第43話 勝手なやつら
「話、終わったか?」
琉依をマークしていた相手チームの生徒が声をかけてくる。
「好き勝手話してるけど、まだ試合中だって忘れてないよな」
眉間に皺を寄せた彼は頭を搔きながらこちらに近づいてくる。
俺の身勝手な理由でこの決勝の舞台は台無しになった。その上久瀬の言いつけにより何もせず負けた彼らとしては不完全燃焼もいいところだ。
間に割って入ろうとする琉依を制して、俺は深く頭を下げる。
「本当に悪いことをした。すまなかった。俺が試合を潰したことは理解してる。この程度の謝罪で返せるとは思わない。償いが必要なら可能な限り」
「じゃ、再戦させてくれよ」
その言葉を待っていたと言わんばかりに俺の話を遮って彼は言う。
驚きのあまり声を失った俺を他所に彼は続ける。
「この後、エキシビションマッチがあるだろ? そこでひと勝負相手してくれ。俺たちの要求はそれだけだ」
「……本当にそれだけでいいのか? 折角の勝負に水を差したのに」
「俺たちが試合に参加しなかったのは久瀬に命令されたからだ。お前らのせいじゃない」
彼の言うことは間違っていないが、それも元をたどれば俺が久瀬に勝負を仕掛けたせいだ。久瀬を辱めるためだけにこの舞台を利用した。
彼はそれを知らないからそう言えるんだ。人の楽しみを奪っておいて、簡単に許されていい話じゃない。
「違うんだよ。俺が……」
「あーもう、神宮って結構面倒臭いのな。俺たちがいいって言ってんだからそれでいいだろー」
事のあらましを説明しようとするも、彼は興味なさげにひらひらと手を振る。
「神宮が久瀬と勝負してたって話は琉依に聞いた。理由も何となく聞いた。久瀬が雪宮と雲母に何かして、神宮がそれに怒ったってことは何となくわかった」
まさか琉依が人に話すとは思いもしなかった。じっと視線を向けると、琉依はあちゃーと漏らして頭を抱えていた。
勝手に話していたことを問い詰めるつもりはない。それよりも、彼がそこまで知っているのなら尚更怒りを顕にしてもおかしくないはずだ。
「だったら」
「けど、ぶっちゃけそんなことはどうでもいい!」
きっぱりと言い切った彼は俺に指を向ける。
「俺は神宮と試合がしたい! この試合中ずっとうずうずして仕方なかったんだよ。皆もそうだろ?」
彼がコート内に響く声を上げると、それまで静かに聞いていた生徒たちからも賛同の声が上がっていく。
「ずっと立ちっぱなしで暇だったんだよなー」
「今なら神宮も疲れてるし、ワンチャン勝てるんじゃね?」
「神宮が居なくても如月と泉田が居れば余裕だけどな」
「お前も頑張れよ」
その声には相手のチームだけでなく、俺に振り回されたはずのこちらのチームの生徒も混ざっていた。
彼らこそ俺に憤りを感じていてもおかしくないはずなのに。
俺が呆気に取られていると、琉依が申し訳なさそうに目を細める。
「ごめんね、弥太郎。実は皆に言ったんだ。弥太郎は雲母さんと雪宮さんを助けるために久瀬君に勝負を挑んだって。それで皆協力してくれることになって」
なるほど、そういう経緯があったのか。通りで皆最初から大人しいと思った。
本当にお節介と言うか、どこまでも優しいやつだ。
いたずらをした子猫のような顔をしている琉依の肩を叩く。
「別に謝ることじゃないだろ。むしろ感謝しなきゃならないくらいだ」
こうして俺が邪険にされないのも琉依が上手く伝えてくれたおかげだろう。琉依にも協力してくれた皆にも感謝はしても文句を言える立場じゃない。
特に空気を悪くしないよう声を上げてくれた彼には。
「お前もありがとな。えっと……」
「一ノ瀬瞬な。名前くらい覚えといてくれよなー」
「悪かったよ。ありがとう、一ノ瀬」
一ノ瀬は小言を漏らしながらもへらっと笑う。彼の笑顔にあてられ、俺も口角を上げる。
気さくで良いやつだ、という印象を抱いていると、琉依がはぁっとため息を漏らす。
「瞬は約束守らなかったでしょ。急にゴール前に飛び出してさ」
「あ、あれはほら……あんなすげえプレー見せられて我慢できなくなったんだよ! 琉依も割って入っただろ!」
「僕は瞬みたいに考えなしに動いてないからね」
そういやそんなこともあったな。てっきり俺と久瀬の勝手な要求に耐えかねたのかとばかり。
冷静に対応する琉依だが、一ノ瀬は納得いかないようで口を尖らせる。
「そう言う割には神宮とマッチアップ中楽しそうにしてたよな?」
「……まあ、それはそうだけど」
「ほらなー。あ、それなら次の試合、俺と琉依対神宮でやらね?」
「それいいね」
何故そうなる。元々この試合の再戦だったはずなのに。
勝手なチーム決めが始まり、俺は2人を止めようと口を開く。
が、その前に与一が「ちょっと待てよ」と絡んできた。よかった、まだこの話に疑問を持つやつがいて──
「俺も弥太郎とやりてえからそっちに混ぜろよ。俺と琉依、一ノ瀬対弥太郎な」
「お前もかよ」
「お、いいな。それじゃ早速ポジション決めよーぜ」
「僕が弥太郎につくよ」
「俺だろ」
「当初の目的はどこに行ったんだよ……」
やーやーと盛り上がる彼らに俺は肩を竦めながらも顔を綻ばせていた。
俺の身勝手な行為で彼らを傷つけたと思っていたが、どうやら彼らも相当身勝手な連中だったらしい。
最早試合そっちのけで話をしている俺たちを他所に控えめなホイッスルが響いた。
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