第27話 運動が得意なお嬢様
夏の暑さはなりを潜め、すっかり秋の様相を呈した10月。この日は快晴で下がった気温と相まって過ごしやすくちょうど良い気候だ。
そんな中で行われるスポーツ大会、という名の球技大会に生徒たちの活気は溢れる一方だ。
大会は全学年全クラス対抗のトーナメント形式で行われる。全力で楽しむ1年生、先輩や後輩に揉まれながら優勝を目指す2年生、受験勉強の息抜きに参加する3年生とその目的は多種多様だ。
俺が参加するのはサッカーのみだが、中には2、3競技に出場する生徒もいる。
隣を歩く与一もその1人だ。
「調子はどうよ、弥太郎」
「いつも通りだ」
「おいおい、気合い入れてこいって言ったろ。今年は深愛ちゃんが見てくれるんだぜ? 男らしくガツンと良いとこ見せねえと」
「ガツンと、なぁ」
俺にその気がないとわかっているはずだが、与一は先日からやけに俺を鼓舞しようとしてくる。そんなことをしなくても迷惑をかけるつもりはないのに。
「お前こそ大丈夫なのか? バスケもサッカーも相当体力を使うだろ。途中でへばったりするなよ」
「誰に言ってんだ。どっちも優勝してMVPに輝いてやんよ」
「そんな制度ないだろ」
根拠の無い自信に満ち溢れる与一に苦笑しつつ、その奥を歩く琉依に目を向ける。
いつもなら俺たちの会話にそれとなく入ってくるのに今日はいやに大人しい気がする。
「琉依、大丈夫か?」
体調でも悪いのかと声をかけてみると、琉依は首を振っていつもの穏やかな笑顔を見せる。
「あ、うん、大丈夫だよ。それより、与一だけじゃ頼りないから弥太郎にも頑張ってもらわないとね」
「なんでだよ! 弥太郎がいなくても俺1人で大活躍してやるっての!」
「さっきと言ってることが真逆だよ」
与一と会話する姿は特におかしなところもない。体調を崩していたり無理をしている感じもしない。思い過ごしだったのだろうか。
「とにかく、今日は弥太郎にも活躍してもらうよ」
「琉依までそんなこと言うのか」
普段は俺の味方なのに珍しいと驚いていると、琉依はあははと声を上げる。
「3年生と試合する最後の機会になるかもしれないんだ。折角なら勝ちたいと思ってね」
「なるほど。まあ、その気持ちはわからなくもないが……あいつらはどう思うかな」
前を歩く同じクラスの男子たち。今日はサッカーのチームメイトであるはずだが、こちらを盗み見る視線は鋭い。
俺への態度が変わったのは深愛のクラスメイトが大半を占めるごく一部で、勘当から数週経った今なお俺への当たりは強いままだった。
「んなもん気にすることねえよ。それに、弥太郎が活躍すりゃあいつらの見る目も少しは変わるんじゃねえの?」
けろりと答える与一に琉依も同調する。
「弥太郎はよく人のことを見ているけど、気にしすぎるのもよくないよ。弥太郎が我慢してまで人に合わせる必要はないんじゃないかな」
今日の琉依はやけに突っかかってくるな。俺がそうしないとわかっていながら俺を駆り立てようとする彼の意図は分からない。
訝しく思いつつも琉依に言い返す気もない俺は「そうだな」と軽く合わせる。
「やれるだけやるよ」
深愛に返した時と同じような言葉を返す。
これが俺の妥協ラインだ。彼らの邪魔はしない。だが、俺が表立って活躍するつもりもない。
その先に起こる誰かの不幸を俺は見たくない。
2人はその言葉に満足したのか、あちらも妥協するしかなかったのか、「そっか」と眉をひそめて笑った。
生徒会長による開会宣言を終えると、生徒たちは自分の出番やクラスメイトの応援のため会場へと散り散りになる。
かく言う俺たちの出番は3試合目だ。同じクラスの面々も初回の出番はなく大会開始早々暇を持て余す。
どの試合を見に行こうかといつもの3人で話し合っていると、こちらに駆け寄ってくる少女の姿があった。
長いストロベリーブロンドの髪を団子の形に結び、学校指定のジャージに身を包んでスポーティーな風貌になった深愛だ。最近は彼女も含めいつもの4人になりつつある。
「雲母さん、そんなに急いでどうしたの?」
「み、皆様……こ、こんにちは……はぁ」
「とりあえず落ち着けよ」
相当急いでいたのだろう。深愛は挨拶もままならない状態だ。
一旦落ち着くようにと持っていた水を渡すと、深愛はゴクゴクと半分くらい一気に流し込む。
「み、皆様、お暇でしたら私の試合を見に来ていただけませんか?」
彼女は肩で呼吸しながらそんな提案をする。
「深愛は最初から出番なのか。そんなに体力使って大丈夫か?」
「で、ですわ!」
「それはどっちなんだ」
始まる前から満身創痍な彼女の姿に心配が勝る。見に行くのはいいが、疲れ果てて試合中に倒れたりしないだろうか。
「と、とにかく見に来てくださいまし! 弥太郎君、お約束ですわ!」
「わかったわかった。どうせ暇してたから見に行く」
「やった! ですわ!」
ぴょんぴょんと跳ねる深愛は小動物のように見えて少し愛らしい。
謎の喜びの舞を終えると深愛はぺこりと頭を下げる。
「では私は戻りますわ!」
「それ言いに来ただけなのか」
「そうですわ。弥太郎君に私の活躍を見ていただきたい一心でしたわ!」
恥ずかしげもなくそんなことを言われ、こちらが恥ずかしくなる。空気を読んでいるつもりか、さっきから黙っている与一たちが気になって仕方ない。
「ゆっくり戻れよ。体力温存しとけ」
「わかりましたわ!」
そう答えて再び駆け出す深愛。何もわかってないな、あいつ。
彼女の行く末は体育館で見届けよう。一先ず俺たちも移動だ。
と、その前に。
「歯茎見せんな」
ニヤニヤと笑う与一と琉依の頭をぺしっと軽く叩いた。
ゆっくりと歩いて第1体育館へと向かうと、既に多くの生徒が試合を観戦していた。
ここでは男女バレーの第1試合がそれぞれ行われている最中だった。
2階フロアへと向かう途中にも鋭いスパイク音と歓声が響いていた。
「すげえ熱気だな」
「皆やる気満々だね」
そんな会話を聞きながら空いているスペースを見つけたところで一際大きな歓声が巻き起こった。
遅れて会場に目をやると、深愛がチームメイトとハイタッチをしていた。
「深愛が決めたのか?」
「や、弥太郎、見てなかったの?」
「あ、ああ……見逃した」
「見てろって! 深愛ちゃんすげえぞ!」
興奮気味の2人に困惑しつつ手すりに肘をついて深愛の姿を追いかける。
スコアボードは3-0。滑り出しは順調といったところだ。
それにしても、深愛に運動ができるイメージは全くないが、そんなに興奮するようなことが──
スパンと一閃、会場の空気を切り裂くようなスパイク音。深愛が打ち放ったボールが相手コートの隅へ一刺し。
一瞬の静寂の後、スコアボードが捲られると同時に会場が湧き上がる。
「マジか……」
俺は呆気に取られていた。隣に並ぶ2人もあんぐりと口を開けていた。
「す、すごいね……」
「あの華奢な体のどこからあんな大砲みたいなボールが飛んでくるんだよ」
勉強ができることは知っていたが、運動もこれほどのレベルとは。相手チームが反応すらできていなかった。先程の満身創痍だった人物と同じとは思えない。
驚きを隠せない俺を他所に彼女は眩しい笑顔でチームメイトとハイタッチをしている。
そしてキョロキョロと会場を見回したかと思えば、俺の姿を見つけてぶんぶんと手を振り始めた。
応えるべきかと逡巡していると、一瞬ムッとした顔をして、今度はジャンプしながら両手を振り始める。
「おい、手振られてんぞ」
与一に肘で軽く小突かれる。いつの間にか周囲の視線も俺に集まっていた。
これ以上衆目を浴びる方が恥ずかしいと思い小さく手を振り返すと、彼女は満足気に胸を張った。
恥ずかしさに今すぐ逃げ出したくなったが、そんな深愛が可愛いとも思ってしまった。少しだけ。
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