第31話 誰か、MITEEE!
【キアラ視点】
「ねえ、ゴメス、今日のアタシ、どうだったかな!?」
アタシが話しかけるとツルツル頭のおじさんはびくっとしながらこちらを振り返り、目を泳がせる。
「お、おう!? そうだな……」
言いよどんでいるおじさんを見るとなぜか悲しくなる。この人は褒める天才だ。いいところを見つけてくれる天才。そんな天才が言いよどむという事はよくなかったということ。自分でもびっくりするほど自分が落ち込んでいるのを感じたが、顔に出してはいけない。おじさんはそういうのを一番気にする。
「あー、ごめん。今日戦闘で前衛ですごく動き回ってたし見えてなかったよね。よし、帰ろう」
「いや待て!」
おじさんが手で私を制止する。おじさんは不思議だ。
本当に私はそんな空気なんて出してない、つもりだ。なのに、おじさんは察してくれる。
私が、ちょっと、ほんのちょっとおじさんに褒めてもらえなくて落ち込んでいることを。
「いいところはあったぞ。……うん、探知魔法も何故か自力で覚えてたけど使い方がうまかったよな」
「……うん!」
うれしい。
「戦闘に生かすなんてやるなあ、そうそう、何故か習得してた気配隠しの魔法を合わせてて……」
「頑張って覚えたの!」
うれしい。
「そ、そっか、SUGEEEな。それと、さっきのスライムとの戦闘での指示が的確だった。……あとは、聖魔法もどんどん成長してて……」
こうなるとおじさんはとまらない。一度褒めだすと怒涛の勢いで褒めだしてくれる。
うれしいうれしいうれしい!
どれだけ言葉を知っているのってくらい色んな言葉で、言い方で、アタシを褒めてくれる。
帰り道、アタシはおじさんの隣を歩きながら褒められ褒め返す。
この時間が何より嬉しい時間になったのはいつからだろう。
「おい! キアラ、一人で森に行くつもりかよ! おいおい」
昔のおじさんの印象は、うっとおしい冒険者のおじさんだった。やたら新人にかまって色々知ったかぶってアドバイスしてくるおじさん。しかも、頭がもじゃもじゃでそれもまたうっとおしかった。髪が燃やされてツルツルになった時にはざまぁみろと思ってた。
「森でゴブリンに襲われて、裸にひん剥かれていやーんな事されても知らねえぞ~! げへへ!」
あと、すけべ。まちがいなくすけべ。
「え? なんだ? トレス? 森のゴブリンはやばいのかって? お前、本当に何も知らないんだな。アイツら女だったら誰でもくいつくどスケベモンスターだぞ。男は普通に殺すからな」
やたら物知りでそれを偉そうにルーキーに語るのが好きなおじさん。なぜか自分の髪を燃やしたルーキーに金魚の糞みたいについて回るおじさん。
「お前は、ええ!? 薬草獲りぃいい? お前がぁあ? そうか……まあ、なんでも基本からだもんなー、うんうん」
誰に向かってか分からないけど、凄く棒読みで演技をしていたおじさん。
今、思えば、アイツのとんでもない実力を知っているおじさんがなんでアイツが薬草獲りなんかするのを納得する演技をしてたのか謎すぎるけど多分何か考えってのことだったのだろう。
でも、当時はただただ演技がへただなーと思ってた。
うっとおしいし、すけべで、やたら新人に絡んできて、有望株についてまわる、演技が下手なツルツル頭のおじさん。
それがゴメス。
アタシのゴメスの印象だった。
その後、アタシは一人で強がって森に入ったせいで、ゴブリンに襲われる。
「きゃあ! まさか、あんな罠があるなんて……ちょ、ちょっと……やめてよ! 服を脱がさないで! いや! やめて……! 胸、触らないで! いやぁ……! うそでしょ。ねえ、やめて! やめてー!!!!」
「【コピー・ファイア】!」
「「「「ギャアアアアアアアアアア!」」」」
そして、服を破かれて襲われそうになったところを、おじさんが付いて回っていた期待の新人トレスに助けられる。
「大丈夫か!? キアラ」
「え、ええ……。あの、ありがと……ギルドでは、ごめんなさい。冷たい態度をとって。外れスキルのくせにって。アナタってすごいのね」
「いや、オレは大したことしてない。オレは外れスキルで、ただキアラの魔法をコピーさせてもらっただけだから。すごいのは、キアラだよ」
ピンチに陥った時に助けてくれたすごく強い男の子。
好きになった。
今、思うとなんでそんなにすぐ好きになれたのかわからない。勿論、助けてくれて本当にうれしかったしものすごく感謝はしていた。でも、アタシは自慢じゃないがそれなりにモテるくらいの顔と身体で、言い寄ってくる人間も沢山いた。その中にはいやらしい男もいたけど、勿論誠実ですてきな人もすごくかっこいい人もいた。
だけど、その時思ったんだ。この人しかいない。この人好きって。
そして、
「うおおおおおおおおおおお! トレスSUGEEE! 一瞬であのキアラの魔法をコピーして、ゴブリンを全滅させたのかよ!」
おじさん、うるさいって、その時は思ってた。
それからアタシはトレスの事をすごいって思って好きと思っていた。
「トレスはすごすぎるわ!」
「いや、オレのはただの外れスキルだから。キアラの方がすごいよ」
「いや、トレスは本当にSUGEEEって! 俺は本当に思うね!」
ヒナも助けられてトレスが好きになってアタシはそれを見てさらに好きになったし、シロも助けられてトレスが好きになってそれを見てさらに好きになった。
「トレス、大丈夫? アンタ、さっき黒竜にいっぱい魔法使ってたし、その、疲れてるんじゃない? ……ひ、膝枕とかしてあげようか?」
男の人が苦手なアタシがそんなことを言うくらい好きだった。
「トレスって本当にすごいわね。謙虚だし」
「いや、オレは本当にただの外れスキルなんだって。キアラの方がすごいしかわいいよ」
「トレス、SUGEEE!」
おじさんがうっとおしかった。
そして、トレスがすごく強くて好きだった。
仲間になっていくみんな、トレスが大好きでトレスがすごいと思っていた。
魔王なんてあっという間に倒して、トレスと一緒に……って思ってた。
だけど、どこかで冷静なアタシがいて、そのアタシはじっとトレスの事が大好きなアタシをじっと見ている気がした。それは小さな違和感。
トレスはすごい。アタシが覚えた魔法を全部コピーというスキルですぐに覚えていった。
アタシが十年以上かけて覚えた魔法の全てを一瞬で覚えた。
アタシがもっとトレスの役に立ちたいと思って覚えた新しい魔法も全部全部トレスは一瞬で自分のものにしていた。
その上、トレスはもっと強くなるためにってアタシにスキルをペーストというスキルで与えてくれた。アタシがどんなに努力しても得られないようなスキルを簡単にトレスは与えてくれた。
一瞬で。
簡単に。
『ただの外れスキルだけど』と言って。
トレスはすごい。
トレスはすごい。
トレスは、すごい。
それは違和感。
魔王を倒すことに何も関係ない違和感。
だけど、心のどこかでずっと冷たく残る違和感。
その違和感はある日を境に確信に変わる。
それが、あのキングオークとの戦いだった。
あの日、アタシは絶不調で、いっぱい迷惑をかけて混乱していた。
なんで、アタシはこんなに役立たずなんだろうと。
弱いんだろうと。
どんなにどんなに努力してもトレスみたいに強くなれないんだろうと。
そう、思ってた。
オークにつかまって、殺されそうになっている時も思ってしまった。
きっと、トレスが助けてくれる。
すごい力であっという間に。簡単に。こともなげに。
『外れスキルだけど役に立ってよかった』って。
だから、アタシはもう努力しなくていいやって。
思ってしまった。
その時だった。
「おうこら、ぶたどもぉおおおおおおおおおお!」
ゴメスが、叫んだ。
大きな声で叫んだ。
何かにあらがうように必死に戦おうとしてた。
「かかってこいやあ! このはげぇえええええええええええええええええええええええええええええええええええええええええええええええええええええええええええええええええええええええええ!」
そして、アタシを助けてくれた。
「いいか! キアラ! てめえは役立たずじゃねえ! 俺より散々活躍してるのにそんな事言うな! いいか! トレスはTUEEE! お前はSUGEEE!」
褒めてくれた。
「繊細な形を作れるお前の魔力はすええ! すげえ努力してねえと出来ないもんだ!」
認めてくれた。
「お前はすげえ! 俺が何度だって言ってやる! お前はすげえ! だから、理不尽に負けるな!」
本当は言ってほしかった。褒めてほしかった。認めてほしかった。
アタシの簡単に奪われていく努力を。誰かに。
「お前はすげえ! キアラ、お前の努力はSUGEEE!」
ゴメスは、褒めてくれた。
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