第44話 応援されたいお嬢様
「神宮マジで容赦なさすぎ。悪いと思ってるなら忖度しろよなー」
グラウンドに仰向けになり息も絶え絶えに一ノ瀬が言う。
決勝から続けて行われたエキシビションマッチ。久瀬を除く決勝参加者に加え、助っ人としてうちのクラスのサッカー部を交えて行われた。
結果は5-3で俺たちの勝ち。35分という短い時間だったが、かなり白熱した試合になった。
「手を抜くと怒るんだろ?」
一ノ瀬の手を引き起こしてやると、彼はニヤリと口角を上げる。
「当たり前! 最後のシュートはマジで痺れたし、負けたけど悔いはねえって感じ」
「ほんとそれなー。パスも的確で、神宮にパス貰ってるだけでフリーになってんの。魔法かよって」
「お前すげえよ。サッカー部入れ、サッカー部!」
「いやバスケだろ。絶対に他の部活でも活躍できるって!」
いつの間にか俺たちの周りには人が集まり、ガヤガヤと騒がしくなっている。観客も決勝の試合よりは少ないが、大きな盛り上がりを見せていた。
俺の名前を呼ぶ声。プレーを賞賛する声。白熱した試合に送られる拍手。男子も女子も入り交じって、その輪はだんだんと大きくなっていく。
先程までとは大違いだ。俺に対する恐怖や一方的な暴力に似た試合に対する嫌悪は薄れ、コートを歓声が包み込む。
呆気に取られる俺の両肩にポンと手が置かれる。
「よかったね、弥太郎」
「ちょっとは楽しめたかよ」
それぞれ声をかけてくる琉依と与一に首肯して返す。
楽しい試合だった。全力で体を動かして、勝つためにチームメイトと協力して、相手も負けじと立ち向かってきて。
そうして得られた一点に喜びを分け合って、点を獲られると悔しくて、勝った時には拳を挙げて叫んで。
たかが学校行事。記録にも残らない時間。
それでも俺は今、この時のことを忘れない。
人の為にと自分を犠牲にするのとは違う。自分の持つ力で他者を傷つけるのとも違う。俺を認めてくれる人がいる。一緒に喜んでくれる仲間がいる。俺に勝ちたいと真っ向から向かってきてくれる人がいる。
彼らのおかげで俺は少しだけ過去のしがらみから解放された気がする。
「お前らも……ありがとな」
その感謝の言葉には、この試合に対することだけじゃない、たくさんの想いを乗せた。
改めてこんなことを口にするのは照れ臭く、俺は琉依たちから視線を逸らす。
しばらくして、2人は「どういたしまして」と声を揃えた。
はにかむ彼らの表情に俺も笑みをこぼす。
「ところで、さっきからずっとアピールしてる子がいるけど放っておいていいの?」
琉依の指さす先でぴょんぴょんと跳ねる少女が1人。観客に揉まれながらも彼女の綺麗な髪はよく目立つ。
よく見ると彼女は必死に何か言っていた。大きな歓声に掻き消され、彼女の声は聞こえない。
琉依たちと顔を見合わせて首を傾げる。何か急な入り用だろうか。
俺たちを囲む生徒たちに断りを入れ、試合の余韻もそこそこに深愛の元へと駆け寄る。
「深愛、何かあったのか?」
俺が声をかけると周囲の観客たちは気を利かせて深愛にスペースを譲り、彼女がひょっこりと顔を出す。
彼女のことだから俺の勝利に喜んでくれているのかと思いきや、その顔はムッと頬が膨らんでいた。
「私の出番ですわよ! あと5分しかありませんわ!」
グラウンドに立てられた大きな時計を見て、俺たちは「あっ」と声を揃えた。
体育館に戻るやすぐに女子バレーの決勝が始まった。
決勝の舞台でも深愛の活躍は止まらない。強烈なスパイクが炸裂し、2点のリードを作る。
しかし、相手は3年生らしく、先輩としての意地を見せてすぐに取り返す。
取って取られての接戦の果てに第1セットは深愛のクラスが先取した。
ところが、深愛の様子がどこかおかしい。これまでは何かとこちらへアピールしてきたにも関わらず、彼女はちらりとこちらに視線を送っても大袈裟なアピールはしなかった。
少し心配になりながら彼女の様子を見ていると、琉依が緊張を解くようにほっと息を吐く。
「なかなかタフな試合になりそうだね」
「21点の2セット先取だろ? 神経使うわ体力使うわ……雲母さん、大丈夫かよ」
与一は俺に目線を送るも、その答えは俺にもわからない。
深愛は文武両道で何でもこなす器用なやつだが、試験の結果が貼り出される勉強面はともかく、どれほど運動ができるのかよく知らない。
だが、深愛ならきっと大丈夫だ。彼女は途中で諦めるようなやつじゃない。
だから今は彼女を信じて行く末を見守るしかない。
クールタイムを挟み、2セット目に突入した。
お互い決勝に勝ち残っただけあってどちらのチームもレベルが高い。1点を獲るだけでも長いラリーが続く。
徐々に広がる点差。リードしているのは3年生のチームだ。
ここまで来るとプレースキルよりも基礎体力の差が出てくる。女子であっても2年生と3年生の体の作りは違う。それに、素人目に見ても3年生はバレー部に限らず体力がある運動部でメンバーを固めているように見える。
深愛も随分疲れているように見える。攻防に参加し続けチームの要となっている彼女の運動量は計り知れない。
このセットは諦めるにしても、果たして次のセットまで体力が──
バシン、と背中に痛みが走る。歓声に紛れてはいるものの随分と大きな音が響き、周囲の生徒が何事かとこちらを見る。
俺も突然のことに隣で観戦していた紫乃を見遣る。
「な、なんだよいきなり」
「声、出しなよ」
紫乃はこちらを見ることもなく、真っ直ぐにコートを見下ろしている。
「応援してあげてよ、弥太郎。深愛ちゃんも弥太郎の応援を待ってるんだから」
「ちゃんとしてる。俺は深愛の味方で」
「その気持ち、ちゃんと届いてるの?」
紫乃の言葉に俺は口を噤む。
すると今度はコートからバタンと大きな音が響き、俺は急ぎそちらへ首を伸ばす。
必死にボールを追いかけたのだろう。深愛がコートの隅でうつ伏せになって倒れていた。その手の先で虚しくボールが跳ねる。
「弥太郎って、深愛ちゃんのことが好きなんじゃないの?」
「……突拍子ないな。好きだよ」
「じゃあなんで言ってあげないの? 深愛ちゃんはどんな時でも弥太郎に気持ちを伝えてきたのに」
「なんでって言われても……」
俺は自分が声を出していなかったことを自覚すらしていなかった。それなのに、理由を問われてもわかるはずがない。
答えに詰まる俺の代わりに紫乃が言う。
「弥太郎はさ、まだ怖がってるんだよ。深愛ちゃんに声をかけて、深愛ちゃんが自分と同じ目に遭ったらどうしようって。違う?」
「それは……」
否定できない。深愛が人前で話しかけてくる度に、大衆が見守る中で声を張る度に、俺は辞めてほしいと思っていた。
恥ずかしさもあるが、何より紫乃の言う通り、俺と深愛の仲の良さを周囲に知られれば、深愛も俺と同じように敬遠される存在になると思ったからだ。
少しずつその気持ちは薄れていると思っていたが、彼女に指摘されて俺は変わっていないのだと嫌でも思い知る。
「あんたが久瀬相手に得点し続けて変な空気になる中で、深愛ちゃんだけは最後まであんたの応援をしてたんだよ」
「え?」
知らなかった。俺のために声を上げてくれていたのに、俺は1人久瀬に固執していたから。
周りのことも見えず、深愛の声すら聞こえず、俺は何をしていたのだろう。
「深愛ちゃん言ってたよ。『弥太郎君が試合に負けないように、自分に負けないように、私は最後まで応援しますわ!』って。弥太郎はどうなの? 深愛ちゃん1人に戦わせる気なの?」
ちらりと鋭い視線を向けられ、俺は口ごもる。
深愛はずっと俺のことを考えてくれていた。そしてずっと俺に伝えようとしてくれていた。
俺はどうだ? 深愛のためと言いながら、頑張る彼女のために何をした?
2セット目もラストプレー。深愛はチームメイトを鼓舞し、負けていても最後まで諦めようとしない。
だが、それは表向きだけなのかもしれない。
どこか翳りを見せる彼女の瞳。真剣にボールを追いかけているのに、少し寂しげにも見える。
そんな彼女のミスにより、2セット目は相手チームに取られることとなった。
1度コート外にはける深愛はちらりと俺の方を見る。
俺と目が合うと彼女は微笑み、グッとガッツポーズを見せる。だが、それが空元気であることは明白だ。
「弥太郎は考えすぎなんだって。深愛ちゃんのためを思うなら、彼女のために弥太郎ができる最大限のことをやってあげたらいいじゃん」
「……俺にできること、か」
今の俺が彼女のために何ができるだろう。彼女が何を求めていて、俺はどう応えられるのだろう。
考える必要もない。紫乃が全て教えてくれた。そうでなくとも、深愛のことは俺には全てお見通しなんだから。
「ありがとな、紫乃。ちょっと大きい声出すから、うるさかったら悪い」
ふっと笑みを見せる彼女の横で、俺は大きく息を吸った。
「深愛、頑張れ!」
歓声を切り裂く俺の声は体育館中に響いた。自分でも驚くほどの声量で少し恥ずかしい。
だが、俺はそれでも伝えたい。
「勝つ度にご褒美だろ? 優勝したら何でも聞いてやるよ! だから最後まで諦めるな! 深愛なら勝てる!」
そう言い切って、ふっと息を吐く。静寂に包まれる体育館。そして次第にざわめきが大きくなる。
そんな中、声を上げて笑う少女が1人。
彼女の声は一際綺麗で、喧騒すら気にならないほど透き通っている。
「弥太郎くーん! ありがとうですわー! 愛してますわー!」
ちゅっと投げキッスが飛んできて、俺は触らずともわかるほど赤面する。
ぶはっと吹き出してゲラゲラと笑い始める与一。他人事だと思って……焼肉で破産させてやる。
俺の隣でも紫乃が声を上げて笑う。
「お前……笑いごとじゃねえぞ」
「ごめんごめん。ほんと凄いよね、深愛ちゃん。弥太郎のこと大好きだってこっちが恥ずかしくなるくらい伝わってくるんだもん」
「当事者が一番恥ずかしいんだが」
「答えてあげなくていいの?」
「それは流石に勘弁してくれ」
この場で「俺も」と言えるほどの度胸はない。深愛もそれは理解しているのか、満足した様子でコートへと戻る。
そして迎えたファイナルセットは、先程までの疲れが嘘のような鋭いスパイクを連発し、見事深愛は優勝に輝いた。
「応援の力ってすげえな」
「愛の力の間違いでしょ……深愛ちゃんが弥太郎のこと好き過ぎるだけだって」
「それを言うなら下心のおかげかもな」
「ふふ、そうかも」
大きく手を振っている深愛を見ながら俺たちは苦笑していた。
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