第41話 決着
前半が終了し、得点は13-1の12点差。まずまずだな。
久瀬はもうまともに俺を追いかけることもできない。後半はもっと得点できるだろう。
あとはさらに圧倒するだけ。久瀬のプライドを叩き折り、二度と俺や深愛の前に姿を見せられないように潰すだけだ。
「どうよ、調子は」
「悪くないな。宣言通り、30点は獲れそうだ」
「まあ、それは余裕そうだけどよ……」
ハーフタイム中、与一が声をかけてくるもどこか歯切れ悪く頭を搔く。
「なんだ。お前の奢りになりそうだから焦ってるのか?」
「それもあるけど……なんつーかな」
はっきりとしない与一に言及しようと口を開くと、琉依がポンと俺の肩を叩く。
「随分やる気が漲ってるね。少し肩の力を抜いてもいいんじゃないかな」
「冷静なつもりだが」
「そういう意味じゃないよ。目的を忘れるなって話さ」
曖昧な物言いをする琉依に首を傾げる。言っている意味がよくわからない。
俺は久瀬を潰す。プライドを粉々にして、深愛たちに関わろうとする気力すら奪う。
運動でダメなら勉強で。それでもダメなら殴り合いでもいい。俺には絶対に敵わないと理解させる。動物的本能に刷り込む。この試合はその目的を果たすための舞台の1つに過ぎない。
だから俺は圧倒的な差を見せつける。もう紫乃が傷つかないように。深愛を不安にさせないために。
「俺のやることは変わらない。あの程度のやつにもう好き勝手はさせない」
「弥太郎……」
琉依が何かを言いかけて口を開くも、突然コートの逆サイドからガシャンと大きな音が聞こえ俺たちは視線を向けた。
休憩用のパイプ椅子が転がっている。それを蹴り飛ばしたであろう久瀬が何やら喚いていた。
「あっちもだいぶ荒れてるね。後半は僕たちも気を引き締めた方がいいかもね」
「いや、むしろ逆だ」
やる気を出す琉依に俺は首を振った。
「あいつは後半、今まで以上に俺との対決に固執する。今更チームメンバーを頼ったところで、俺に負けたと認めるようなものだ。自分の力だけでどうにかしようと足掻いてくるだろうな」
まだ俺に負けたとすら認められない。本当に滑稽なやつだ。
どこまでも傲慢で憐れな男。あいつのやりそうなことは手に取るようにわかる。
「後半、お前らは道を開けているだけでいい。邪魔が入らないようにしろ。それで勝てる」
「弥太郎、それは」
「何を心配することがあるんだ。俺が久瀬に負けるとでも?」
「そういう話じゃないよ。ただ──」
琉依の言葉を遮るようにハーフタイムの終了を告げるホイッスルが鳴る。いよいよ仕上げの時だ。
「久瀬は俺が相手する。お前らは他の連中を引きつけるだけでいい。わかったな?」
後半の作戦を告げ、俺はコートに戻る。
同じくこちらに向かってくる久瀬は怒りが滾る目で睨みつけてくる。
その顔が歪む時が楽しみだ。俺は久瀬の顔を見て、密かに笑った。
後半も久瀬チームのキックオフから始まった。
案の定、前半と変わらず久瀬が1人でボールを持ち、その他メンバーは俺のチームのメンバーにマンマークでついている。
「ぶっ殺す……」
「サッカーでどうやって殺す気だ? ああ、恥をかいて社会的に殺す、とでも言いたいのか。それじゃあ死ぬのはお前だな」
「うぜえんだよ!」
子供のように喚く久瀬の足元からいとも簡単にボールを奪い、俺はすぐさま1点目をあげる。休憩を挟み少しは最初のキレが戻るかと思ったんだがな。
後半も変わらず一方的な試合だった。それどころか、指示通りゴールまでの道を開けていたおかげで得点のペースは上がった。
俺と久瀬だけが動き続けるコート。当然ながらハーフウェーラインとゴール前を全力疾走で行き来するため、次第に体力は奪われ疲弊していく。
だが、それは久瀬だけだ。この程度の運動で俺の体力が尽きることはない。
動きが鈍くなる久瀬に対し、俺はさらに得点を重ねる。
後半も20分を過ぎる頃には19得点をあげていた。およそ1分に1点のペース。攻防もなく一方的な試合だった。
久瀬がボールを受け取ったタイミングで俺も久瀬との距離を詰める。
まだ久瀬の目には怒りが篭っていた。一方で、俺は先程までの高揚感はなりを潜めていた。
「俺がてめえをぶっ殺して──」
「まだ吠える元気があったか。負け犬」
「負け犬はてめえ」
「退屈だ。ルールを変えよう」
「アァ? てめえ、何言って」
このまま続けても久瀬が負けたという結果しか残らない。サッカーでは勝てなかったと負け惜しみするだけで終わる。
何より、久瀬の相手をしていてもつまらない。こんなにも弱いとは思わなかった。
「お前が俺に指1本でも触れられたら、俺はその時点で負けを認めよう。結果はどうあれお前の勝ちでいい。それなら少しは対等になるだろ」
「舐めてんじゃ」
「口の前に体を動かせよ」
ボールを奪い、追加得点。ルールを追加しても相手にならない。その後も容易く数点を重ねる。
「てめえもあの女共もぶっ殺してやる」
何度目かのマッチアップで、久瀬はそう吐き出した。
俺は久瀬からボールを奪い、今度はゴールへ向かわず久瀬と距離を開けてボールを踏みつける。
「俺はずっと、人を救える存在になりたいと思っていた。誰かの幸せのためなら自分を犠牲にしても構わないと」
やはりこいつは徹底的に潰さなきゃならない。そう確信したからだ。
「だが、お前は救う必要もないな。お前は弱者ですらない。他者の尊厳を踏み躙るものは、ただのゴミ屑と同じだ」
久瀬は眉間に皺を寄せる。
「うるせえよ。てめえに何がわかる。てめえと比べられ続けて、てめえが落ちぶれても俺じゃ勝てねえだのと罵られて……てめえのせいで俺の自由は奪われたんだよ!」
久瀬もまた、俺という存在によって人生を変えられた被害者。久瀬のことを何も知らないままなら俺はきっと同情しただろう。
「紫乃を奪った時は最高だったぜ。てめえの女を好きにできる。てめえに奪われたもんを今度は俺が奪う。俺がてめえより上だって証明できる」
久瀬の親も紫乃の親と同じなんだ。だから2人は親の言いつけで許嫁となった。俺のせいで、親のせいで人生を変えられた。
「なのに、てめえはまた俺の邪魔をすんのか? てめえのせいで俺は」
「人のせいにするなよ」
だが、俺は久瀬の話を一蹴した。それが何だ。久瀬を知る今だからこそ、俺はより久瀬を嫌悪する。
「お前が育った環境なんて知らない。どうでもいい。だが、お前にどんな理由があろうと、紫乃や深愛を傷つけていい理由にはならない。俺はお前を潰す。必ずだ。二度と真っ当な生活が送れないよう、久瀬家諸共完膚なきまでに叩き潰す」
これ以上の問答は必要ないな。久瀬はどうあっても変われない。もう戻れないところまで来ている。
ならばせめて、俺が撒いた種は俺の手で潰そう。
「負け犬と言ったことは謝ろう。お前は負け犬にも満たない汚物だ」
久瀬は雄叫びをあげながら、俺に向けて手を伸ばす。
が、その手が俺に届くことはない。身を翻して久瀬の手を躱す。ボールに伸びてきた足も踵でボールを宙に蹴りあげて躱す。
崩れた体勢から俺の服を掴もうと伸ばされた手ですら、俺の服に触れることも叶わない。
久瀬の手を避けた俺は蹴り上げたボールを足元に収め、その瞬間に走り出す。
背後から聞こえた久瀬の倒れる音も置き去りにして、ゴールネットを揺らした。
歯ぎしりしながら這いつくばり、俺を見上げる久瀬の姿は実に無様だった。
「随分とお似合いな格好だな。ゴミはゴミらしくそのまま地面に転がってろ」
もしも久瀬が俺に勝つために真っ当に生きていたなら。与一のように面と向かって立ち向かえたなら。どこかで割り切った選択をしていたなら。人を傷つけるのではなく、人の気持ちを考えられる人間になれたなら。俺の救いを素直に受け取れる人間だったなら。
戻る道はいくらでもあった。だが、久瀬は常に間違った道を歩んだ。
そうして触れた逆鱗に今更何を説いたところで既に手遅れだ。
悔しさから声が擦り切れんばかりに咆哮する久瀬にそんなありもしない未来を考えていた。
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