第三十七告 悪は裁かず
信岡聖が病院から消えてから2ヶ月ほどして、信岡玄は
活動を再開し合宿を兼ねたキャンプをする予定だった
サークルを辞めさせられ自宅マンションに籠もっていた
アジトの廃工場で幹部会議中だった
宴会場に集められ床に正座させられた16人全員が前手に手錠をかけられていた。ざわついて隣と言葉を交わしている。大声をあげたり抵抗しないのは琉星狼の何人かが殴られ蹴られるのを目の前で見ているからだ。
一段高い舞台に腰掛けて信岡玄がその様子を見ている。隣には君成歩三男が立っている。玄はピンストライプの黒いスーツを着て頭を剃ってスキンヘッドになっていた。それはカタギには戻らないという自身の覚悟のようなものだったが、かなり堂に入っている。
君成歩三男が「おい」と声を出すと全員の注目が信岡玄に向く。
「俺は信岡聖の兄で信岡玄というもんだ。そう言えば何でお前らがここに連れてこられたかは想像がつくだろう。
まあ殺すつもりはないからそこは安心していいぞ。その代わりに『今日は皆さんにちょっと【シニコク】で呪われてもらいます』っていう話だがな。それでも死ぬよりはいいだろ?」
「嫌よ……なんでそんな!」
テニスサークルの一人、
「そ、そうよ! まともに就職もできなくなる!」
「それにこんなことは法治国家で許されることじゃない!」
「お願いします。他のことなら……お、お金なら親に頼んで!」
「そもそも私は無関係よ!」
それらを断ち切る銃声が鳴り響く。歩三男が天井に向けて放った一発だ。
「一通りしゃべって気が済んだか? じゃあ今度は俺の番だな」
強引に作り出した静寂の中で信岡玄が口を開く。
「まず言っておくが俺はお前らを許す気はない。当然だろう? 最初は学級会よろしく弾劾裁判でもと思ったが、そんなことをしたところで聖がされたことが無くなるわけじゃないからな。だったらお前らにも同じ目に遭ってもらったおうと思った。
だからこれは断罪じゃない。俺の八つ当たり、ただの私怨だ。まあ葉見の取り巻きのお姉ちゃんたちには迷惑な話だろうが、そこは運が悪かったと諦めてくれ」
そう言うと彼女らは「殺さないと約束してくれるんなら」「お金くれるんなら」「どうせなら仕事紹介してよ」と言った。
「それにここで法律や警察を持ち出しても無意味だぞ。俺はそんなものに縛られる気は更々ないからな。
お前らがめでたく呪われたら解放してやるつもりだから、その後に俺を訴えるっていうなら好きにしたらいい。それでもせいぜい誘拐、監禁の罪で懲役で済む話だ。呪い自体を罰する法律なんてないからな。
ああ強姦とかはつかないと思うぞ。俺は手を出さないし監禁された人質同士が恐慌状態を紛らわせるために情交にふけるなんてのはよくある状況だからな。
訴えられても報復するつもりはないが、そのときはお前らも聖に何をしたのかを根掘り葉掘り聞かれることは覚悟しておくんだな。週刊誌やワイドショーなんかも食いつくだろうし、個人情報がうっかり漏れたりすれば、今度はお前らが聖にしたのと同じ恥ずかしい噂の的になるだろうからな。
無関係とか言ってるやつも許す気はないぞ。友達のふりで守ろうともせず指さして笑っていた時点で同罪だ。こんな言葉知ってるか? 『赤信号みんなで渡ればこわくない』、日本じゃとっくに死んだ言葉だが、どっかの経済大国じゃ今流行ってるらしいぜ。
長いものに巻かれて多数派の側にいれば勝ち組だと思ってるやつ。自分がよければ人を巻き込んで犠牲にしてそれが当然だと思ってるやつ。人と自分を比べることにしか興味がなくて自分を磨くより盗んで蹴落とすことが成長や競争だと勘違いしてるやつ。日本人の本質も結局むかしから何も変わってないってことだ。頭では分かっていても古い世代の押しつける常識からは逃れられない、集団の同調圧力に逆らってつまはじきにされたら生きて行けない。親や学校にそう刷り込まれているからな。
俺はな、そういうくだらないルールを捨てることにしたんだよ。お前らからすれば悪党になったんだ。だから存分に嫌って憎んでくれてかまわないぞ。悪党は嫌われてなんぼだからな。……じゃあ始めるか」
信岡玄は女たちに服を脱いで風呂に行くように指示した。入浴後に浴衣に着替えさせるという。
「そのぐらいはさせてやるよ。飯と酒も用意する。無理矢理とはいえ気分よくやりたいだろう? 終わったら交代で男にも風呂に入らせるが、その前に身体検査して赤い影のある奴とそれ以外に分ける。それと阿川と葉見は別枠だ」
「えっ?」「な、何でだよ!」
信岡玄の言葉に阿川飛名子と葉見契一が顔色を変える。
「お前らには特別なもてなしをしてやるつもりだからな。人から伝染るやつじゃなく本物の【シニコク】の呪いをかけてやる。聖がされたのと同じようにな」
「【シニコク】の呪いのことはだいぶ調べたからな。赤い影が出るまで何度でも呪ってやるからそのつもりでな。
二人には俺や『琉星狼』を相手に嘘告をしてもらおうか。それを証拠動画に撮るから真剣に嘘告しろよ?
葉見は同性でも呪いの対象になるのか興味半分の実験みたいなもんだが、真面目にやらないなら赤い影の代わりに本物の刀傷を顔にくれてやるからな。最初からその方がいいか?」
信岡玄が脅すと、葉見契一が真っ青になって土下座する。
「それだけは勘弁してください! お願いです。親父にも愛想つかされちまう!」
葉見の父親は不動産会社の社長だが、彼自身は離婚した先妻の子で次男の方が優秀だ。その上顔に傷を作れば一生冷や飯食いで飼い殺しにされるだろう。
「おいおい、好き勝手にやらかしておきながら今それを言うのか? つまんねえ男だな。お前には意地ってもんがねえのかよ!」
這いつくばる葉見を玄が踏みつけ足でひっくり返す。それでも葉見は涙声で「お願いします」と繰り返すだけだった。
「阿川、お前は泣いて土下座しなくていいのか?」
「私は……」
信岡玄の言葉に阿川飛名子は応えなかった。
(とっくに覚悟はできているとでも言いたいのか? 何があった?)
玄はさっきの騒ぎのときも飛名子と奥村稜は口をつぐんでいたことを思い出した。そして他の5人から2人が避けられている様子だったことも。
奥村稜の首の後ろに赤い影があることは知っていた。彼が避けられる理由は分かるが、飛名子が避けられるのは何なのか、その答えは稜が教えてくれた。
「信岡さん。彼女はもう呪いを受け入れてます。それで勘弁してもらえませんか?」
稜に促されて飛名子がシャツの襟元をはだけ肩をあらわにすると、そこには赤い影が浮き出ていた。
「ふうん、何でそういうことになったんだ?」
「それは僕が……飛名子を抱いたからです」
信岡玄の目を真っ直ぐに見たまま奥村稜はそう言った。
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