第二十九告  金谷雷音

 攫われた西木千輝は山の中の寂れたモーテルに監禁されていた。目隠しはされていなかったが口に猿ぐつわをかまされ、結束バンドで後ろ手に縛られていた。

 拘束を解かれたあと信岡玄に押さえつけられ小隅徳久に服を脱がされた。足で蹴って抵抗するとキレた小隅徳久に頬を殴られた。

「やめろトッキュー。金谷さんに知られたらまずい。大事な商品って言われてるだろ」

「ちっ、分かったよ。……あんたも影を確認するだけだから無駄に抵抗すんなよ」

 赤い影の写真を撮られたあと西木千輝は下着姿のままベッドの柵に再び結束バンドで手首を縛られた。乱暴はされなかったが大事な商品という言葉を聞いて、この先を想像すると暗鬱な気分になった。


「おつかれさんです。金谷さんをお連れしました」

 二人の後輩の君成歩三男きみなりふみおが少し年上の男を連れて部屋に入ってくる。この金谷雷音かなやれおんが西木千輝を攫う計画を立てた半グレ共を束ねているヤクザだった。

「ふ~ん、こいつが呪いを消せるって女なのか?」

 金谷雷音は甲高い声でそう言いながら、拘束された西木千輝をじっくりと観察した。

「以外と普通だな。特別なオーラを持ってるわけでも無いんだな」

「そんなこと分かるんすか。さすがっす」

 小隅徳久の口調が金谷雷音に媚びるものに変わる。それに気を良くしたように金谷雷音の口元に笑みが浮かぶ。

「当たり前だよ。これでも元オカルトライターだよ? ところで小隅ちゃんよう~、俺が見てないからって何やってんだよ!」

 金谷雷音が一瞬で表情を変え小隅徳久の腹に蹴りを入れる。

「体張って呪いを解いてくれるありがた~い巫女さまが不細工なツラしてたんじゃ商売にならねえって言った俺の話聞いてなかったのかよ! ああ!」

「……すみません、金谷さん。抵抗したので俺がやりました」

 苦痛でしゃべれないでいる小隅徳久をかばって信岡玄が詫びた。

「あ~分かった分かった。とにかく上納金のためにも失敗はできねえってことだよ。まあそれも俺のアイデアがあってこそだがな。感謝しとけよ」


【シニコク動画】を見たとき、金谷雷音はそれを利用して金をむしることを思いついた。嘘告をして呪いをかけられそうな人間に「あなたを【シニコク】のターゲットにしようとしている人がいます。あきらめさせるために慰謝料と仲介料を払ってください」と持ちかけた。

 嘘告をされて泣き寝入りしている人間には「相手の私物をこちらで手に入れ呪いを代行します。あなたは相手に知られず安全な場所で相手が呪われるのをただ見ているだけでいいのです」と誘った。

 詐欺とはいえ、これらには効果が無くてもあるいは実際に行動しなくてさえも、誰も罪に問えないという利点があった。


 しかしシニコクによる赤い影が世の中に認知されるようになると、依頼の件数は減って手に入る金も頭打ちとなった。その一方で金谷雷音のもとには「金なら出すから赤い影を消してほしい」という依頼が持ち込まれるようになってくる。金の亡者がそれを見逃すわけがなかった。

 金谷雷音は呪いを解く方法を色々と試していった。オカルト企画にいた頃の伝手を頼って神社や寺に話を聞きにいき、自分もネットや文献を読みあさった。

 まじないの護符を作って売ることにはじまり、生贄を殺して黒魔術を行ったりひょんなことで知り合った雨尻英郷に怪しい拝み屋に扮して祈祷をさせたりもした。

 しかし結局はどれも付け焼き刃で大した効果は見込めず、反対に金谷雷音は何件もトラブルを起こすことになった。


 過去に金谷雷音が試した中で、一番有効だったのは動物を身代わりにする方法だった。それは呪われた依頼者が動物に自分の名前をつけ身体の同じ場所に傷を付けて身代わりとして飼い、依頼者は別の名前で暮らしながら他人にも別の名前で呼んでもらうというものだ。

 それにより実際に赤い影は徐々に薄くなっていった。その後動物が老衰なりで自然死すれば身代わりが成立するはずだった。

 しかし本人が何かの拍子に本当の名前で呼ばれると効果はリセットされてしまうことになり、また自然に死ぬのを待てない依頼者が動物を殺したりすると、呪詛返しで依頼者に赤い影がさらに増えることもあった。依頼者の代わりに別の人間が動物を殺せばその人間がはね返った呪いの対象になった。そうして関わる人間が増えた結果、シニコクの呪いはさらに姿を変えて広がっていくことになる。

 トラブルの火消しにヤクザの手を借りたことで、ついには金谷雷音も組の構成員となってしまう。後ろ盾がいることで羽振りがよくなった金谷雷音だったがそれも一時いっときのことで、結局は上納金のせいで自分の首を絞めることになるのだったが。


 金谷雷音は小隅徳久から「会社の先輩が同棲を始めたらしいんすけど、そしたら赤い影が出なくなったんすよ」という話を聞いたときのことを「頭ん中でなんかこうカチッとはまった音がした」と自画自賛して語った。

 兄貴分からコスプレ風俗の手伝いをさせられていたこともあって、巫女に扮した女を仕立てて、この巫女を抱けば赤い影が薄くなる御利益があるという「商売」のアイデアが浮かんだのだという。

「でもコイツは本物みたいすよ? 何でわざわざ悪く言うんすか?」

「おいおい小隅ちゃ~ん、よく考えろよ。そうした方が客が何度も足を運んでくれるって分かんねえ? それにかき集めてくる影持ちの女全部が御利益があるとは限らねえだろ。当たり外れや具合の相性もあるし、絶対なんてこっちから言う必要はねえんだよ」

「だったらその……一度試したほうがよくないすかね?」

 そう言って小隅徳久が向けた視線に西木千輝が思わずを身を固くする。

「本当に好きモンだね、お前も。だけどその役は他に適任がいるから。はい残念~」

 金谷雷音の言葉に小隅徳久が信岡玄をにらむ。信岡玄の表情は変わらない。

「お前は女の扱いが乱暴だからこういうのは任せらんねえんだよ。だからってこっそり手を出すなよ? 小指じゃなく自慢のアソコを詰められたくねえだろ、小隅ちゃんよう」

 からかいながら金谷雷音が小隅徳久に車の鍵を渡す。

「一週間後にはオープン予定だ。俺が他の女を連れてくる間にお前は事務所で顧客リストに電話をかけろ。先に乗ってるから早く来いよ」

 金谷雷音が部屋を出ると小隅徳久がキレてゴミ箱を蹴飛ばす。

「うまくやりやがったな、シンゲン。お前も笑ってんじゃねぇぞトキン! くそっ!」

「いえ、俺は別に……」

「チンポを詰められる? オレがそんな下手打つかよ! このオカマ野郎が!」

「いいから早く行ったほうがいいぞ、トッキュー」

「うるせぇよ!」

 乱暴にドアを閉めて小隅徳久が部屋を出ていく。







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