後ろの三人まで食らう可能性がある。

 チートスキルなら当たらないんだろうか。それとも、死んでも蘇らせられるだろうか。原作には蘇らせる魔法までは出てこないんだっけ。


 分からない。


 そうだ。


 分からないと思っただろ!


 キアラがキングオークに襲われてる時に、もし、物語通りにいかずに死んだらって。

 ヒナがキングデーモンに心を奪われた時もシロが覚醒した時も俺の知っている物語と違っていただろ! それは彼女たちが生きているから! ドウラがいつ死ぬかだって分からないんだ。


 血が巡る。脳が揺れる。心臓が叫ぶ。


 ゴメス、お前も生きている。この世界はお前にとって物語じゃない! 現実だ! お前は……俺だっ!!


 俺は駆けだした。俺にはチートスキルなんてない。一瞬で戦いを終わらせるバカげた力も何もなかった事に出来るような神の所業なんてできない。


 俺に出来るのは、ただ走り回る、攻撃喰らう、叫ぶ、それだけだ。


 弱いな、ゴメス。いや、俺!!!!!!


 俺は弱くて弱くて弱い!


 だから、


「おらああああああああああああああ! こっちに向けてうってこいやあああ! はげえええええええええええええええええええええええええええ!」


 デカい声で叫ぶ。

 強引に攻撃対象を変える<挑発>で二人の意識が俺の方に向き、攻撃の向きが変わる。


 最新型魔法銃とトレスの最上級電撃魔法。

 流石に、無理そ。

 

「「「「ゴメスゥウウウウウウ!」」」」


 腹にどでかい穴が空いて、全身に電撃が走り焼けこげる。


 血が噴き出る。焼けた肉の臭いがする。

 ああ、流石にこれはやばいかもな……。


 走馬灯が見える……!


『こら、ゴメス! あんたはもう、また女の子の服を捲ってたんだって、お父ちゃんにそっくりだよ。ばかたれ!』


 母ちゃんの怒ってる顔。


『ゴメスよ……あの娘すごくかわいいなあ、あと、胸大きくねえか、ぐへへ』


 父ちゃんのいやらしい顔。


『ゴメスー、そこで倒れてる父ちゃんはほっといてご飯にしなー。あんたも女遊びがすぎるとこうなるから気をつけなー』


 母ちゃんの爽やかな笑顔。


 ……って俺の走馬灯ロクなもんじゃねえな!


 何かないの!? 俺の走馬灯! ……いや、いい思い出か。家族の思い出だもんな。

 いっぱい思い出をくれた。それに……。


『ゴメス、がんばったねえ』

『よくやったぞ、ゴメス!』

『えらいなあ、ゴメスは』

『ゴメス、よく泣かなかったな、すごいぞ』

『ゴメス、お前は、すげえ』


 俺の家族は俺を褒めてくれたのに。親不孝者だな、俺は。こっちでもすぐに死んでしまうのか。

 こっちの両親は前世の親父がしてくれなかったことをしてくれた。

 それに……折角転生させてくれたのに。




 ん?


 させてくれた?


 誰が?


 俺を?



 そういや、俺はなんで転生出来たんだ?




 なんで?


 こういうのって普通……。


 その瞬間。

 俺のゴメスの記憶の向こう。前世の俺の記憶との間。

 いわば、運命の境目が俺を飲み込んだ。


 これは……転生の瞬間だ。







『-さん。-さん。』


 俺の前世での名を呼ぶ声がする。


 美しい声だ。


『ふふ、貴方は本当に褒めるのが好きなんですね』


 貴方は?


『私は、女神アルデラ。人は私を聖母とも呼びます』


 女神? 聖母?


『-さん。貴方は事故で死んでしまいました』


 ああ、そういえば、子供助けようとしてトラックにはねられた。

 そうか、死んだのか。

 もしかして、転生チャンスですか、なんちゃって。


『その通りです』


 え? なんだって?


『貴方に、お願いがあるのです』


 こんな美人の女神さまのお願いだ。出来る限り叶えますよ。


『神によって悪戯に作られた世界があります』


 悪戯に作られた世界?


『その世界を、変えてください』




 ああ、そうか。思い出した。

 俺は……この俺TUEEEの物語を変えるために転生したんだ。

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