第5話 悪童
鉄塔地帯を通り抜けると、集落に行き当たった。
破壊された集落だ!
小林ジャンゴは自転車を支えながら、その廃墟を見渡した。
焼け焦げた掘っ立て小屋の残骸が辺りに散らばり、何者かによる情け容赦ない破壊を物語っていた。
「……」
ジュンサーの無感情な双眸の奥に、不可思議な光がよぎった。
と、その時、
「おーい! ジュンサーのおじさーん!」
横から、一人の男の子が駆けて来る。くすんだ金髪をした、年のころ十歳かそこらの男の子だ。
男の子はジュンサーの前で立ち止まると、こう言った。
「待ってたよ、ジュンサーのおじさん。悪人要塞を探しているんだろ? ついて来て。おいらが道案内してあげるよ」
ジュンサーは無感情な目で男の子を見た。やがて、その目がキラリと光る。
「ああ、頼めるか」
「任せて! さあ、こっちだよ!」
男の子は廃墟の道を北へ歩く。ジュンサーも自転車を押しながら後に続いた。
道中、男の子はこんな話をした。
「おいらはこの集落に住んでいたんだ。家族や仲間たちと一緒にね。でも、ある日、あの悪人同盟のやつらがやって来て、集落をめちゃくちゃにしたんだ。集落に住んでいた人たちはほとんど殺された。おいらはその生き残りなんだ……」
男の子はジュンサーを振り返った。男の子の目には涙が浮かんでいた。
「おいら、ずっと待ってたんだ! いつかジュンサーが来て、あいつらをやっつけてくれるって! そう信じて待ってたんだ! お願いだよ、ジュンサーのおじさん! みんなの仇を取っておくれよ!」
ジュンサーの目が再びキラリと光る。
「ああ、任せておけ」
「きっとだよ! ジュンサーのおじさん!」
二人は集落を抜け、ゆるい坂道をのぼった。坂の上に立ったとき、男の子が叫んだ。
「あれが悪人要塞だ!」
男の子が指し示した先に、巨大な要塞が見えた。
ジュンサーは、ガチャリ! 自転車のスタンドを立て、悪人要塞を観察し始めた――気を取られているように見えた。
男の子が、ゆっくりと動き出す。足音を忍ばせ、ジュンサーの数歩後ろに立った。あどけない表情は消え失せ、冷たい無表情な顔をしていた。
その顔が――凶悪な笑みに歪む!
「かかったな、小林ジャンゴ!」
男の子の右手には拳銃があった。
「子供の姿にだまされたな? 油断したな? 隙を見せた、そうだろ?」
男の子の目は勝ち誇ったようにランランと輝いていた。立ち尽くしているように見えるジュンサーの背中に向かって、男の子が叫ぶ。
「おいらは……いや、俺様は――」
そのとき、実に驚くべきことが起こった。
男の子の顔が、体が、ベキベキ! ゴキゴキ! と音を立てながら歪み、小さかった体がすっと伸びた。現れたのは、筋骨隆々とした男だった。盛り上がった筋肉のおかげで、服はところどころ破れ、ピチピチのパッツンパッツンになっていた。
野太い声でそいつは言った。
「俺様は、悪人同盟所属、怪人番号二番、嘘つきキッド様だ! 特技は子供に化けること! 趣味は子供に化けてマヌケな大人をだまし討ちにして殺すことだ! 貴様のようなマヌケをな! 小林ジャンゴ! 貴様の拳銃がどんなに早くても、後ろを取られたら助からない、そうだな? ハッハッハッ!」
残忍な顔で高らかに嘲りの哄笑を放つ。ジュンサーは背を向けて立ち尽くしている。
「冥土のみやげにひとついいことを教えてやろう、ジュンサー小林ジャンゴ。あの集落をやったのは俺様だ! 手下どもを連れて殺しまくってやったぜ! 住民どもの泣き叫ぶツラを思い出すと、今でも笑いがこみ上げてくるぜ!」
ジュンサーは立ち尽くしている。嘘つきキッドは勝利を確信しながら、こう続けた。
「さて、それではお別れだ。死ね! ジュンサー小林ジャンゴ!」
嘘つきキッドは引き金を引こうとした。その瞬間――
その瞬間のジュンサーの身ごなしをどう形容すればいいだろう?
まず、ジュンサーは光を超える速度でくるりと振り返った。
そして、やはり光を超える速度で拳銃を引き抜くと、嘘つきキッドが引き金を引くより先に――発砲!
情け容赦なく銃弾が放たれ、情け容赦なく嘘つきキッドの腹に命中し、情け容赦なく嘘つきキッドの体を後ろへ吹っ飛ばし、情け容赦なくその体を坂道の下方向へ転がした。
「ぐっ……ぐうっ……!」
嘘つきキッドはうつ伏せになりながら、身を起こそうとする。
「ぐっ、ぐうっ! くそっ、なぜだ……小林、ジャンゴ? まるで……最初から……そなえて……いたかの、ような……早撃ち……じゃ、ない、か……?」
「……」
「貴様、貴様……さては……はなから……俺様を……信用して……いなかった、な?」
「そうだ」
ジュンサーが冷ややかに答える。嘘つきキッドは目をみはった。
「貴様……貴様……俺様が……正体を……現すのを……待ち、ながら……しっかりと……そなえて……いた……そうだ、な?」
「そうだ」
「なぜだ……なぜ? 俺様の……変身を……見破っ、た? どうして……そんな……ことが……可能……なん、だ?」
「悪党の存在はにおいでわかる」
「におい……だと?」
「そうだ」
「ぐっ……ぐうっ! くそっ! なんて……早撃ち、だ……甘く……見て……いた……小林……ジャンゴ……恐る……べし……がくっ」
嘘つきキッドは死んだ。
ジュンサーの目はあくまでも冷ややかだ。
自転車が静かに光っていた。
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