第二十四告  暮林夏凛

 後藤柚姫が二階のロビーに出ると暮林夏凛が話しかけてきた。

「遅かったじゃない、後藤さん。私のいる部屋を聞き間違えたの?」

 怒ったふうに腕を組むもののその顔は笑っている。そして今日も制服を着ていた。

「そういうのはもういいわ。それともまだ何か隠しているの?」

「言い方には気をつけてほしいわね。私が悪いように言われるのは心外だわ」

 暮林夏凛はあくまで自分は関係ないというスタンスだ。

「それならそれでもいいけど、海渚のことは何とかしたら? 周りにも迷惑よ」

「そうね。海渚にはグループを抜けてもらうわ。口だけで失敗ばかりだし」

 暮林夏凛はそれが当然のように言ってのけた。彼女にとってはグループは営利目的の会社と同じなのだろう。


「その代わりにあなたが必要なの。これが最終通告よ」

 そう言いながらも暮林夏凛は頭を下げるでもなく、笑って後藤柚姫の返事を待つ。彼女の返事が一つしかないと思っているように。

「何度も言っているけど、あなたのその女王気質が私に合わないの」

「はっきり言うのね。だったらこの先どうなるか分からないわよ。例えば……そうね、後藤柚姫にはお尻に赤い影があるという噂が町中に流れて、それを写真に撮ったら懸賞金がもらえるなんてことになったらあなたはどうするのかしら?」

「なっ!」

 そんな状況は想像したくない。スカートがはけないどころか一人で買い物にも行けなくなる。

「ちょっと何言ってるの! そこまでする必要がどこにあるのよ!」

「うんと言ってくれないあなたが悪いのよ。さあどうするの?」

 暮林夏凛は勝ち誇ったように笑う。しかしそれを見て後藤柚姫も逆転のカードを切る。

「……答えは変わらないわ。だけどそれをやったらあなたの赤い影は一生消せなくなるわよ」

「えっ?」

「あるんでしょう、あなたにも。たぶんこのあたりに」

 そう言って後藤柚姫は自分の首下、鎖骨のつけ根のあたりに指で線を引く。

 それに一拍遅れて、暮林夏凛が手をやったところはほぼ同じ場所だった。

「……どうして、そう思ったの?」

「想像とそれを裏付ける情報と分析よ」


 暮林夏凛に対して後藤柚姫が最初に感じたのは違和感だった。おしゃれな彼女が夏休みなのにずっと制服でいるのは普段の性格からすればあり得ないことだ。ならばあえてそうする意味は何なのか、と。

「涼香は髪型を変えたときにイメチェンだなんて言ってたけど、あなたの場合は隠すついでに優等生としてのイメージも付くから一石二鳥とでも思ったのかしら」

「それだけじゃ疑う理由にはならないわね」

「そうね。だから調べたわ。……あなたはゴールデンウイークのあと、家庭教師だった大学生をクビにして塾に通うようになったわね。

 その大学生は暴漢に襲われケガをしている。骨折してまだ入院中だったわ。病室に付き添っていたのは彼の婚約者みたいね」

 後藤柚姫が口にしたのは断片的な情報の羅列だ。しかしそこから彼女がどう推理しどういう結論にたどりついたのかを暮林夏凛は悟った。


 暮林夏凛は家庭教師だった大学生の町田公樹に恋をしていた。親には内緒にしていた。町田公樹を貧乏学生と馬鹿にしていたからだ。それもあって暮林夏凛も彼に素直になれずにいた。

 ゴールデンウイークの直前、暮林夏凛は町田公樹を家族旅行に一緒に来てほしいと誘った。どうせ暇なんでしょう? と口では言ったが彼女にとっては精一杯勇気をふりしぼった言葉だった。

 その暮林夏凛の誘いを町田公樹はいつもの優しい声で固辞した。

「折角ですが旅行は家族水入らずで楽しんで来て下さい。僕も田舎に帰らなきゃいけないので。親がたまには顔を見せろ、彼女にも愛想をつかされるぞとうるさいんですよ」


 暮林夏凛にとって恋愛はゲームのようなものだった。

  彼女にとって恋愛感情は近づいてくる相手から差し出されるべきもので、自分から求めたことはなかった。深い関係になりたいとは思わなかったし飽きたら別れるということを繰り返してきた。暮林夏凛とつき合いたいと言ってくる男は他にも何人もいたからだ。

 幼い頃から自分を安く見せるな、人に弱みを見せるなと繰り返す親に従って生きてきた彼女には駆け引きが当たり前で、お互いを思いやり全てをさらけだす純愛もそういう設定なのだというくらいにしか思えなかった。

 そのため町田公樹に暮林夏凛が抱いた感情も最初は何なのかは分からなかった。

 家庭教師という存在も駒の特性くらいにしか認識していなかったが、彼女がいつものようにわがままを言い貧乏学生とからかっても町田公樹は少し困った顔をして微笑み返すだけだった。

 大人の余裕といったその対応は暮林夏凛にとっては新鮮で、彼の持つ包容力にはじめて駆け引きではない愛を感じた。暮林夏凛から惹かれるのはこれがはじめてだった。


  誘いを断った町田公樹の言葉に暮林夏凛は世界が一変したような衝撃を受けた。自分の思い通りにならないものはないなどと言うつもりはないが、こと恋愛に関しては自分に決定権があると信じて疑わなかった。

「田舎で地味な女とせせこましく暮らす? そんなつまらない生き方であなたは満足なの? 私の隣を望むなら輝くような生活があなたを待っているのよ」

 それは暮林夏凛の意地から出た言葉だった。彼をつなぎ止めておきたいということも当然だが、これ以上自分の存在価値を否定されたくなかった。

 しかし暮林夏凛のプロポーズとも取れる告白にも、町田公樹はやはり少し困った顔をして穏やかに笑うだけだった。

「僕にはそれで十分です。夏凛様、あなたの隣にふさわしい人は他にいるはずです。それに彼女は僕にはもったいないくらいの素晴らしい女性です。あまり悲しくなるようなことを言わないでください」

「……ええ、言い過ぎたみたいね。ごめんなさい。……まあいいわ、別に付き合いたいとかそういう意味じゃないんだから! 失言よ。恥ずかしいから忘れなさい。分かった?」

 こうして暮林夏凛のスコアブックにはじめての敗北が刻まれた。


 期待していた旅行も暮林夏凛は鬱々として楽しめずにいた。普段と違う彼女の様子を母親は「夏凛も大人になったのね」などと見当違いな言葉で誉めたが、それに反発する元気も湧いてこなかった。

 そしてその夜、暮林夏凛は偶然両親の会話を聞いてしまう。旅先の開放感や酔って饒舌になっていたこともあったのだろう。

 町田公樹は暮林夏凛のわがままに手を焼く母親が彼女の矯正のために雇ったのだということを知る。父親も彼女が勝ち負けにしか興味を持たない性格に育ってしまったことを反省してその提案に賛成したのだと母親に答えていた。

 そして町田公樹は婚約者がいるからこそ選ばれたのであり、部屋での様子は親に盗聴され、暮林夏凛の教育方針もカウンセラーを入れて話し合っていたことも分かった。

 それを知った暮林夏凛は自分もまた親の育成ゲームの駒にされていたことに愕然とした。部屋に戻りシャワーを出しっ放しにして声を上げて泣いた。やはり純愛なんてこの世にありはしないのだと絶望して。


 この日から暮林夏凛は新たなゲームを始めることにした。自分の人生をチップにした復讐のゲームだ。自分をいいように弄んだ奴らを今度は自分が利用して支配して最後はぼろ切れのように捨ててやるのだと心に誓った。


 旅行から帰ると、暮林夏凛は生駒優を呼び出して町田公樹を襲わせた。ゲームの最初のイベントはこれと決めていた。暮林夏凛は何食わぬ顔で町田公樹の入院した病院を見舞った。

 腕にギプスをつけた町田公樹は「きっと罰が当たったんです」と言い、続けて彼女に謝罪の言葉を口にしようとした。暮林夏凛はそれを遮り「じゃあ私にもそのうち罰が当たるのかもね」と言って笑ってみせた。

 過去を捨てて孤独な戦いの決意を新たにする。町田公樹を襲わせたのも彼に会いに来たのもそのための儀式なのだからと、暮林夏凛はこの日自分にそう言い聞かせていた。

「ほら、私ってこれまで言い寄られてばかりだったでしょう? だから一度告白ってものをしてみたかったの。まあいわゆる嘘告ね。だから騙したのは私も一緒、これでおあいこよ」

「夏凛、様? 急に何を……」

「あなたが何を言うつもりだったかなんて知りたくないし、ましてあなたの口からそんなもの聞きたくないわ。ああそれから今度、塾に通うことにしたの。だからもう家に来なくていいから。見かけても挨拶もいらない。じゃあね……さようなら」

 一気にまくしたてるように言って暮林夏凛は町田公樹に背中を向けた。後ろでは彼がまたあの困った顔をしているのだろう。しかし今はそれを見たくなかった。


 その後暮林夏凛は自分を鍛えるために勉強や習い事に打ち込んでいく。そして彼女の周りにはこれまでも多くの取り巻きがいたが、次第に暮林夏凛は彼ら彼女らを選別して場面ごとに使い分けるようになっていく。


 暮林夏凛と滝村涼香は高校に入って出会った。しかし暮林夏凛にとって彼女は当初周りが思うほど張り合う関係ではなかった。滝村隆三と違う政治家と懇意にしていた父親から滝村涼香と距離を置けと言われたせいもあるが、大きくは両者の性格の違いに因る。

 血筋のせいもあってか滝村涼香が陣頭に立ってみんなを巻き込んでいくスタイルなのに対して、暮林夏凛は一歩退いたところから俯瞰して自分のやりたいことに力を注ぐスタイルだった。

 しかし彼女には次第に滝村涼香の取り巻きをライバル視する荻野海渚や、アンチ滝村といった折原美等のようなクラスメイトが近づいてくるようになる。そういう人間の暴発を防ぐという意味では暮林夏凛はクラスのもう一人のまとめ役だった。


 しかしゴールデンウイークの後、暮林夏凛は活動の方針を変え前に出るようになる。自分の手駒を増やすための行動だ。人に言えないような事は生駒優(彼女との付き合いは中学から)にさせていたが、結局は数がものをいうことも分かっていた。

 しかしそんな中でも滝村涼香とは敵対せず、もしかしたら共闘できるのではないかとも思っていた。彼女の抱える父親との不和を知ったからだ。

 だがその道を模索することは叶わなかった。滝村涼香が突然いなくなってしまったのだ。


 滝村涼香がいなくなったことでクラスは混乱した。そして求心力を失って失速することを怖れたクラスメイトたちの目は一斉に暮林夏凛に向けられる。

 側近を気取る荻野海渚や折原美等はもちろんのこと、誰もが暮林夏凛の一言に注目し彼女の機嫌を損ねないことに心を砕いた。それは個々の忖度の結果そうなっただけのことなのだが、暮林夏凛はこの状況を受け入れ最大限利用することにした。

 立場が逆転した西木千輝と後藤柚姫は隅に追いやられ冷や飯を食わされることになるが、それはあえて放置した。以前の滝村涼香に対する暮林夏凛がそうだったように、反暮林派の受け皿としての役目が必要だと考えたからだ。


 滝村涼香が姿を消した原因となった【シニコク】の呪いについては当初半信半疑だった。

 実際に西木千輝や佐島鷹翔に浮き出た赤い影を見たとき、人の悪意にはそういうものもあるのかと思っただけだった。暮林夏凛にはそれより最優先で直接戦うべきものが存在したからだ。

 ただし【シニコク】の呪いが自分に向けられたとあってはそれはもはや対岸の火事で済む話ではなくなった。


 呪いを調べていくうちに暮林夏凛はそれが嘘告に対する復讐だということを知る。そして呪いは嘘告の相手ばかりではなく、身の回りにいる誰もが暮林夏凛を呪うことができる状況にあるということも。

「じゃあ私にもそのうち罰が当たるのかもね」あのとき町田公樹に言った言葉が現実のものとなって自分に襲いかかってきたのだ。

 嘘告と言って思い当たるのは町田公樹のことばかりではない。味方を増やそうとする一方で暮林夏凛は敵も増やしてしまった。たとえ深入りしない関係でも相手に期待させるような言葉を使い、利用価値がないと分かれば距離を置く。そしてそれをどう取るかは相手次第なのだ。


 仕返しをしたい人間にとってはたとえそれがこじつけや逆恨みであっても関係ない。それに命を賭けた復讐ではない。悪戯に悪戯で返しただけのことだ。

 だからたとえ呪いが成功しなくても構わない。目に見えなくてもそのうち相手の体のどこかに赤い影が浮かび上がる。そうした暗い悦びが弱者の心の慰めなのだから。

 そんな中で暮林夏凛の目は自然と後藤柚姫を追っていた。

 西木千輝と違って、滝村涼香がいなくなっても彼女は変わらず毅然としていた。その強さがどこからくるのか、暮林夏凛はその答えを見つけられずにいた。あのグループにいて後藤柚姫だけが呪われていない。そんなことがあり得るのだろうか?


 探偵を雇い調査するうちに暮林夏凛は『天人講』にたどりつく。ならば後藤柚姫には霊的な呪いを寄せ付けない何かがあるというのだろうか? 滝村涼香が日本を離れたのは呪いを解くために彼女が指示したものなのだろうか?

 そして後藤柚姫は家に引きこもっていた西木千輝を立ち直らせた。彼女の目に輝きが戻ったのを暮林夏凛は見た。

「必ず救ってみせるから」そう言って西木千輝の手を取る後藤柚姫の声を聞いた。ならば西木千輝の代わりに自分がそこにいれば、後藤柚姫は自分を救ってくれるのだろうか? そう考えずにはいられなかった。

 暮林夏凛が手をついて頼めば後藤柚姫は願いをきいてくれるだろう。しかしそれをしてしまえば自分に課した戦いの誓いが根底からゆらいでしまう。尖った若いプライドが捨てられなかった。ならば後藤柚姫を手に入れるしかない。そんな狂気が暮林夏凛の中に生まれた。

 暮林夏凛は暴走する自分を抑えられなくなっていく。それが後藤柚姫には決して理解されない哀訴だと分かっていながら。


 それでも後藤柚姫は折れなかった。「格好悪い」と切り捨てた彼女の言葉に暮林夏凛は見透かされ冷水を浴びせられた気持ちだった。思えばすでに格が違っていた。

「後藤に負けた。私はもうやめる。夏凛も素直に後藤と向き合えばいい」

 あの日、生駒優はそう暮林夏凛に言って学校を去っていった。

 できるものならすぐにでもカーストトップの座など降りて後藤柚姫にすがりつきたい。全てをさらけだして大声で泣き叫びたい。それができるなら、ただの暮林夏凛に戻れるならどんなに楽なことか。


 そして今、ロビーで犯罪まがいの恐喝を口にする暮林夏凛を後藤柚姫は逆に追い詰めてくる。私は何もかも知っているのだ、と。

「あ、あなたに何が分かるのよ! 本気だったのに……あんなに笑って話してくれたのに!

 嘘告なんて、言うんじゃなかった……婚約者なんて……知らなかった私が悪いの? でもずっと騙されていた私の気持ちはどうなるの? じゃあどうすればよかったの!」

 暮林夏凛の慟哭に周りの視線が突き刺さる。


「その答えはあなたが探すのよ。自分の目と手足を使ってね。私もその手伝いくらいはできるわ」

 後藤柚姫は暮林夏凛の手を取った。それは暮林夏凛が夢にまで焦がれた瞬間だった。

「起きてしまったことは変えられない。でも自分自身なら変えられるわ。ねえ、夏凛……私は救いたい。千輝もあなたも。今は無理でもきっと呪いを解く方法を見つけてみせる。だから信じて待っていてくれる?」

 そう言って後藤柚姫は真正面から暮林夏凛の目を見つめてくる。逃れられず暮林夏凛も逸らしていた視線を合わせ小さく頷いた。目から一粒涙がこぼれた。

「……ありがとう。ええ、待っているわ。やっぱりあなたは聖母様みたいな人なのね」

「違うわ。ただのクラスメイトよ」

「そうかしら? あなたこそトップに立つべき人間なのに……」

「お断りよ。私がそういうのに向いてないのはあなたも分かってるでしょう?」

 後藤柚姫の言葉に暮林夏凛は「軍師なのね」と言って笑った。晴明の次は孔明かと後藤柚姫は内心で苦笑する。


 だがそこに西木千輝が血相を変えて階段を駆け上がってくる。その後ろに折原美等が続いている。

 西木千輝が二人を見つけて叫んだ。

「柚姫から手を離せ! 夏凛、今度という今度はあんたを絶対に許さない!」

 ロビーに彼女の声が響く。


 遅れてカラオケボックスに着いた西木千輝は店の外で折原美等に足止めされる。後藤柚姫が先に中に入っていること、今は暮林夏凛と二人で話をしている最中だから邪魔するなと彼女に告げられる。

 男物のジャケットを着てサングラスをかけた折原美等はいかにも暮林夏凛の親衛隊といったふうだった。西木千輝は彼女と押し問答を続けていたが、そこに荻野海渚が苦しむ男を支えて店から飛び出してくる。荻野海渚が「兄貴!」と呼びかける男は、目をハンカチで押さえながら「痛ぇ、痛ぇ」と繰り返している。それを見て折原美等も慌てて駆けよっていく。

「海渚! 一体何が……」

「後藤が……くっそあのヤロウ! 次見たらぶっ殺す!」

 荻野海渚からいつものヘラヘラした笑いが消えている。キレた荻野海渚を見たのははじめてだった。それから知れる最悪な事態を想像して西木千輝は走り出す。その後を慌てて折原美等が追う。

(柚姫、ゴメン! 本当にゴメン! あたしがついててあげられなかったばっかりに!)

 後藤柚姫に詫びながら西木千輝の中に暮林夏凛への怒りがこみ上げてくる。


 暮林夏凛の姿を見つけた西木千輝は真っ直ぐに向かってくる。

「夏凛、あんたって人は! もう許さない」

「きゃっ! ちょっとやめて、触らないで!」

「千輝、落ち着いて! 冷静になって」

 西木千輝は頭に血が上って後藤柚姫の声が耳に入らない。抵抗する暮林夏凛の腕を掴んで離そうとしない。

 追いついた折原美等が強引に二人の間に割って入る。反対に折原美等の怪力に阻まれ、西木千輝は吹き抜けの手摺りに体ごと押しつけられる。

「どうしても暴れたいならあたしが相手になってやるよ。夏凛、今のうちに逃げて!」

 折原美等の声に暮林夏凛が階段に急ぐのが見える。

「飼い犬のくせに出しゃばるな! 夏凛、待て!」

「わっ、何をやっ……やめろ!」

 西木千輝は折原美等のベルトを外そうとする。彼女が一瞬ひるんだ隙をついて西木千輝は抜け出して暮林夏凛を追う。


 階段の手前で西木千輝は暮林夏凛に追いつく。近づく西木千輝の形相に暮林夏凛が動けず固まる。しかしその前に後藤柚姫が手を広げて立った。

「柚姫……なんのつもり?」

「千輝お願い、話を聞いて。あなたがこんなことをする必要はないのよ」

「……柚姫は優しいね。優しすぎるくらい。でもあたしは……それでも夏凛を許せない!」

 動き出そうとする西木千輝を後藤柚姫が抱え込もうとする。

「待って! 千輝、止まって!」

「ゴメン柚姫。今はきけない。邪魔しないで!」

「きゃあっ!」

 西木千輝に突き飛ばされた格好になった後藤柚姫がそのまま階段を転げ落ちていく。踊り場のない急な階段は途中で止まることができない。

「えっ? 柚姫? 柚姫!」

 階段を駆け下りた西木千輝の声にも後藤柚姫は反応しない。頭から血を流したまま横たわっている。

 さらに後藤柚姫を抱きかかえようとする西木千輝を折原美等が羽交い締めにする。

「救急車を呼ぶわ。美等はそのまま押さえていて。絶対近づけさせないで」

「うん。了解、分かった」

 暮林夏凛がスマホを出して119に電話する。

 西木千輝はそれでもなお折原美等に抵抗して狂ったように叫び続ける。

「嘘……嘘よ! こんなことって……なんで柚姫まで! 嫌よ……嫌あああ!」

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