第6話 不死身の門番

 悪人要塞!

 奴隷として働かされた男たちの血と汗と涙で造られた、堅牢にして広壮な要塞!


 その門を目指して、夕陽の光を浴びながら、ジュンサーと彼の押すシューティングスター号は荒野を進み続ける。

 悪人同盟が放った三人の刺客、悪人同盟が誇る悪の四天王、四大悪人のうち三人はすでに倒した。残るは最後の一人だが、そいつはおそらく、四大悪人の中でも最強の存在に違いない。

 いったいどんな闘いが、いったいどんな死闘が、われらが正義の執行者を待ち受けていることだろうか?

 夕陽の光はいよいよ赤い。


 と、その時、ジュンサーが立ち止まった。人が止まれば、自転車も止まる。

 悪人要塞の門まではまだ距離があったが、ジュンサーの研ぎ澄まされた危機察知能力が、何かを告げたに違いなかった。


 危険――それは空から降って来た。


「デェェェルクゥゥゥイ!」

 奇妙な叫び声とともに、巨大な何者かが落下して来た。

 すさまじい衝突音がして、土煙が巻き上げられる。

 やがて、土煙の中から現れたのは、身の丈二メートルをゆうに越える大男だった。

 灰色がかった肌。威圧的なスキンヘッド。ぎょろりと見開かれた目。大きく力強そうな両手。

 そいつは、そのぎょろりとした威圧的な目で、ジュンサーを見下ろし、こう言った。

「おではデルクイ! 不死身のデルクイ! 悪人同盟のデルクイだ! 怪人番号は一番! この門の門番だ!」

 大きく耳障りな声が割れ鐘のように響いた。

「ん~っ?」

 デルクイはジュンサーの制帽に輝く太陽のエンブレムを見た。

「お前ぇ……ジュンサーだな? おで、知ってるぞ! そのキラキラした太陽はジュンサーのしるしだ! さては、お前が小林ジャンゴか! ジュンサーは殺す! おでのご主人様からの命令だ!」

 すさまじい殺気が放出される。このデルクイ、頭はゆるそうだが、放つ殺気は峻烈だ。今までに何人もの人間を殺してきた殺人者の殺気であった。デルクイが動き出そうとする。

 しかし、その瞬間――。


 破砕拳銃が火を噴いた!


 小林ジャンゴの神の早撃ち! デルクイはその動きを見ることはなかった。気付いたときにはデルクイは被弾していた。銃弾はデルクイの眉間に命中した。デルクイは倒れる……そのはずだった。

 デルクイは着弾の衝撃にのけぞった。数歩後ろにさがった。だが、デルクイは踏みとどまった。眉間から銃弾が落ちる。デルクイは倒れない。

 デルクイは笑った。死人は笑わない。デルクイは生きている。破砕拳銃ローリングサンダーの銃弾を喰らってなお生きていた。

 デルクイはニヤリと笑い、ジュンサーを見下ろしながら、こう言った。

「デルクイは撃たれる……だが、死なない!」

 特殊強化処置を施された皮膚と骨格とが、どんな強烈な攻撃も防ぐのであった。この無敵の防御力にものを言わせて、デルクイは数多くの死闘をくぐり抜けてきた。

「おでに鉄砲の弾は効かねえぞ」

 完全防御! デルクイが不死身を名乗るゆえんであった。

「ウハハ! どうした、ジュンサー? もっと撃って来い! 撃って来ねえなら、おでの方から行くぞ?」

 デルクイの巨体が再び動き出そうとする。

「……」

 銃声!

 破砕拳銃ローリングサンダーの銃口から弾丸が飛び出し、被弾したデルクイをのけぞらせた。だが――

「デルクイは撃たれる! だが、死なない!」

 またもやデルクイは踏みとどまった。その顔には、あの不敵な笑みが浮かんでいる。

「効かねえぞ! 効かねえぞ、ジュンサー! おでは、おまえの鉄砲なんか怖くねえぞ!」

「……」

 二度、たて続けに銃声! デルクイはさがる。しかし、倒れない。

「デルクイは撃たれる! だが、死なない!」

 デルクイの吠え声が高らかに響く。


 果たして、デルクイの、不死身の門番の、完全防御をつき崩すすべはあるのだろうか?


 デルクイはほくそ笑む。

(いいぞ! もっと撃って来い! 弾切れになるまで撃って来い! 弾切れになったら、その時は、お前の頭をとっつかまえて、骨を丸ごと握りつぶしてやる!)

 骨を丸ごと握りつぶすというのは誇張ではない。岩をも砕くデルクイの握力をもってすれば、人間の頭蓋骨を砕くことなど、造作もないことであった。

(おでは人間の骨が砕ける音が好きだあ!)

 デルクイはその想像に恍惚とした。銃弾を撃ち尽くして丸腰になった敵を、そうやって容赦なく握り殺すのが、怪人デルクイのサディスティックな娯楽であった。

「……」

 五発目の銃弾が放たれる。着弾! デルクイはのけぞり、後退する。デルクイは笑い、あの「デルクイは撃たれる、だが死なない」というふざけたセリフを言おうとした。しかし、できなかった。デルクイの表情が変わった。

「デ、デルクイ?」

 なにかあたたかい液体が、デルクイの丸く大きな鼻筋をつたい落ちていた。 デルクイはそれをぬぐい、確かめる。その目が驚愕で見開かれる。

「デ、デルクイ!」


 赤黒い液体――流血だ!


 デルクイの血に他ならなかった。だが、なぜだ? デルクイの完全防御を、鋼鉄の皮膚と骨格を、傷つけることのできる銃弾など、この世に存在しないのではなかったか? 事実、デルクイは己の血を見たのは初めてであった。

「デルクイ!」

 この時、デルクイは気付いた。ジュンサーが放った銃弾は、すべて同じ場所に着弾していたことに。


 五発の銃弾はすべて、デルクイの眉間に命中していた!


 ジュンサー小林ジャンゴは、破砕拳銃の強烈な銃撃を、寸分違わず同じ場所に命中させ続けることで、怪人デルクイの完全防御をつき崩したのだ!

「デ、デルクイ!」

 デルクイの顔がさっと青ざめる。淡々粛々と、これほどの芸当をやってのけた相手の腕前に、いまやデルクイははっきりと恐怖を覚えていた。小林ジャンゴの早撃ちは、恐ろしく早くて強烈なだけではなく、その狙いの正確さもまた神がかっているということを、身をもって悟ったのだ。

 折しも、ガチャリ! ジュンサーは自転車のスタンドを立て、両手で拳銃を構えた。これによって、ジュンサーの拳銃の命中精度がさらにはね上がったのは明らかだった。残弾は一発。しかし、ジュンサーはそれを外すことはないだろう。

「終わりだ、デルクイ」

 ジュンサーが告げる。

「デ、デルクイ!」

 デルクイの顔におびえが浮かんだ。このままでは狩られてしまう! 「デルクイは撃たれる、だが死なない」などと、ふざけたことをぬかしていた時の余裕と不敵さは完全に消え失せている。

 絶体絶命!

 デルクイは勝負に打って出た。殺される前に殺す。それしかなかった。デルクイの巨体がジュンサーに跳びかかる。巨体からは想像できない俊敏さだ。だが、しかし――


 ジュンサーの拳銃の方が早かった。


 刹那、銃口が吼えた!

 銃弾が宙を跳ぶデルクイの眉間に命中し、そして、その巨体を後方へ吹き飛ばす。

 砂煙! デルクイは地面に墜落し、そのまま動かなくなる。

 ジュンサー小林ジャンゴは、ローリングサンダーに銃弾を込め直してガンベルトに収めると、ガチャリ! 自転車のスタンドを上げ、そのまま要塞の門へと歩いていった。



 静寂。夕陽がデルクイの死体を照らす。

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