第21話 そのおっさん強、KUNEEE!
俺の記憶には二人母がいた。
別に複雑な家庭ではない。前世の母とゴメスの母だ。
前世の母は優しい人だった。
いつも笑っている人だった。
ゴメスの母は強いひとだった。
大家族の母ちゃんって感じで親父にもガンガン言うし、子供たちを遠慮なくしかることのできる気持ちのいい人だ。
どちらが聖母っぽいかと言われれば、前世の母だろう。
「聖母よ、我が罪をお許しください……」
ヒナの懺悔の言葉にはっと意識を取り戻す。
聖母像を見てぼーっとしてしまっていたようだ。いや、正確には現実逃避していた。
ただいま、現実。
現実を整理しよう。
トレス、シロと共に大神殿へ。戻ってこられるのはいつになるか。ただし、今のところトレス以外ヒナの中にいる実体のないキングデーモンを倒す方法を手に入れそうにない。
キアラとドウラ、すぐそばにいるし戦闘力も凄いが実体のないキングデーモンに攻撃する方法がない。
ヒナ、キングデーモンの浸食を抑えてはいたが徐々に蝕まれているようで、うっすらと髪が黒く染まり始めている。
ゴメス、ただの解説おじさん。
なるほど。
やっぱ聖母の顔、前世のおかんに似てるなあ。
さよなら、現実。
「お許しください……」
再びヒナの懺悔の言葉で俺は現実に帰還。ただいま、現実ぅうう!
ヒナが祈りを捧げ、懺悔を行っている。己の中の邪神を吐き出し、悔い改めることで少しでも邪悪な者の、キングデーモンの浸食を阻むという事らしい。震える手はキングデーモンと戦っている証拠だろう。
「ゴメス……」
ヒィイイ! 気づけば、キアラが背後に。最近、この子俺の後ろをとるのうますぎなんですけど! ちょうちかいんですけど!
「ヒナ……助けられない……?」
キアラが瞳を潤ませながらヒナを見つめる。俺の服の裾を掴むキアラの手も震えていた。
仲間が悪魔に乗っ取られるかもしれない。しかも、今のキアラには何もすることが出来ない。
悔しさと恐怖が彼女の中で渦巻いているのだろう。
それでも、戦っているのだ。キアラはキアラでその不安な心と。
本当にすごい奴だ。
俺はキアラの小さくて震える肩にぽんと手を置き、にかっと笑う。おっさんスマーイル! マジでゼロ円。価値なんてねえ、無料だ。
「しゃあねえなあ、おっさんがいっちょがんばってきますかあ」
「ゴメス……!」
俺なんかマジでただのおっさんだ。無自覚チート主人公と違い、キングデーモンをぶったおすなんて出来ないし、都合よく新たな力に覚醒することもない。
俺に出来るのは目の前で必死に不安と戦う健気な女の子を少しでも安心させてやるように言葉をかけるくらい。
それでも、いないよりはマシだろ。
「だから、お前は少しでも休んでおけ。寝てないんだろ、肌荒れがすごいぞお。俺はぷりぷりお肌のぷりぷりお尻が大好きなんだ」
「な……! ばか……!」
ゴメスはギャグエロ要員。それでいい。
言うてまだまだ普通にぷりぷりお肌のキアラは顔を真っ赤にしてぷりぷり怒り始める。
うんうん、こいつにはこのくらいがちょうどいい。
「ほんとばか……! こんな時に……! でも……ありがと。ちょっと元気出た。……なにかあったら大声で呼んですぐに行くわ」
「おう。『大声で助けを呼ぶ』は俺の得意技だ」
くすりとキアラが笑って部屋を後にする。
ばたんというドアの音がしじまの空間に広がり吸い込まれていくようだった。
聞こえるのは彼女の懺悔の言葉。
衣擦れさえも聞こえず、微動だにしていない。
ヒナは祈りの姿勢のまま。
そういう女だ。
『はずコピ』の癒し系巨乳お姉さまキャラの聖女ヒナ。
銀髪ストレートロング、胸、エメラルド色で垂れ目気味の穏やかそうで色気を感じる目、胸、その服どういう構造ありがとうございますという巨乳が強調される神官服に、謎のスリット。おい、教会仕事しろとか言わないよ絶対ありがとうございます。とにかく最高なお姉さん。ちなみに、巨乳。
とにかく見た目がエロい。
ドウラと二大お色気巨乳キャラとして購入者特典ポストカードではセットだったな。
だけど、前世の俺の、ヒナの好きなところはそこじゃない。
ヒナは、前世の母に似ていた。
やさしいひとだった。よく笑う人だった。
マザコンと笑うなら笑えばいい。
厳しくてよく俺に怒鳴ってくる父親から俺を守ってくれた母だった。
素晴らしい母だった。
あ、顔は全然似てない。母の顔なんて普通でヒナは美人すぎる。
だけど、悪人に騙され奪われそうになっていた教会の孤児院を守る為に自分の身体さえも売る覚悟もしていたやさしくて強いヒナと俺の前世の母が重なって見えた。
だから、前世の俺は、はずコピのやさしいヒナが好きだった。
母に似ているから。本当に聖母のようだから。
だけど、俺はゴメスに転生して気づいたんだ。
ゴメスの母ちゃんを見て。
ゴメスの母ちゃんは、強い人だった。不満も遠慮なく言うし、子供にも親父に対してもずけずけ言う。声もデカい。ちょっとめんどくせえ母ちゃんで、俺も、他の兄弟も、親父もよく喧嘩をしていた。
母ちゃんは元気だった。
そう、元気だった。
前世の母親は元気だっただろうか。
気丈に振る舞って俺の前ではやさしく微笑み、父親から俺を守ってくれた母親は、元気だっただろうか。
彼女は、やさしい。傷ついている人を放っておけず、手を差し伸べ、不安や恐怖を取り除けるよう声を掛け、笑ってくれていた。
ゴメスの母ちゃんみたいにがははと笑わなかった。
ふふ、と笑っていた。母ちゃんと比べると……悲しそうだった。
死んでから気づいた。
母ちゃんと比べて気付いた。
前世の母親が元気じゃなかったことに。
死んでから。死んでから。死んでから。
俺は、母親を元気に出来ていなかった。
いつも俺が元気にしてもらうばかりで気づけていなかった。
彼女は聖母だった。
だけど、その聖母は誰に癒してもらうのだろう。守ってもらうのだろう。救ってもらうのだろう。
「そう、か……」
がさがさのおっさん声を溢す。
がさがさ声のおっさんになるまで気づかないなんて馬鹿だな。
「聖母よ、邪心を抱き、悪魔に心をつけ狙われてしまった私をお許しください……どうか……どうか……」
ヒナの声が教会の一室で悲しくこだまする。聖母に、神に、彼女の声は届いているのだろうか。
彼女は守ってもらえるのだろうか。
このご都合主義の主人公アゲの世界の神様に。
分からない。
神様にだって都合はあるだろうし。
分からないことだらけだ。生きてる以上分からない事だらけ。
だって、俺たちは今ここで生きて一瞬一瞬変わり続けているのだから。
彼女も不安と戦い、手を震わせ、瞳を潤ませ、必死に生きているんだから。
「どうか……愚かな私をお救い下さい」
今、生きているんだから。
「どうか……!」
今。
俺は雑魚だ。雑魚なおっさんだ。
でも、きっと無力じゃない。
微力だ。
だから、
「ゴメス……?」
ヒナがちらと見て、微笑む。悲しそうに。
だから。
おっさんは、ツルツル頭をぺしぺし叩きながらにかっと笑って口を出す。
「よーお、ヒナ。聖母さんや神さんだけじゃなくてよ、おっさんにもよ。力にならせてくれよ。……お前を守る為に」
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