第26話 その思い、IEEE!
「あ……」
ヒナの視線が追うのはヒナにとっては見慣れているであろう祈りの対象である人物。そう、聖母の姿が彫られたペンダント。それが今、宙を舞っている。
暴れるキングデーモンの乗り移った手を抑えようとした拍子に俺の懐から飛び出す聖母の姿が彫られたペンダント。本当なら俺の懐から飛び出すはずのないペンダントなんだ。
原作では。
このペンダントは、トレスが大神殿に旅立つ前にヒナに渡すものだった。
もっと言えば、原作イチャイチャお買い物回で、キアラとデートしている時に、元気のないヒナの為にも買ってあげようと、キアラの指輪を買った店で買うものだった。
だが、イロイロおかしくなって、キアラとトレスはデートせず、お店にも一緒に行かず、ついでの買い物もすることなく終わり、そのペンダントはお店で売れ残っていた。
ヒナの覚醒アイテムなのに。
だから、買ったよね。ゴメスが買ったよね。原作にないけど、原作知ってるから、ゴメス買ったよね。キアラの指輪と一緒に。そんで、トレスに言ったよね。
『トレス、ヒナが元気ないだろ? お前からコレをプレゼントしてやれよ。そしたら、きっとヒナも元気に……』
そしたら、トレスが言ったのよね。
『やれやれ……オレなんかただの外れ持ちスキルの追放された貴族だぞ? オレなんかがあげても……』
だから、俺キレちゃったよね。
『うるせええええ! 俺なんかとか外れスキルだからとかクソネガティブなシケた事言ってねえで渡せぇえええええ!』
そしたら、トレス言ったのよね。
『いやいやいや、オレなんて本当にただの外れスキルなんだって』
違う。そうじゃない。会話の焦点そこじゃない。
SUGEEE怖かったよね。話の文脈とか関係なしに外れスキルだから一本勝負で全部なんとかしようとしてくるんだもの。原作読んでる時は、そこまで何も感じてなくて『トレス、おもれー』くらいだったけど、実際に目の前で起きると怖すぎた。
まあ、それはさておき。
そんなこんなでトレスは、『オレも何かプレゼントするぜ!』と、結局【目利き】スキルと【値切り】スキルをコピーしてすげえセンスのいいプレゼントを選んで渡していた。あえて、かぶりを避けて聖母のペンダントとは違う豪華な指輪を選んでいたけど、あまりにチートスキルで買ったもののせいで高価すぎてヒナがちょっと戸惑っていた。
そして、俺はキアラの指輪の件もあり、渡すチャンスを探し続け渡せないまま懐に入れていた。そのペンダントが今、飛び出した。
「あ……!」
床に落ちる直前、ヒナがすかさず手を差し出してペンダントを取る。
そして、手の中にあるペンダントをじっと見つめる。
「聖母様が彫られたペンダント……もしかして、ゴメスさん。私を元気づけようと……?」
ヒナが潤んだエメラルドグリーンの瞳で俺を見つめてくる。
床に跪いた彼女がどうしても『あの人』と被る。
前世の母は掃除や後片付けが上手な人だった。
いや、そうじゃない。
父親が好き勝手するからしなきゃいけなかったんだ。
そして、いつも床に散らばったものを膝をついて片付けていた。
母親の服の膝の部分はいつも汚れていた。
『〇〇〇……ごめんね……こんなに汚しちゃって』
母はそう言って笑っていた。悲しそうに。
今のヒナと同じように。
「私なんかのためにこんな……」
信心深いのはヒナくらいだ。だから、誰へのプレゼントのつもりだったのかなんか明らかだろう。聖母の彫られたペンダントなんてヒナ用に決まってる。だけど、本当は俺が渡すべきものじゃなくて……。
いや、違う。そうじゃない。今、言うべきことはそれじゃない。
俺がすべきことは……いや、したいことは!
「いいか! なんかとか言うな! お前はそれだけ頑張ってきたSUGEEE女だから! このプレゼントだって貰うだけの事を頑張ってきた女だから!」
俺はこの回が好きじゃない。ぶっちゃけ好きじゃない。
だって、トレスは言ったんだ。
『ヒナが笑ってくれるだけでオレは頑張れる』って。
違う。そうじゃないだろ。少なくとも俺はそうは思わない。
それじゃまるでヒナはトレスのアクセサリーじゃないか。何もせずに美しくあればいいって言ってるようなもんじゃないか。
本当にそう思ってるのかトレスの考えなんか俺には分からねえ! そんな風に生きられると幸せだと考えている人間だっているかもしれねえ! 俺には分からねえ! 俺には俺の考えと、勝手なヒナの考えの予想しか出来ない!
ヒナは! 弱くて力になれなくて悔しいんだ!
なら!
ヒナの幸せは、ヒナのやりたいことは、誰かの為に自分の手で何かが出来ることじゃないのか!?
俺には褒めることしか出来ない。
褒めるコツは、相手の気持ちを汲んで相手の欲しい言葉をあげること。
それと、相手の行動を褒めてあげることだ。今、生きて成し遂げた事をちゃんと受け止めて言ってあげることだ。
かわいいもいい、美人もいい、すげえもいい。
だけど、その瞬間のその人を褒めたら、褒められた人間は『自分』を実感できるかもしれない。なら、俺は今此処にいる彼女に伝える。
「ヒナ! お前のしたいことはなんだ! お前は頑張ってる! お前は誰かの付属品じゃない! だから!」
あああああ! もう眠いからな! もうわけわかんねえ! こうなりゃ言いたい事言ってやる! 俺は今生きてるから! ヒナも今ここで生きてるんだから!
「我が儘を言え! お前はSUGEEE! だから、俺はお前を応援する! がんばれ!」
俺は一度離れた手をもう一回彼女に差し出す。立ち上がるには自分の足で立つしかない。
俺の出来ることは支えることだけだ。
「私は……!」
「何度でも言うぞ! お前はSUGEEE! 俺はお前がSUGEEE事を知ってる! いくらでも褒められる! だから! 自信を持て! お前は!」
俺の差し出した手を彼女は握る強く強く。自分の意志で握りしめる。
俺に出来るのは言葉で背中を押すこと。それだけだ!
「お前の人生を生きろ! お前なら出来るっっっ!」
そんでまた俺に、お前を褒めさせてくれ。
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