第十二告  波紋(その1)

 後藤柚姫は昼休み、空き教室に2人を呼んで【シニコク】の呪いについて話した。その内容に西木千輝と佐島鷹翔もショックを受ける。

「その動画の中で死んだ子が実際に千輝と鷹翔君を呪った相手なのかどうかは分からないけれど、嘘告に心当たりがあるならここで話してくれる?」

 そして2人は佐島鷹翔が鎌田久留美に嘘告をしたこと、彼をそそのかしたのが滝村涼香と西木千輝だったことを白状した。


「呆れてものがいえないわ。涼香も一緒だったなんて。じゃあきっと涼香にも影が出てるのね? 外国へ行ったのもそのせいなのかしら」

「えっ、じゃあ遠くへ行けば呪いは消えるってこと?」

「消えはしないけど物理的に距離をとることはそれなりに効果があるはずよ。厳密には時間や方角とかも関係してくるけどね」

「じゃあ俺も山にでもこもって寺で修行させてもらうか」

 おどけてみせる佐島鷹翔だったが、後藤柚姫が真顔で釘を刺す。

「中途半端ならかえってやらないほうがいいわ。夏休みも浮かれたりしちゃ駄目よ」


「分かったよ。けどよ、久留美と距離を置きたかったのはその通りだけど、そんなに人に恨まれるほどのことか?」

 佐島鷹翔はプロを目指す野球バカだ。他に目もくれず野球に打ち込んできたせいで感情の機微にうといところがある。

 恋愛にも興味がなかった。何かにつけ世話を焼く鎌田久留美のこともただの幼なじみとしか認識していなかった。

 一方で西木千輝が彼を好きなことは傍目にも明らかだった。嘘告は彼女が佐島鷹翔ともっと親密になるため、滝村涼香と一緒に邪魔な鎌田久留美を排除しようと計画したものだった。

「あーあ、最後の夏休みだからパーッと海にでも行ってさ、涼香の別荘でバーベキューとか、あっ……ご、ごめん」

 謝る西木千輝に後藤柚姫がため息をつく。全てを放り出して外国に逃げた滝村涼香を到底許す気にはなれない。

「涼香のことは言ってもしょうがないわ。とにかくいつもどおりの生活を心がけて、思いつきで行動しないようにしてね。【シニコク】のことはもう少し私が調べてみるから」

 後藤柚姫の説明した悲惨な未来を2人は深刻に受け止めていないようだ。しかし滝村涼香という存在がなくなったことで自分たちが今後クラスでどんな扱いをされるかを思うと気が滅入ってくる。クラスにはこれまで滝村涼香と張り合ってきた暮林夏凛くればやしかりんがいるからだ。


 日曜日、西木千輝は市内のドーナツショップに足を運んだ。夏休みの間ここでバイトさせてもらうことになっていた。今日は親の承諾書を店長に届けにきたのだ。

 しかし店に入ってすぐ、西木千輝はスタッフルームで店長に頭を下げられた。

「ぼくの知らないうちに別の子が先に決まっていたみたいなんだ。申し訳ない」

「えっ、どういうことですか? 昨日電話した時はそんなこと言ってなかったのに」

「田宮君が別の子を採用してたらしいんだ。それを言われていたのをうっかり忘れていてね」

 店長も古株のバイトには強く言えないようだ。しかし納得できる話ではない。

「どうしても駄目なんですか? 何なら他の店でも」

「いやそういう訳には……とにかくそういうことで」

 話を一方的に打ち切られ西木千輝は部屋から追い出される。すっかり予定が狂ってしまった。バイト代で新しい服やスニーカーを買う予定だったのだ。


「あれ? 千輝ち~じゃん、どうしたの暗い顔して」

 店を出ようとしたとき、荻野海渚おぎのみさが声を掛けてくる。彼女は同じクラスにいる暮林夏凛の取り巻きの一人だ。

「別に……何でもないわよ」

「バイト断られたんだ? だっさー。まあ、自業自得ってヤツじゃない?」

「何で知ってんのよ? あ、まさか割り込みしてきたバイトってあんたなの!」

 見る間に血相を変える西木千輝を見て、荻野海渚がケラケラ笑う。

「気づいちゃった? 意外と鋭いね。でもさすがにこれはバレるか~」

 彼女にこのタイミングで会ったのは偶然ではない。宮田と連絡を取り合っていたのだろう。


 暮林夏凛が滝村涼香と張り合っていたように、荻野海渚は事あるごとに西木千輝に絡んできた。そして滝村涼香がいなくなってグループが崩壊したことで、西木千輝は彼女らに負け犬、ただの人などと馬鹿にされる。それを無視しても反論しても結局最後に残るのは後悔と自己嫌悪だ。


「いい加減にして! 何であたしにつきまとうのよ。海渚に何かした?」

「ちょっと変な言いがかりやめてよ。アタシは正しいことしてるんだから」

「正しい? 何言ってるのよ」

「店長に教えてあげたのよ。『西木千輝を雇うと店が大変なことになる、最悪炎上するかも』ってね」

「炎上? 意味わかんないんだけど!」

「あんた自覚無いの? 友達をいじめて転校させたヤツに居場所なんてないって言ってんのよ!」

 荻野海渚はそう言ってあざ笑うように舌を出す。


「いじめ? いじめって何よ。グズ美のこと言ってるの? 嘘告なんて遊びじゃない!」

「遊びかいじめかを決めるのはあんたじゃないでしょ。馬鹿なの?」

 言いながら荻野海渚が西木千輝の顔を下から覗き込む。

「だったら今海渚があたしにしてるこれは何なのよ! 何が違うっていうのよ!」

「アタシと千輝ち~の違い? あんたにはがあってアタシには無いってことよ」

 そう言って荻野海渚は指で自分の首に線を引く真似をする。それを見て西木千輝も自分の首に手をやる。また出ていた? そう言えば店長にもちらちらと首筋を見られていた気がする。

「あんたのそれ【シニコク】の呪いってやつなんでしょ? だから知らない人に教えてあげたの。それがどんな意味なのかをね。あ~いいことしちゃった」

 西木千輝もようやく影の意味すること、その重大さを実感する。これから自分は成績や性格などよりまず先に、嘘告をした人間、つまりはいじめの加害者という目で人から見られることになるのだということを。


「海渚、あんた……最低よ!」

 それだけ言い残して西木千輝は荻野海渚に背を向ける。

「負け犬の遠吠え? リアルざまぁってやつ? めっちゃ笑える! 大体そんなをいつまでもぶら下げておく方が悪いんじゃないの? ねえ、聞いてんの~」

 後には荻野海渚の高笑いだけが残る。


 ……しかし成人後、荻野海渚の顔にも赤い影が浮き出るようになる。そのせいで彼女は職を転々とした末トラブルを起こし、派遣で他県の工場に短期で勤めることになるのだった。




  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る