第四十四告  使者と福音

「何でお前が聖のことを? そんなことよりあいつは無事なのか?」

「はい、今は安全な場所で暮らしてもらっていますよ」

「それは本当なの? 稜くん! セイが……」

「うん。先輩……よかった」

 刑部秀穂の言葉を聞いて阿川飛名子と奥村稜も手を取り合う。

「そうか……それならこっちに異存はねえ。人質みたいな扱いは気に食わないがな」

「そういうつもりじゃなかったんですが、彼女も傷ついていますからね。会わせるにはもう少し時間を置いたほうがいいと思ったんですよ。それで……」

「ちょっと! 勝手に話を進めないでくれる? そんなことしたら大損じゃないの!」

 刑部秀穂と信岡玄の会話に三条虹弓さんじょうななみが口を挟んでくる。

黎明うちも慈善事業じゃないのよ。今は一人でも多く所持者ホルダーが必要なときに何言ってんのよ!」

「その話は今はいいでしょう? ちょっと黙っててくれませんか」

 三条虹弓の剣幕を刑部秀穂がたしなめようとするがすでに遅く、その言葉に信岡玄が顔色を変える。

所持者ホルダー? 何の話だ。三条だったか、お前も刑部とグルなのか? ここで俺と会わなかったらお前ら聖に何をするつもりだったんだ? くそったれが!」

 信岡玄のすっかり冷えた目に刑部秀穂がため息をつく。

「はあ……だから木田村さんと組むのは嫌だったんですよ。あなたは根っからのトラブルメーカーですからね」

「その名前で呼ぶなって言ってるでしょ、バカ!」

「痴話ゲンカなら後にしろ! 先に俺の質問に答えろや!」


「世の中が狂って壊れていくのを止めたかった。それが【シニコク】の呪いを生み出した動機です。はじまりは僕の友達が自殺したことでした。その原因が好だった人の嘘告を苦にしての自殺、そこから関係者がパズルゲームの連鎖のように死んでいった……」

 人の欺瞞や搾取のせいで世界は自ら腐っていく。刑部秀穂は信岡玄らに持論を語った。

「話が大きすぎるだろ。坊主の説法か」

「まあそう言わずに。それでも元々【シニコク】の呪いに人を殺すような力はないんです。赤い影のことも身から出たさびと本人が反省すれば、社会も過去を許して最後はその人を受け入れてくれる。そして嘘告がなくなれば【シニコク】も忘れられて世界も本来の姿に戻る。そのはずでした」

「そんなに甘いもんじゃねえだろ。理想を語っても腹は膨れないしクーデターでも起きない限り世の中は変わらない」

 ヤクザがいなくならないようにな、と信岡玄は自嘲して嗤った。

「それが次第に【シニコク】の呪いが一人歩きして変化してしまった。コックリさんがエンジェルさんとかの亜流を産んだように。多少の『副作用』は目をつぶるつもりでしたが、【シニコク】の呪いが嘘告と無関係に人から人へ伝染ることまでは想像していなかった。その解決のために僕も表に出て手を貸すことにしたというわけです」

「恩着せがましく言ってるが、もとはお前が蒔いた種だろうが」

「それを言われると返す言葉もないんですが……そこは僕も『姉輪みわ』様にお叱りを受けて反省したので勘弁してください。

 その解決のために僕たちは保持者ホルダーの協力を必要としているんです。聖さんや真夕貴さんのようなね」

 刑部秀穂は【シニコク】の呪いを直接受けた人間を保持者ホルダー、呪いを伝染された人間を受動者キャリアと呼んでいると説明した。

「その分類なら俺や城戸は受動者キャリアということか」

「僕らは【シニコク】の呪いを消す方法、言ってみればペニシリンのような抗生物質を作ろうとしています。ただしそれは始まったばかりで……」

「そうよ。だからここでせっかく手に入れた信岡聖を手放すわけには……おっと!」

 三条虹弓が信岡玄に睨まれてあわてて口を閉じる。

「聖さんの代わりに真夕貴さんが来てくれれば問題ないでしょう。飛車と角を交換したようなものですよ。それに今回は有益な情報も手に入りましたからね。むしろ駒得です」

 刑部秀穂が多門真夕貴を守るように腕に抱く城戸琉侍に目を向ける。

「城戸さん、僕らと一緒に来てくれれば真夕貴さんも悪いようにはしません。今よりはずっといいと思いますが」

「どうせ八方ふさがりだ。だったらお嬢をお前に預けるしかないだろう」

 自分に選択権はないという顔をして城戸琉侍は刑部秀穂を見た。

「治療もできる限りのことはさせてもらいます。まあ元通りとはいかないかもしれませんが……そうですね、例えば兎川橙萌が側にいたら大分違うんじゃないですか?」

「そ、それは! ……しかしお前が兎川を? できるのか?」

「ええ。そこは信用してください。失せ物探し人捜しはそれこそ陰陽師ぼくの本領ですよ」


 次に刑部秀穂は信岡玄に向き直る。

「それに信岡さん、あなたも僕ら『黎明の灯火』に協力してもらえませんか? 報酬もお支払いします」

「一気にうさんくさい話になったな。何かの新興宗教か? あるいはショッカーか」

「いやいやそういうのとは違いますって。表立っては言えませんが裏にはかなりの人物も動いています」

「それが『姉輪みわ』様というやつか。政治家も絡んでるのか。使えるものは親でもヤクザでもってか」

「お金のことだけじゃないですよ。うまくいけば【シニコク】の赤い影が消せるようになるかもしれない」

 刑部秀穂の言葉に阿川飛名子と奥村稜も色めき立つ。

「本当にできるのか? ぬか喜びじゃ困るぜ」

「ええ、やる以上はそのつもりです」

「そうか……いいだろう。協力してやるよ。ただし聖の影も消してもらうのが絶対条件だ」

「はい、そこは確かに」


 刑部秀穂と話がついたことで信岡玄は阿川飛名子、奥村稜以外のテニスサークルのメンバー5人の解放を決めた。葉見契一の取り巻きだった3人の女は『黎明の灯火』で働くことになった。全員が看護師の卵だった。

 そして葉見契一と『琉星狼』のメンバーは過酷なビル解体の現場に放り込まれる。「飯も3食出るし金も払うから安心しろ。肺とケツには気を付けろよ」と玄が言うと全員が顔色を変えた。


「ところで俺にはもうひとり、いや2人か。落とし前をつけさせたい奴らがいるんだが、今更やめろとか言わないだろうな?」

「ええ、それに口を出す気はありません。ご自由に」


 そうして信岡玄は次に新当桂馬と新当絵馬を攫った。

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