第四十三告  刑部秀穂

 ……話を聞き終えても信岡玄の目は厳しいままだった。

「同情はするがそれだけだ。全てがチャラになるなんて思うなよ」

「ああ、それは覚悟している。だが俺だけだ。お嬢はもう……」

 城戸琉侍が多門真夕貴をかばうように前に立つ。その背中にすがって真夕貴が城戸に話しかける。

「もう話は終わったんでしょ? さっさと支度して帰りましょう。ねえ琉侍」

「はい、もう少し待っていてください。今済みますから」

「アンタ! アンタもいつまでも睨んでんじゃないわよ! 呪われたいの? あははははははははっ」

 途中から真夕貴は言動がおかしくなってしまい、終わりのほうは城戸が継いだ。こうなったときの真夕貴はもはや時系列や人の顔の識別すらできなくなり、記憶が混乱して城戸以外とは会話が成立しないのだという。

「罪というなら俺が背負う、それで勘弁してくれ。俺をあんたの好きにしてくれていい」

「それは構わないがそいつはどうなる? 病院行きならまだしも放り出されれば仕返しで犯され刺されて死ぬのが関の山ってとこだろう」

「それは……」

 玄は歩三男から銃を受け取ると、それを真っ直ぐ真夕貴の顔に向けた。

「だったらここで殺してやろうか。勘違いするなよ。これは慈悲なんだぜ」

「ふざけるな! そんなわけないだろうが!」

「一人で生きて行けないならそうするしかないだろう。つまらない甘えはするな」

「やめてくれ! だったら俺を先に殺してくれ!」

「これはお前のためでもあるんだぞ? 共依存から解放してやろうっていうんだ。荒療治ではあるがな」

 玄の気が変わらないと見て城戸が真夕貴に覆い被さる。

「おい、それは何の真似だ」

「お嬢は俺の目が黒いうちは殺させない。番犬の意地だ」

「そうかよ。手下にしてやってもよかったが、残念だな」

 信岡玄は銃を構え直す。しかし引き金が引かれることはなかった。何か見えない力が指を動きを封じているのだ。

「どうなっていやがる? 何だこりゃ!」

「強硬手段を取らせてもらいました。撃つのをやめれば動けるようになりますよ」

 ステージの袖から誰かが玄にそう声をかけた。

「誰だお前。『こいつ』はお前の仕業か」

 信岡玄が袖から出てきた男に目をやる。銃口はまだ城戸に向いたままだ。

「ここは僕に預けて引いてくれませんか? このままじゃ収まるものも収まらない」


 男は刑部秀穂おさかべしゅうほと名乗り陰陽師の末裔だと告げた。この場に後藤柚姫がいれば彼が清水郁巳と気づいたかもしれない。

「陰陽師だと? それならお前も【シニコク】の関係者か。いまさら出てきて何のつもりだ」

「呪いを止めるため、と言うと語弊がありますか。これ以上【シニコク】を悪用させないためですよ」

「悪用? ……どういうことだ」

「ここで多門真夕貴を殺せば彼女を媒介にしてまた呪いが『変容』してしまう。そうなったらもう嘘告と関係なく人を呪い殺せるようになるかもしれません。

 でもそれは僕の望んだことじゃない。僕は世の中を変えたいのであって恐怖で縛って支配したいとかは思ってないんですよ。その点に関してはそこにいる外道とは違います」

 そう言って刑部秀穂は『琉星狼』のメンバーの一人を顎で差して見せた。全員の視線が集まる中、畑中敬はたなかけいの雰囲気が突然変わる。

「……久しぶりに会うのに好き勝手言ってくれるよなあ、宗幻。ああ、ここでは『秀穂』か」

「お久しぶりです。僕は会いたくなかったですけどね、鎌波の当代。今は『亥縫』でよかったんでしたか?」

「鎌波? お前……畑中じゃないのか?」

 城戸琉侍が畑中だと思っていた男に声をかける。

「ああ、違わないよ。外見そとみはね」

「傀儡道士は人の行動を操ります。心だけでなくね。鎌波くらいになれば人に憑依することも可能です」

 刑部秀穂が補足する。つまり今の畑中の中身は鎌波亥縫ということだ。

「薄気味の悪い奴らだな。それでお前らは何しに来たんだ? 多門を殺すなってのはどういうわけだ」

「鎌波は多門真夕貴の魂を回収しにきたんです。彼女自体が鎌波の【蠱毒】なんですよ。そして【蠱毒】は彼女が死ぬことで完成する。それを黙って見ているわけにはいきませんから」

 玄の問いに秀穂はそう説明した。多門真夕貴が狂ったのも器である彼女が飽和した呪いの重圧に耐えられなくなったからだという。

「亀津川一族の失墜は今回のこととは関係ありません。そもそも小出しにしたら【蠱毒】になりませんからね。つまり多門真夕貴は鎌波を利用するつもりで逆に騙されて利用されたんですよ」

「鎌波……てめえ、よくもお嬢を!」

「……それは聖も【蠱毒】とやらの材料にすぎなかったってのか? この監禁もその【蠱毒】とかの仕上げに利用するつもりだったってのか? ふざけやがって!」

 玄が今度は亥縫に銃を向ける。それに対しても鎌波はへらへらと笑ってうそぶくだけだ。

「かまわないんだよ? こいつを殺してもおれは痛くも痒くもないからね。まあ、それで気が済むんならそうしたらいい。ははは!」


「これ以上あなたに好き勝手を許すわけにはいかない。多門真夕貴は僕が預かります」

「ふん、【弥血夜やちよ】なら出張でばらず裏に徹しておればよいものを」

「あなたが変な欲を出すからですよ。【神名見かまなみ】の名の通り、辻占いでもしてれば見逃したんですが」

「見くびるなよ、若造が! ……とは言うてもこれまでか、口惜しいがここは退くしか……ある……ま……」

 鎌波亥縫は老人の口調でそう言い残して気配を断った。後には見る間に老けこんでしわくちゃとなった畑中敬が膝を突きそのままごろりと床に倒れる。


 静まりかえった雰囲気の宴会場に信岡玄がようやく声を絞り出す。

「何だ……何だあいつは? 最後は声までジジイのようだったぞ」

「傀儡道士そうやってずっと継承つながってきたんです。鎌波亥縫は意識を乗っ取られ、古い肉体を捨てた鎌波丹午と同化したのでしょう。ある意味『鎌波』は不老不死ともいえる存在です」

「不老不死? 化け物かよ! ……しかし刑部と言ったか。いくらあいつの手駒だったとは言え多門のことは俺は許してねえ。急に出て来て横からただかっ攫っていくお前も当然信用なんてできない」 

「まあそうですよね。でも交渉の余地はあると思うんですが?」

 刑部秀穂が口元に柔らかい笑みをうかべる。

「……聞くだけ聞いてやる。言ってみろ」

「多門真夕貴と信岡聖の身柄を交換というのはどうでしょう」

「何だと?」

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