第十告  そして影が……

 滝村隆三はこれまで後援会に強く再婚を望まれていたがそうしなかった。その反動のように彼はうるさ型の多い地元を離れ、中央との繋がりを強めていく。そして力を付けるにつれて批判の声は小さくなっていった。ちょうど後援会の世代交代ともかみ合った。


 その後浅里誠一を緩衝材として地元に置いて、後援会のやり取りと滝村涼香を彼に任せるようになる。その浅里誠一と入れ替わりで秘書に採用した青年が中宮直純だ。

 中宮直純と会ったとき、滝村涼香は7歳年上の彼を夫に見立て政治家の妻となった自分を想像し、そんな将来に酔ったこともある。それなのに中宮直純は滝村隆三の養子になり、自分を飛び越えて後継者になると告げられるとは……滝村涼香も想像していなかった。


 滝村隆三が再婚しなかったことを、滝村涼香は亡くなった母への愛情と思っていた。そう自分が思いたかっただけなのかもしれない。しかし今になってみると、そこには彼の別の思惑が浮き彫りになる。遠大な復讐計画が見えてくる。

 滝村隆三は自分の中から滝村穂香の影を消し去りたかったのだろう。そして消したい人物のリストの中に滝村涼香の名前があるとすれば、彼は彼女を捨てることに何のためらいも無いのだろう。

 ……もはや滝村涼香はこの罰を受け入れるよりほかにない。それが彼女がしてきたことの報いならば。


 日曜の深夜、日が変わって月曜になっても滝村涼香は机の前で自分を苛んでいた。

(明日学校で話さなきゃ。どうにもならないとは分かっているけど……いなくなる前に、最後にせめてみんなに謝っておきたい)

 西木千輝と佐島鷹翔を軽い気持ちで嘘告に巻き込んでしまったこと、本気で心配してくれる後藤柚姫を騙していたこと……不意に柊修二の言葉を思い出す。

「カーストとか家柄とか、ゆがんだ価値観でしかものを見れない」

 そして今の滝村涼香はその大事だと思っていたものを全部を失ってしまった。


(とにかく少しでも眠っておかないと……) 

 シャワーを浴びようと浴室に向かう。しかし服を脱ぎかけて滝村涼香は洗面台の前で固まってしまう。

「何よこれ……どうして?」

 彼女の胸の真ん中に赤い影が浮かび上がっていたのだ。

 滝村涼香は髪を掻いて耳元にあるはずの影を確認する。そこにも影はあった。

「う、嘘! 何で……何で増えてるのよ! 一体なんなのよ……」

 柊修二は死んだはずだ。それなのにどうして新しい影が出来ているのか。その答えに滝村涼香は気づき愕然とする。

「学校で私を呪った人が他にもいる。そう……そうなのね?」

【シニコク】の呪いは嘘告を仕掛けた側の人間をされた側の人間が呪うものだ。その前提条件さえ変わらなければ直接本人でなくても呪いは成立する。そして相手の死がその目的でない以上、呪いは何度でもかけられる可能性がある。つまり滝村涼香が遊び半分に嘘告をした数だけ。

 目の前が暗くなり滝村涼香はその場に崩れ落ちてしまった。


 次の日、滝村涼香は学校を休んだ。彼女はその後も欠席を続け後藤柚姫たちが電話しても繋がらず、自宅からも病気を理由にして訪問を断られた。


 そして夏休みを2週間後に控えたその日、滝村涼香が外国に行ったと突然担任から連絡があった。後藤柚姫が校長に掛け合っても理由は家の都合としか教えて貰えなかった。

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