第32話 誰か、OSITEEE!
【ヒナ視点】
「ゴメスさん、私、やりましたよ」
私が魔物を倒し話しかけると、綺麗な頭をしたおじさんはびくっとしながらこっちを振り返り、目を泳がせます。
「お、おう!? そうだな……」
言いよどんでいるおじさんを見ると、少し悲しくなります。この人は褒めてくれる天才だから。がんばったことを見てくれる天才。そんな天才が言いよどむという事はよくなかったということ。落ち込んではいけない。それだけでこのおじさんが傷ついてしまう。笑わなければ。大丈夫。それで私は大丈夫。
「あー、ごめんごめん。今の一撃SUGEEEよかったぞ」
「……はい!」
うれしい。
「先に倒すべき魔物の見極めもしっかりしてるし、合わせて周りのケアや指示も的確だった」
「がんばりました。うふふ」
うれしいうれしい。
「俺の怪我も治しながら戦うなんてほんとSUGEEし、やっぱりお前はやさしいなあ!」
「うふふ、そうですかね? でも、無理してますよね?」
うれしいうれしい、うれしい……。
おじさんは、私の悲しいのをこらえた笑みをいやがる。いけないと思いながらもつい期待してしまう。そして、褒めだすとおじさんは止まらない。一晩中褒めてくれたあの時のようにいっぱい褒めてほしくて私はちょっといじわるな言い方をする。
「もう大丈夫ですから」
「ダメだ! 大丈夫じゃない! 俺が大丈夫じゃないね! 俺が褒めないと死にそうだ! よし、休憩みたいだしそこに座れ! 俺が褒める!」
そして、おじさんはおちゃらけながら私と向かい合って座る。私がそうさせた。
おじさんに言って欲しいから、褒めて欲しいから、我がままをする。
こんなふうな悪い子になってしまったのはいつからだろう。
「お、おお!? ヒナ! 今日も美しいなあ」
昔のおじさんの印象は、下心丸出しで孤児院の子供たちと遊ぶ冒険者のおじさんでした。人より少し発達した私の胸をちらちらと見ながら挨拶を交わしてくるおじさん。子供から馬鹿にされながら遊ぶおじさん。
「いやあ、子供はかわいいなあ! 俺、子ども好きなんだよなあ! 将来的にはウチの兄弟くらいとは言わないけど、2,3人は欲しいんだよなあ! となると、やはり、お尻の大きい子がやはりいいよねえ」
あと、えっち。少し、いえ、結構えっちなおじさん。
それと、演技が下手。
「え? なんだ? トレス? 今、すげーいい感じなんだから邪魔するなって……え? 向こうから誰か来る? なんだ、あのヤバそうな連中は? 借金取りみたいな……SUGEEEこえぇええええ!」
色んな意味でいやらしくて、声が大きくて、子供にもばかにされ、笑顔が爽やかな男の子の影に隠れる、演技が下手なツルツル頭のおじさん。
それが私のゴメスさんの印象でした。
その後、私は孤児院を悪人に騙され奪われそうになり、夜の街で身体を売るように命じられる。
「わ、わかりました……ちゃんとちゃんと働きますから……男性に尽くしますから……あの子たちには何もしないでください……。手をどけろ? 分かりました……うっ、うぅ……!」
「【コピー・サンダー】」
「ぐわあああああああああああ!」
そして、怖い人に貞操を奪われそうになったところを、おじさんが影に隠れていたやさいそうな青年トレスさんに助けられました。
「大丈夫か!? ヒナ」
「え、ええ……ありがとうございます。トレスさん。こんなところまで、沢山怪我をしたのに、ここまでみんなを倒して? あなたってすごいんですね」
「いや、オレはお礼を言われるようなことはしてないんだけどな。オレはヒナの使っていた回復魔法をコピーしたから平気だし。すごいのは、ヒナだと思うよ」
危なくなった時に助けてくれたすごく強い男の子。
好きになった。
今、思えばあっという間に好きになっていた。勿論、助けてくれて本当に嬉しい気持ちでいっぱいだったしとても感謝をしていた。でも、それまで自分でも驚くほどかたくなに神にこの身を捧げていたつもりだったのに、神がトレスさんに変わったかのように、トレスさんを崇拝するくらい好きになっていた。この人しかいない。好きだと。
そして、
「うおおおおおおおおおおおおお! トレスSUGEEE! あの裏町の連中にあれだけ攻撃されてもすぐに治せるのかよ! ヒナの回復魔法をコピーしたあ!?」
少し声が大きなおじさんが少しうるさいなと、その時は思っていた。
それから私はトレスさんの事をすごいと思って、好きと思っていた。
「トレスさんって本当にすごいですね」
「いや、オレのは外れスキルだから、ヒナの方がすごいよ」
「いや、トレスは本当にSUGEEEって! 俺はマジで思うね!」
先に助けられたキアラはトレスさんの事が本当に好きで、私もキアラのその様子を見てやっぱりどんどん好きになって、シロやドウラが好きになっていく姿を見てもっともっと好きになった。
「トレスさん、身体もお疲れでしょう。私が回復魔法を併用したマッサージをして色んなところを元気にしてさしあげましょうか、うふふ」
この身全てを神に捧げると祈っていた頃の私が信じられないほどに好きだった。
「トレスさんは本当にすごいですね。凄く謙虚ですし」
「いやいや、オレなんか本当にただの外れスキルで……ヒナのほうがすごいし綺麗だよ」
「トレス、SUGEEE!」
おじさんの声は大きかった。
そして、それとは関係なくトレスさんのことが好きだった。
みんな、トレスさんが大好きでトレスさんがすごいと思っていた。
魔王もすぐに倒して平和になって、その平和な世界でトレスさんと……と思っていた。
だけど、私に囁いてくる黒い悪魔がいた。悪魔はトレスさんのことが大好きな私の心を傷つける。ちくりと刺すように。
トレスさんはすごい。私の使う回復魔法も全部コピーというスキルですぐに覚えた。
キアラの魔法も、シロの技術も、ドウラの力も全てコピーで手に入れていた。
そして、いつもこともなげに敵を一瞬で倒し、自分はほとんど何もしていないと謙虚に笑う。
そして、やさしく私に言ってくれる。君を傷つけさせない、守ってあげる、いるだけでしあわせだ。言葉の通りトレスさんは私の力なんていらないほどに強い。
何もしなくていい。
何もするべきでない。
『いるだけでしあわせだ』と言ってくれるのだから。
私は何もしなくていい。
何もしなくていい。
何も、してはならない。
悪魔は嗤う。
何もしない私を嘲笑う。
何も出来ない私を責める。
私は、トレスさんの役に立てているのだろうかと疑問を感じ始めたころ、私達に変化が起き始めた。
オークとの戦いの後、キアラがより一層修行に励むようになった。
どんなに修行を重ねてもトレスさんにコピーされてしまうのに、キアラは努力を続けた。
コピーされて自分の役割がなくなっても関係ないと努力を重ねた。
その理由は明らかだった。キアラは素直じゃないけど感情豊かな子だから。
ゴメスさんだ。
キアラは、トレスさんよりゴメスさんによく話しかけるようになった。
そして、自分の努力や工夫を話すようになった。
ゴメスさんは、ちょっと困りながらもキアラをほめたたえた。
トレスさんに対してほどの大声ではなかったけど、丁寧に、キアラの実は繊細な心に優しく触れるように褒めていた。
純粋に、「いいな」と思った。
それはどちらに対してのなんのいいなだったんだろう。
ただ、いいなと思った。
褒める側も褒められる側もそこにちゃんと役割があって、認められていた。
そして、なんだかとっても二人とも幸せそうで、見ているこっちも笑みがこぼれた。
だけど、同時に嫉妬の心が湧いてくるのも感じていた。
ほんの少し、思ってしまった。
私も、ゴメスさんに褒められたいと。私もそこにいたいと。そして、キアラのように強くなりたいと。
そんな心のせいか、私は、キングデーモンに心の隙を狙われてしまう。
幸か不幸かキングデーモンが弱っていたこともあり抵抗は出来た。
だけど、いずれ心を奪われる。だって、私は邪な心を、心の闇を抱えていることを知っているから。
私は、弱い。
私はずっと弱い人間だ。自分より弱い人、弱っている人にしか手を差し伸べることが出来ない。
強い敵には敵わない。弱い人間なのだ。
だから、私に出来るのは弱い人たちの心の弱さを受け止めてあげ、強い人たちが戦えるように支える事だけ。なら、キングデーモンに奪われ誰かを傷つけようとしている自分は、いていい人間なのか。
私の中にずっといた悪魔はキングデーモンと混じり、そう囁いてくる。
そんなささやきを吹き飛ばしたのは、
『トレスには出来ない! 絶対に出来ない! お前にしか出来ないんだ!』
大きな声で沢山褒めるおじさんだった。
悪魔のささやきが聞こえないように一晩中ほめ続けてくれるおじさんだった。
私が今までやってきたことを、がんばったことを、前に出て行ったことを認めてくれるおじさんだった。
いや、おじさんは多分認めてくれていた。
私の中の悪魔も。
自分の居場所が欲しくて欲しくてたまらない。悪魔を。
だから、言ってくれたのだ。
『我儘を言えっ!』
『お前はSUGEEE!』
『俺はお前を応援する!』
私の足跡を認めてくれて、私の背中を押してくれた。
『お前の人生を生きろ! お前なら出来るっ! お前はSUGEEE!』
ゴメスさんは、褒めてくれる。
そのゴメスさんが……
「「攫われた?」」
キアラと声が重なる。
そして、私の中の悪魔が囁く。
なんでしょう、今、とってもしたいことが。
とっても、暴れたいです。今。
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