第7話 新人執事とお嬢様

「どうだ?」

「ふふ、とってもお似合いですわ」


 雲母の強引な計らいにより雲母家の屋敷で執事として働くことになった俺は、執事が着用している制服の試着をしていた。

 女性は華やかなメイド服だったが、男性はスマートなタキシードだ。

 神宮家の正装は基本的な和装だったため、こういう服は新鮮だ。


「サイズはいかがですか? 見たところ問題ないように感じますが」


 雲母の隣で待機していたシャーリーが確認のために俺の体に触れる。

 すると何故かムッとした様子の雲母まで俺の体をぺたぺたと触り始めた。


「そうですわね。問題なさそうですわ」

「なんでお前が答えるんだよ。ちょっとキツい気がするんだが、これくらいでいいのか?」

「そうですわね。弥太郎君って見た目より筋肉質で良い体つきですわね」

「だからなんでお前が答えるんだよ。しかも関係ないだろその情報」

「大事ですわよ? こんなに逞しいお体に突然抱きしめられては失神してしまいますわ。今のうちに慣れておかないと」

「安心しろ。そんな突然は来ない」


 雲母の邪魔が入ったが、どうやらスーツやタキシードはボディラインを強調するためにほんのりきつめのサイズ感でちょうど良いらしく、特に採寸の必要もなく試着を終えた。


 執事として雇われることになったものの、学生である俺は基本的に他の執事たちと一緒に働くことはない。

 学校が休みである土日は希望に合わせて手伝ってもいいとのことだったが、今日は用事があったため試着を終えた俺は私服に戻っていた。


「さて、弥太郎君。行きますわよ」

「昨日に引き続き付き合わせて悪いな。シャーリーも」

「今日はお荷物が増えるかもしれないとお嬢様にお聞きしておりましたので。私は車で待機しておりますので、何かあればすぐにお呼びください」

「いつも感謝してますわ、シャーリー」

「滅相もございません」


 雲母家に世話になることとなり、俺は手始めに日用品を揃えることにした。

 基本的に屋敷で働く人たちには日用品が支給されるものの、肌に合わないものもあるため自分で買っている人もいるらしい。

 その上俺は本来、あんな豪邸で働ける立場でもない。

 自分のものは自分で買おうと今に至った。

 今日購入するものは全て今後の給料から天引きしてくれるらしいのでその点も安心だ。


 シャーリーが車を走らせること20分ほど。俺たちは隣町の大きな繁華街に到着した。

 俺もよく友人たちと訪れた場所だ。日用品売り場やアパレルショップを初めとした数多くの店舗に、カラオケやボーリング場が内接されたアミューズメント施設まで揃ったこの街の中心地だ。


 日用品だけならば近所のスーパーでも事足りると思う。

 何より、人が多い場所へ行くことで雲母に迷惑がかかる可能性が高いため本来なら避けたかった。

 しかし、何故か雲母はこの繁華街を強く望んだ。世話になっている上に俺の主となった雲母には言い返すことも出来なかった。


「それで、いい加減教えてほしいんだが……なんでわざわざこんな場所まで来たんだ?」


 車を降りて雑踏に紛れながら、ようやくその目的について尋ねた。

 当の雲母は俺の質問には答えず、どこか楽しそうに手招きをする。黙ってついてこいということらしい。

 雲母に連れられて歩くこと五分。

 ファッションにこだわりのない俺でも知っているメジャーなアパレルショップに到着した。彼女の目的地はここらしい。


「ここはお値段の割にオシャレな服が多いんですのよ。ご存知でした?」

「まあ、そうだな。俺も何度か来たことがある」

「あら。そうでしたの? 弥太郎君は和服のイメージがあったのでつい……」


 たまにお袋がデザインした和服を着て宣材写真を撮ることはあったが、俺の私服は至って普通だ。

 だが確かに、親父が昔気質な人だったこともあり、家では洋服よりも和服を着用することの方が多かったように思う。昔雲母と会っていた頃も和装だったか。

 今となっては、もうあんな堅苦しい格好をすることもなさそうだが。

 どうやら雲母はこの店を教えたかったらしい。俺が知っているとわかり少ししょんぼりしている。


「雲母こそ、こんな店を知ってるんだな。もっと高い服を着てるとばかり」

「ま! 私だって普通の女子高生ですのよ? 今着ているお洋服だってこのお店で購入しましたの」


 雲母がそう言ってくるりと回ると、ロングスカートがひらりと揺れる。

 白とピンクを基調とした緩い服装で、お嬢様のような上品さもありながら高校生らしいあどけなさも残る。


「なるほど、確かに可愛いな」


 素直な感想を述べると、雲母はぽっと顔を赤らめる。そんな彼女の容姿も相まってとても可愛らしい。

 まあ、雲母なら何を着ても似合いそうだが。ここに来たのも夏に向けて服を買いに来たのかもしれないな。


「見たい服があるなら付き合うぞ。荷物持ちでもすればいいか?」

「い、いえ! 今日は弥太郎君のお洋服を選びに来ましたのよ?」

「俺の?」


 突拍子のない提案に間の抜けた声が漏れる。

 そんな俺を差し置いて、雲母は軽い足取りで店内に入ってしまった。

 その言葉の真意を聞く暇もなく、俺も雲母の後を追う。


 ビルのワンフロアを使った店内はそれなりに広く、所狭しと多種多様な洋服が並んでいる。

 オシャレなマネキンに迎えられ、雲母は躊躇なくメンズコーナーに進んで行った。どうやら本当に俺の服を買う気らしい。


「おい雲母、俺は別に服なんて」

「まあまあ、そんなこと仰らずに。弥太郎君はどのようなお洋服がお好みですの? このパーカーなんて素敵ですわね」

「いやだから」

「もう! 良いじゃありませんか。少々私のわがままにお付き合いくださいまし!」


 雲母は眉を顰めながら、パーカーを俺の体に当てる。なぜ俺が怒られるのか。


「制服と今のお洋服だけでは何かとご不便でしょう? 今だってとても注目されておりますわよ」


 雲母に指摘されて周囲を見回すと、他の客や店員の視線がちらちらとこちらに向けられていた。

 だが、正直目立っているのは雲母の方だと思う。高校生でもこの店に来るやつはいるし、知り合いがいてもおかしくない。何より雲母の容姿は人目を引く。

 昨日の動きやすい格好とは違い、余所行きにコーディネートされた私服姿の雲母は、どこかの女優かファッションモデルに見えなくもない。


 一度気になると周りの視線が視界の端々に入ってしまい、俺はそれらを振り払うために雲母に向き直る。


「それはありがたいけど、本当にいいのか?」

「もう……私が弥太郎君のお洋服を選びたいだけですわ。それに、私の付き人である弥太郎君に拒否権はないのではなくて?」


 そう言われると俺は何も言い返せない。雇用契約を結んだ以上は俺は従者で雲母は俺の主だ。

 俺に選択権は無かったとはいえ、雲母に流されて軽々しく受け入れてしまった過去の自分を恨む。


「それはそうなんだが……」

「雲母ローンは三百回払いまで受け付けておりますわよ!」

「何年間払い続けるんだよ」


 後ろめたい気持ちはあるが、これ以上雲母の親切心を踏み躙るのも野暮だろう。

 俺は気を取り直して雲母の優しさに甘えることにした。雲母に拾われてからこんなのばっかだな。


「じゃあ、お言葉に甘えて」

「しっかり甘やかして差し上げますわ!」

「これ以上されると駄目人間になる気がする」


 そうボヤくと雲母は機嫌を治したようで、顔を綻ばせた。


「そのパーカー、似合うか?」

「いい感じですわね。弥太郎君は顔も体格も良いですから、何でも似合いそうでわくわくしますわ」

「褒めても何も出ないぞ」


 一文無しの俺に差し出せるのは労働力くらいだが、顔もスタイルも抜群に良い雲母に容姿を褒められると悪い気はしない。

 俺がきちんとした格好だったら恋人のようにも見えたのだろうか。

 そんなたらればを頭の奥底に仕舞い、俺は服選びに集中した。



※※



 雲母に意見を貰いながら値が張らない服を数着選んだ。これでしばらくは服に困らず済みそうだ。

 ブティックを後にして街をぶらついていると、雲母がちらりと腕時計を確認する。


「そろそろお昼にしませんのこと? 弥太郎君はどこかご希望はございますか?」

「どこでもいいぞ」

「むぅ……そういう答えはすごく困りますわ。よく許嫁さんに見捨てられませんでしたわね」

「理由は違うけど捨てられてんだよ」


 ふふっと声を漏らす雲母。バカにしてんのか。


「そう言う雲母は食べたいものとかないのか?」

「そうですわねぇ。弥太郎君が食べたいものが食べたいですわ」

「人のこと言えないだろ、それ」

「ま! 全然違いますわよ? 殿方に連れ従うのも淑女の嗜みですわ」


 謎の性差別論を展開され、俺はため息をつく。

 仕方なしに周囲を見渡し、反対車線側にカフェを見つけた。


「そこでどうだ?」

「あら。お洒落な外観ですわね。悪くないですわ」

「何様だよ」

「ご主人様ですわ?」

「間違ってないから否定できない……」


 昨日からやけにわがままになってしまった。本当に余計なことを言ったと悔やまれる。

 我が主もお気に召したようで、俺たちは目に留まったカフェに入店した。


 何度か店の前を通ることはあったが、実際に入ったのは初めてだ。落ち着いたシックな雰囲気でありながら不思議と居心地の悪さは感じない。

 スタッフにも気品は感じられるが、高慢ちきな態度ではなく、笑顔や話し方に親しみやすさを覚えた。なんだか懐かしさすら感じるようだ。


「さて、お昼ご飯は私の奢りですわ。お好きにご注文くださいまし」

「いや、俺が選んだ店なんだ。今は出せないが必ず返すから」

「いいえ、結構ですわ。存外手頃なお値段ですし、お昼を食べようと申したのは私の方ですもの」


 そう答えた雲母はメニューに夢中だ。俺の意見は聞いてくれそうにない。

 俺も諦めてメニューを開く。確かにリーズナブルな価格で学生にも安心だ。

 店内も俺たち以外にも若いお客さんが多い。きっと学生たちにも利用しやすいような価格設定をしているのだろう。お金が貯まったら琉依たちにも教えてやろう。


「弥太郎君はどちらになさいますの?」

「そうだな……日替わりプレートにしようか、ホットサンドにしようか」


 美味しそうなメニューが多くて悩ましい。他にも気になるメニューはあるが、特に目を惹いた2つを列挙する。


「ふふ、優柔不断ですわね。でしたら、日替わりプレートになさいませんか? 私がホットサンドを注文すればどちらも食べられますわよ」

「いや、雲母も好きなものを」

「言ったではありませんか。私は弥太郎君が食べたいものを食べたいだけですわ」


 それでいいのかと呆れる俺を他所に雲母は明るい声で店員を呼んだ。

 女性店員に微笑ましいと言わんばかりの笑顔を向けられながら、雲母はホットサンド、俺は日替わりプレートを注文する。


「今の店員さん、私たちのこと恋人だと思ったのかしら?」

「あの笑顔はそういうことだろうな」


 にかっと天真爛漫な笑顔を見せる雲母。なんだかよからぬ事を考えていそうだ。

 身震いした矢先、テーブルの上に置いていた手に彼女の手がそっと重なった。


「せっかくですので、恋人らしく振舞ってみましょうか?」

「何がせっかくなんだ。しないに決まってるだろ」

「もう、つれませんわねぇ」


 急いで手を引っ込めるも、会話が聞こえていたであろう近くの席にいたカップルに好奇の目を向けられる。

 やはり今日の雲母はどこか様子がおかしい。このまま一緒に居ては何をしでかすかわからない。

 これ以上の被害を防ぐため、俺は逃げるようにトイレに立った。



 トイレの中もなかなかに良い雰囲気だった。異臭は一切感じられず、細かいところまで清掃が行き届いている。スタッフの教育の良さが見えて好感度が上がる一方だ。


 用を済ませて手を洗っていると、カランと音を立てて誰かが入ってきた。

 店のトイレで誰かと出くわすのは、なんとなく気まずい。

 早く出ようと思った矢先、その人物に声をかけられた。


「お、弥太郎じゃねえか」


 鏡越しにその人物を確認して、俺は目を丸くした。


「与一……お前なんでここに」

「それはこっちのセリフだ。お前、自分からこんな安っぽい店に来るようなガラじゃねえだろ」


 俺と同じ表情でそう言ったのは、琉依に並ぶもう一人の親友、泉田与一いずみだよいちだった。琉依もそうだが、よりによって雲母と一緒の時に会わなくてもいいだろうに。


「そう言うお前はどうなんだ。お洒落なカフェ雰囲気じゃないだろ」

「うるせー、ほっとけ」


 この店の雰囲気には俺よりも与一の方が似合わない気がする。

 明るい茶髪に同じく淡い茶色のカラコン。左耳にぶら下がったピアスも相まって如何にも軽薄そう──いや、ガラの悪そうな見た目だ。見た目だけならただの不良なんだよな。

 しかしその実、神宮家に並ぶ三大企業、泉田グループの跡取りであり、要は良いところのお坊ちゃんだ。到底、そうは見えない風貌だけど。


「偶然選んだ店がここだったんだよ。でも洒落た雰囲気で悪くないんじゃないか?」

「まあな。もっと褒めろ」

「……なんで与一が得意げなんだよ」

「そりゃあ、ここはうちが経営する店だからな」

「マジかよ」


 流石泉田グループ。主としている宿泊施設や観光業だけでなく、市街地に飲食店を構えるくらいわけないようだ。

 与一がこの店にいた理由も納得した。大方、いつものように親父さんに店の手伝いでも任されたのだろう。


「んで、弥太郎は一人か?」


 与一は用を足しに来たわけではなく、従業員としてトイレの清掃に来たらしい。掃除用具を取り出し、取っ手のついたブラシで便器をゴシゴシと磨き始めた。


「いや。連れがいる」

「琉依か?」

「あいつは部活だろ」

「じゃあ誰だよ。女か?」


 雲母のことはあまり話したくなかったが、まだ食事も終えていない以上、黙っていても見つかるだけだ。

 そうでなくとも琉依に見られたんだ。与一だけに隠し通すのは難しい。

 俺は小さく呼吸して答えた。


「雲母だよ。同じ学校の雲母深愛」


 そう告げた直後、カランと軽い音がトイレに響いた。

 口をあんぐりと開けた与一が間抜けな顔でこちらを見ている。まあ、そういう反応になるよな。


「ブラシ、落としてるぞ。俺は戻るから手伝い頑張れよ」

「お、おう……じゃねえよ!」


 急に立ち上がった与一が迫り来る。ああ、やっぱり与一には話すべきじゃなかったかもしれない。

 俺は両手を上げて抵抗しない素振りを見せる。文句でも何でも来いの構えだ。


「お前、なんであの深愛ちゃんと一緒なんだよ」

「色々あってな。詳しい話は明日、琉依も交えて説明するから」

「今聞かせろ。じゃないと俺は今夜にもお前の頭に風穴を開けることになるかもしれねえ」

「物騒にも程があるだろ……」


 そう。何を隠そう、この泉田与一は雲母のことが好きなんだ。

 とは言え、話しかける勇気もなく今の今までずっと片想い。俺と琉依はその想いを耳にタコができるほど聞かされてきた。

 だからこそ、与一に知られるのは避けたかった。理由が理由なら俺は本当に明日には死んでいたかもしれない。


 俺は観念して事のあらましを与一に話した。

 金曜にファミレスで別れた後、財布を失くして雲母に拾われたこと。雲母の計らいで彼女に世話になっていること。そして今日は雲母の屋敷で暮らすにあたって、必要なものを買いに来たこと。

 何一つ包み隠さず、正直に全てを打ち明けた。

 ……あ、雲母が俺に好意を持っている様子であることは隠したか。


 その結果、明らかに与一の顔に怒りの色が浮かんできた。


「ひとつ屋根の下……雲母さんと同棲……一緒に買い物……」


 俯いてボソボソと呪文のように呟く与一。俺、呪われて死ぬのかな。

 ガバッと顔を上げた与一は、勢いよく俺の胸ぐらを掴んだ。バランスを崩して壁に背中を打ち付ける。


「よし、殺す」

「待て待て、弁解させろ」

「とりあえずバラバラにして太平洋に沈めるか」

「んな『とりあえずファミレス行くか』みたいなノリで言われても」


 絶体絶命の窮地(?)に立たされたその時、背後でコンコンとノックが聞こえた。

 そのまま返事も待たずに扉が開く。


「弥太郎君、いかがいたしましたの? お料理が来ましたわよ?」

「それは悪いと思うけど、男性トイレを躊躇いなく開けるのはどうかと思うぞ」


 そこに立っていたのは、ほんのりと顔を赤らめた雲母だった。

 与一と話していたせいで、結構な時間が経ってしまったらしい。

 雲母は俺と与一を交互に見て、そっと扉を閉めようとする。


「ちょっと待て。なぜ無言で閉める」

「立て込んでおられる様子でしたので……」

「なんだその気遣いは」


 そんな気遣いが出来るなら男性用トイレに入って来るなよ。

 与一は与一で目をぱちくりと瞬かせて雲母を凝視している。好きな人が急に男性用トイレに入って来たら驚くよな、わかるよ。わかるから離してくれない?


「や、やあ雲母さん! き、奇遇だね、こんなところで」


 与一は大層穏やかな声色で挨拶をしている。俺の胸ぐらを掴んだまま。この状況で奇遇ってなんだよ。奇抜な遭遇ではあるけど。

 雲母も相手が同じ学校の生徒だと気づいたようで朗らかな笑顔で対応する。


「ご機嫌麗しゅう、泉田君。その格好……もしかしてお仕事中でございましたか?」

「あ、ああ、そうなんだ! ここ、うちの系列店でさ!」

「まあ! とっても素敵なお店ですわね」

「なんでこの状況で普通に会話できるんだよ」


 思わず口を挟んでしまった。

 だけど、与一がどれほど頑張って雲母との距離を縮めようとしてもこの状況じゃそれは叶わないと思う。何事もないように受け答えしている雲母も雲母だが。


「雲母、すぐに行くから先に戻っててくれ」

「かしこまりましたわ。お待ちしておりますわね」


 一先ず雲母を退散させ、再び与一と向き合う。

 二人の会話を遮ったせいか、与一の眼光は一層鋭い。あのまま続けても与一にとっても逆効果だっただろ。少しは感謝してほしい。


「お前に戻る場所はねえよ。遺言はあるか?」

「まずは話を聞け」


 雲母に会ったことで少し落ち着いたのか、与一は大きく深呼吸をして手を離した。


「俺は雲母に特別な感情を持ってるわけじゃない。彼女だって」

「彼女って言うな。ムカつくから」

「……雲母だって、俺に気があるとかじゃなくて、ただの親切心だ。与一が邪推するようなことは起こらない」


 ……多分。以前雲母が話していた穴開け作戦とは無関係であってほしい。


「そうは言うけどな……」


 与一は迷いの色を見せながらも鋭い眼光が緩む気配はない。

 実際に雲母と話している姿を見せておいて、言いくるめも弁解も難しいだろう。

 ここは最強の一手を打つしかないか。


「わかった。じゃあ俺が雲母と与一がくっつくように手配してやる。それでいいだろ?」

「弥太郎、お前は生涯の親友だ!」

「現金なやつめ」


 与一のハグを適当にあしらい、その場はなんとか丸く収まった。俺はどうしてこいつと親友なのだろうという疑問を一つ残して。

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