第2話 情報屋

 酒場。

 薄暗い室内。

 カウンターの奥の棚には、色とりどりの酒瓶が並んでいる。

 さまざまな種類の酒。

 酒があるところには人が集まり、人が集まるところには情報が集まる。

 もっとも、今は真昼時、こんな時間から酒を飲む客はまれだと見えて、店内には誰もいない――ただ一人、この酒場のマスターを除いては。

 その白髪の男は、ただ黙々とグラスを磨いていた。多くの人々とつながりを持ち、多くの人々の秘密を知る、そんな人間に特有の、意味深で謎めいた微笑を浮かべていたが、その微笑は同時に、常に人を魅了してやまない、穏やかであたたかみのある微笑でもあった。

 キイッ。

 扉が開かれる。

 どうやら客が訪れたようだったが、その客はずいぶんと変わっていた。少なくとも、昼間から酒を飲みに来るような人間には見えない。

 小林ジャンゴ!

 制服・制帽姿の精悍な男が、静かに店内に入って来た。

 ジュンサーはカウンターの前で立ち止まった。

 マスターは彼の姿を見るや、その目に不可思議な光を宿したが、グラスを置いたマスターの発した言葉はさらに謎めいていた。

「雨の日の自転車はさぞかし大変だろうね」

 ジュンサーが答えた。

「その時はカッパを着て走るさ」

 マスターの両目が鋭く光る。

 値踏みするように、射抜くように、マスターはジュンサーを鋭く見た。ジュンサーはいつもの無感情な双眸で見返す。しばし、沈黙がその場を支配し、やがて――。

 マスターは破顔した。

「ようこそ、小林ジャンゴ。わが友よ。われわれの間では、もはや合い言葉も不要だろうが、私を狙う輩も少なくないからね。私はあまりにも多くのことを知りすぎているらしい」

「ああ」

「なにか飲むかね? おっと、君は酒を飲まないのだったね。特に職務中は。もっとも、君はいつだって職務中のようだが」

「……」

「酒を飲みに来たのでないとしたら、君はここへ何をしに来たのかな?」

 マスターの目が再びキラリと光る。

「情報だ。情報がほしい」

「なんの情報だい?」

「ある組織の」

「ある組織?」

「悪人同盟」

 またもや、マスターの目がキラリと光る。ややあって、マスターはカウンターの下から円筒形の“缶”を取り出すと、カウンターの上に置いた――貯金箱だ!

 ジュンサーはその貯金箱の上に開いた切れ目に、一枚の硬貨を投入した。

 すると、マスターは話し出した。

「悪人同盟は、その名のとおり、札付きの悪党どもの集団さ。盗み、殺し、人さらい……なんでもやる連中だよ。やつらに殺された人間は数え切れないし、破壊された集落も数え切れない」

「……」チャリン。硬貨が投入される。

「やつらの首領はボス・オブ・ザ・ボスと呼ばれている男だ。その下に『怪人』を名乗る危険な連中が従っている。中でも危険なのは、怪人番号が一番から四番の四天王、通称『四大悪人』だ」

「……」チャリン。硬貨が投入される。

「やつらの本拠地はここから北へ向かった先にある。悪人要塞と呼ばれる砦だ」

 ここまで語り終えると、マスターは友を気遣う表情でジュンサーを見た。

「まさか一人で乗り込む気かい?」

「……」

「今度ばかりは、君も危険かもしれないぞ。いくら君の拳銃が早くても――」

 ジュンサーは言った。

「男には、闘わねばならぬ闘いがある」

 マスターはジュンサーの無感情な目を見つめ、そして、深々とため息をついた。

「そう言うだろうと思ったよ」

 マスターの口元に苦笑が浮かぶ。

 と、その時、戸外から声が響いた。

「小林ジャンゴ! ボス・オブ・ザ・ボス様にたて突く不届き者め! 度胸があるなら出て来て私と勝負しろ!」

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