第三十三告  夜が明けて~人の営みのたまゆらに

そこは静謐な雰囲気に包まれた書斎だった。面した窓からは青々とした木々が見える。

 ここには今、屋敷のあるじである女性と、彼女に面会に来た浅里誠一の二人だけだった。彼女の年齢は40に手が届くはずだがそれよりも大分若く見える。長い髪も黒々として艶やかだ。

 浅里誠一の今の仕事は滝村隆三の後援団体との調整役だが、それらのいくつかに名前の出ない形で関わっているのがこの『姉輪みわ』こと天衣日乃永あもうひのえだった。『黎明の灯火』をつくったのも彼女である。


 滝村隆三も『黎明の灯火』の立ち上げ当初から関わっている人間だが、滝村隆三は彼女に後援者という以上に多大な恩を感じている。滝村涼香のことがあるからだ。

 今の『黎明の灯火』はボランティアを中心とした活動を表の顔にしている。海外にも支部を持つ団体に成長した。

 暮林夏凛が会長を務めてはいるが、彼女が多忙なこともあって実務の中心となっているのは君成歩三男と滝村涼香だ。忙しく全国を飛び回っていて海外に出かけることも多い。特にカナダ支部にはケイト・カーソンがいることもあって年に数回は訪れている。

 君成歩三男は講演や執筆を依頼される機会も多いが「人に恨まれない人生」「自分を守る生き方」というテーマは概ね好意的に受け入れられている。

 そして『黎明の灯火』は裏の顔として4日、14日、24日には祓い流しの儀式を行う。後藤柚姫を会長にした『黎人会』に加盟する病院も全国に広がり、【シニコク】の被害者救済のネットワークを作っている。


「……そういえば夕方から大臣との懇談とおっしゃってましたか。では私はそろそろ……」

 話の途中で浅里誠一が腕時計に目をやる。しかし浅里誠一が椅子から腰を浮かせるのを彼女が遮った。

「それは多分もうすぐの連絡があるでしょう。そう言えば滝村先生が私に会いたいとおっしゃっておられましたね。取り計らっていただけますか?」

「でもやはり……あ、いや……そうですね」

 浅里誠一は一瞬怪訝な顔をしたが思い直してスマホを取り出す。多忙なはずの政治家が急にアポなど取れるわけがないのだが、彼女といるとこういう場面に出食わすことはよくあることなのだと思い直す。


 そこに女性スタッフがノックもなしに部屋に飛び込んでくる。

「初代! 夕方の懇談をキャンセルしたいと大臣が……あ、接客中でした? し、失礼しました、み姉輪さま!」

「……いまお聞きのとおりです。よろしくお願いします」

「はい。承知しました。では今先生に……」

 次に彼女は恐縮しきりのスタッフをやんわりとたしなめる。

「ここでは目こぼしもできるけど外では気をつけなさい。あなたはもう木田村恵じゃないのですからね」

「は、はい! 以後気を付けます。ゆ……あ、いえひ、日乃永さま!」

「ほらほら、いいから少し落ち着きなさい」

 余計に慌てるスタッフに笑いかけ、天衣日乃永は手元のお茶で喉を潤した。

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