第4話 軽業師

 鉄塔――。

 鉄の骨組みがむき出しの塔のてっぺんで、そいつは息を殺していた。

 細身の男だ。口元にはかすかな笑みが浮かんでいるが、その笑みはあたかも、獲物を待ち受ける猛禽類を連想させた。

 すらりとした右手には、三本のナイフが静かに光る。




 小林ジャンゴは北を目指していた。

 照りつける日差しが彼の押す自転車に反射し、銀色の光を放っている。

 目指す先は、悪人要塞!

 小林ジャンゴは鉄塔の建ち並ぶ地帯に足を踏み入れた。

 さびて朽ちかけた骨組みがむき出しの鉄塔が並んでいる。

 その鉄塔の一つから、突如、三本のナイフが飛来した。

「特殊警棒エクスカリバー!」

 ジュンサーが自転車のスタンドを立て、左腰から伸縮式警棒を引き抜き、三本のナイフをことごとく叩き落としたのは、すべて一瞬の出来事に見えた。

 鉄塔の上から声がする。

「よくぞ今のを防ぎましたね。完全に不意をついたはずだったのですが」

 鉄塔のてっぺんに人が立っている――細身の、猛禽を思わせる男が!

 細身の男は鉄塔から跳び下りた。

 鉄塔の高さは数十メートルはあるだろうか。しかし、すたりと大地に降り立った細身の男は、至って平然としている。なんという身の軽さだ!

「わたくしは、悪人同盟所属、怪人番号三番、軽業師のシクハック。以後お見知りおきを――と言っても」

 すさまじいまでの殺気が放たれる。

「あなたにはすぐに死んでもらいますがね!」

 すさまじい殺気を放ちながら、シクハックは左右にステップを踏み始めた。

 規則的な動き。一定の幅。反復横跳びだ!

 しかも、ただの反復横跳びではなかった。恐ろしく速い。その速度が段々と速くなっていく。

「くくくっ、ここからです!」

 反復横跳びを続けるシクハックが叫んだかと思うと、シクハックの体が三つに増えた。いや、実際には増えていない。あまりに速すぎる反復横跳びの動作が、三つの残像――三つの分身を作りだしたのだ。

「くくくっ、反復横跳びは軽業の基礎であり奥義でもある。これでは的を絞ることができない! あなたの敗北は運命です!」

「その程度か?」

 それまで沈黙を守り、冷ややかにシクハックの反復横跳びを眺めていたジュンサーが言った。

「……!」

 シクハックは一瞬、分身を保ちながら、驚いた表情を見せたが、

「くっくっくっ、はーっはっはっはっ!」

 突如、笑い出した。

「いえいえ、まだまだこれからですとも! ジュンサー相手に出し惜しみするとは失礼をいたしました。見せて差し上げましょう、わたくしの全力を!」

 反復横跳びがさらに速くなる。残像の数が増え、六つの分身が現れた。

「どうです? ジュンサー、小林ジャンゴ! これ以上の分身はできませんが、あなたの拳銃は一つ、わたくしは六人。ゆえに、あなたの勝ち目はなくなったということですよ!」

「ひとつ、教えてやろう」

「なんです?」

「俺のリボルバーの弾は全部で六発だ」

「……!」

 シクハックが青ざめる。

「まさか! いや、そんなことが! そんなことが可能なはずがない! まさか、そんなことが!」

「なら、試してみるか?」

「はったりだ! はったりなのでしょう、小林ジャンゴ? 勝つのはわたくしです! 死ねええええっ! ジュンサー、小林ジャンゴ!」

 六人に分身しているシクハックの袖から、左右それぞれ三本ずつ、合計三十六本のナイフが滑り出す。六人のシクハックが一斉にナイフの投擲態勢に入った。しかし、次の瞬間――。

 六発の銃声! それはほとんど一発の銃声に聞こえた。




「がっ……がはあっ!」

 大地に大の字になって倒れたシクハックがうめく。

「そんな……まさか……六つの標的を……一度に……撃つなんて……こんな……早撃ち……聞いたことも……ない……」

 身を起こそうとするが、力が入らなかった。

「わたくしの……軽業が……まるで……通用……しない……ジュンサーの……早撃ちが……これほどの……ものとは……小林……ジャンゴ……恐る……べし……ごふっ!」

 シクハックは息絶えた。

 ジュンサーの構える銃口から、白い煙が上がっていた。

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