第十一告  拡散(その3)

 滝村涼香の出国を待っていたように、テレビやマスコミがシニコクの噂を発信し始める。

「衝動を持て余した10代の暴走? 愉快犯的な犯行の背景にあるものは」

「教育現場にきく。自己評価の低さが作り出す少年少女のジレンマ」

「自己顕示欲と承認欲求。パンクの時代がくるのか?」

 そうした社会問題や音楽風俗を絡めた分析論にはじまりオカルト系の解説ムックまで、内容は多種多様だ。

「悪用不可! 現代に受け継がれる呪術の系譜」

「【シニコク】って何? 陰陽師が徹底解説! 丑の刻参りとは」

「ヨガの秘法が解き明かす黙示録と4259の数字のシンクロニシティ」

 しかし【シニコク】の噂は使い捨てのネタで終わらなかった。


 ネットの掲示板に「【シニコク】報告書」「4259さぁち」などのスレッドが立ち、情報誌やグラビア雑誌から拾った影が写っている有名人の画像が晒される。

 中には一見してコラージュと分かるものも多かったが、その後に噂を裏付けるかのようなタレントのニュースやアクシデントが立て続けに起こり騒動となる。


 アイドルユニット『Cute-Beat-Cube』の握手会が突然中止になり、翌週にはメンバーのうち3人が脱退すると発表された。

 アイドル歌手の犬童華名子いぬどうかなこが髪を切ってボーイッシュ路線になり、スカートからパンツスタイルになった。

 色白の妹系でデビューしたセクシー女優の間馬ままこまちが2作目からは化粧の濃いギャル系に転向した。

 新人の女性キャスター河合芽以かわいめいがCM開けに出てこない放送事故が起こった……。


 衝撃的だったのはお笑いコンビ「ぶらっでぃ☆まりぃ」の生放送中の事故だった。

 ブラちんがファンの女の子に手を出していることを暴露され、先輩芸人の島鳥樺縞しまとりかばしまの「お前そのうち【シニコク】されるで?」というからかいに対して「オレは潔白や! どこに証拠があんねん!」と、いつものキレ芸でパンツ一丁になったとき、背中に浮き出た2本の×印の赤い影を全国に晒してしまう。

 そしていつもなら相方のまりぃ(柔道2段)の絞め技にかかって「当たってる! 胸当たってるから!」と言うのだが、この日ブラちんは無表情のまりぃに秒で絞め落とされ、二人はそのままコンビを解散した。


 恋多き女として世間を騒がせたエッセイストの浄土ヶ浜絵理じょうどがはまえりの婚約発表も惨事となった。実業家の婚約者の横で婚約指輪をテレビカメラに向けていた彼女の手の甲に赤い影が浮かび上がったのだ。

 婚約破棄の後、マスコミ各社に彼女の直筆メッセージが届く。「自分を見つめ直したい」という言葉とともに出家したことを報告する内容だった。


 その後、掲示板には一般人の写真も投稿されるようになる(顔や目を一応隠してはあるが)。そして行き過ぎた正義は事態をさらに悪化させていく。

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