第22話 褒め言葉で、YOAKEEE!
「ゴメス、さん……守るためって」
少しずつ黒に染まっていくヒナの髪の毛。キングデーモンの浸食は確実に始まっている。
闇ヒナになってしまえば、今のメンツでは誰もヒナを傷つけずにキングデーモンを攻撃することは出来ない。なんとかトレスの到着まで粘らなければならない。
だが、時間が一体どのくらいかかるのか。通信手段がない以上分からない。
なら、俺に出来る事は、やはり一つ。
「ヒナ……お前さんの中にいるキングデーモンは、お前の心の弱さをついて心を奪おうとしている」
「……はい」
これは多分俺にしか出来ない事。俺だから出来る事。
だから、
「だから、俺は………お前を褒める」
「はぇえ?」
ヒナから間抜けな声が漏れる。こてんと首をかしげるヒナ。はい、かわいい。
「そ、それは一体、どういう……」
「お前の心の弱さは多分、色んな負い目があってのことだ」
多分ていうかそう。原作に書いてあったもの。自分の事だ。ヒナも分かっている様子でぎゅっと胸元を抑える。
正直、ゴメス以外みんな天才だ。その上、全員攻撃力が高くて『敵を倒す』という明確で数字として表れる結果を出している。要は、自分で自分の能力を実感できるのだ。サポートや回復のヒナはそれを実感する機会も少ないし、最近ではトレスにおまかせになっている。自己肯定感は地の底だろう。
「だから、俺が褒めて褒めてお前に自信を持たせる!」
「え、えぇええ?」
そこでゴメスの出番だ!
キングデーモンに心を奪われないようにヒナの自己肯定感を上げる。上げれば当然キングデーモンの浸食は遅くなる。粘れる。そのうち、トレス到着。チートぼかーん。完璧な作戦だ。チートぼかーんはなんとかなるそれが【はずコピ】だ。
ヒナには原作の話が出来ないので、すっきりとしていない表情でこっちを見ている。
「いや、でも、私なんて……トレスさんに比べたら本当に何もできませんし」
「いいか、トレスはSUGEEE。それは間違いない事実だ」
そう、トレスはSUGEEE。それだけは否定できない。否定したら、この話終わっちゃう。
ヒナは俺のトレスAGEを聞いて少し表情を曇らせる。いくら惚れた男で尊敬していても、自分の中のコンプレックスは否定できないもんな。ヒナは薄く黒くなり始めた長い髪をかきあげ悲しそうに笑う。
「そうですよね……私が足を引っ張っているんです」
だが、これ以上は黒くさせない。落ち込ませない。
「いや、そんなことはねえ。お前だってSUGEEE」
ゴメスは、人を褒めることだけは優れているのだから。
「ええ? な、なにがですか?」
「お前がこのパーティーの精神的支柱だってことはみんな知っている」
「え?」
「トレスもキアラもシロもドウラもみんな自己主張の激しい連中だ。だけど、お前はみんなの聞き役になったり、時には窘めたり……マジでお前がいなければみんなうまくいかなかっただろうし、俺はもうこのパーティーを辞めていた」
「ええ!?」
マジでそう。これはほんとそう。常識人枠で必要なんだなとこの世界に転生してよくわかった。キャラが濃すぎるとマジで生活という日常の時間が異常と化して頭おかしくなりそうになる。急に高威力の魔法をぶっぱなして「え? なんだって?」っていうヤツとか感情任せで魔法乱発するやつとか隙あらば人の金盗むやつとか気を抜いたらドラゴンになって服を脱いでる奴とかと一緒に生活してたらマジでメンタルが崩壊する。ヒナがいなければ俺は抜けていたに違いない。
「あと、美人だ」
「ほわああ!? な、なにを急に」
美人もすかさずぶち込んでおこう。どうせゴメスが言ったってヒナは本気にしないだろう。なら、ちょこちょこ挟み込んでサブリミナルにして自信を高めさせよう。
「で、でも、精神的な支柱なんて、トレスさんがいれば」
「トレスには出来ない! 絶対に出来ない! お前しか無理なんだ! ヒナ!」
「は、はい……」
あのお話聞かない天然主人公に精神的支柱は無理だ。それだけは断言できる。
あと、ヒナがいないと絶対俺の胃がもたない。マジでヒナちゃん癒しなり。
「あと、美人」
「ほえあああ!」
「それに、旅での手配や交渉、金のこととか色々な管理はお前がやってくれてるだろう」
これもマジ重要。冒険なんて、敵ぶっころでうぇーい! 金なんて稼げばうぇーい! なんて思ってる奴ばかやろー。
現実はそんなに甘くない。社会が成立する為に、金の流れや物価等々はうまいぐあいに調整されている。ドラゴンぶっころ金貨一億枚あげますいえー! なんて事があったとしても、それは適正価格で、総じて物価が高い。どうせ誰も倒せねえし、国の経済やらギルドの資金破綻するレベルの報奨金つけたろわら、みたいな事はない。そんなバカはクビにしろ。
というわけで、世界がちゃんと回っている以上、お金の流れがある程度ちゃんとしているということだ。そうなると物や金の管理はマジで重要だ。
孤児院の運営手伝いもやっていたヒナの存在は大きかった。元貴族+天然であまりに金銭感覚がぶっ壊れているトレスに、俺へのプレゼントでなんか財布の口がぶっ壊れ始めたキアラ、あわよくば抜き取ろうとするシロに、竜族で上の立場のドウラ。これらをコントロールできるのはヒナしかいなかった。
「そう……! お前がいなきゃダメなんだ! 絶対に」
「は、はい……」
「あと、美人」
「ほわああああああああ! そ、そうでしょうか」
うむ。良い感じに自己肯定感が上がっている気がする。ちょっと目に光が宿り始めた。
ここは畳みかける時!
「だから、お前は素晴らしい人物だ!」
「でも、回復もトレスさんのスキルがあれば」
「お前の繊細で人に合わせた回復魔法の方が将来的に絶対に安心だ! あと、美人」
「ふわーーーーー! ででででも、キアラみたいな攻撃魔法は使えないし、キアラみたいに成長できないし……」
「お前がキアラに感化されて努力しているのはしってる。真面目だな。それに、攻撃魔法だってこれから覚えればいい。お前のその真面目さがパーティーにやる気を出させて強くしているんだ。あと、美人」
「ふわわわわ! で、でも、シロみたいに魔物を発見したり罠を見破ったり解除も出来ませんし……」
「でも、他人が何か悩んでいたり痛みをごまかしてたりしたらお前はすぐに気付いてくれるし、いいアドバイスをくれたり治してくれる! あと、美人」
「ふぎゅうぅううううう……。でも、ドウラみたいに強くないし色気も負けてるし」
「敵を倒すだけが強さじゃない! 色気も色々ある! あと、普通に色気はあるし美人!」
「ふぁーああああぁぁぁぁ……で、でも……もももももう!」
ヒナが顔を真っ赤にして、祈りの態勢に入る。心を落ち着かせたいのだろうか。
だが、ちょっとすると、すぐにちらとこちらを見て、
「でも、私、みなさんに守られてばかりで」
褒められたそうにこっちを見ている!
「守りたくなるんだよ。いや、お前が必要だから守るんだ」
正直、めんどくさい女子になり始めている感はある。だが、俺は止まらない!
だって、めんどくさい女子より闇堕ち乗っ取られ女の方がめんどくさいしヤバイじゃん!
ちらちら見ながら色々褒めてもらいたいパスを出してくるヒナ。
まあ、そうだよな。
トレスは「すごい」「かわいい」「美人」「オレはそうだと思うな」とパターンが少ないうえに具体性に欠ける。具体的に褒められればうれしいに決まってる。
「あと、美人」
「……ふへ」
時にこういうのも大事だけどね。
そして、めんどくさい発言を全部褒め言葉に変換し続け、夜明けが近づいてくる。
夜は心が不安定になるからキングデーモンが活動的になるらしい。原作にあった。
だから、恐らくもうしばらく大丈夫だろう……。
と、思っていたらこうなるんだよなあ!
『おノれ……邪魔をスルナぁああああ!』
「ううう……! ゴメスさん、逃げて……!」
完全に奪えていないくせにキングデーモンが暴れはじめた!
もうお前は褒めてないんだから頑張りすぎるなよ! ばか!
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