第九告  滝村涼香2

 動画を見た翌日、土曜日で滝村涼香が在宅していることを確認した上で刑事が訪ねてきた。ここから離れたK町と地元の刑事の2人だった。それぞれ石谷と関口と、手帳を見せて名乗った。滝村涼香には石谷が40代、関口が20代後半ぐらいに見えた。滝村涼香は応接室で彼らと会うことにした。父の代わりに秘書の浅里誠一あさりせいいちが立ち会うことになった。


 はじめに石谷が質問を切り出す。

「早速ですが、柊修二くんを知っていますか?」

「いえ……隣のクラスだったかも」

「柊修二くんは先日樋ノ杜高校からK町の高校に転校してます。それでですね、先月4日ごろに彼が亡くなったんです」

「それは……事故とかでしょうか?」

「いえ、自殺です」

「自殺……」

 あの動画の場面が滝村涼香の脳裏をかすめる。彼らはどこまで知っているのか。思わず顔の横に手を伸ばす。

(さっき鏡で見たときは影は出ていなかったはずだ……大丈夫)


 関口が引き取って質問を変える。

「では鎌田久留美さんはどうですか?」

「久留美……さんは転校する前は同じグループでしたから」

「その後連絡とかはされてない?」

「はい、全然……」

「そうですか。彼女もね、亡くなってます。こちらも自殺です。心当たりは?」

「いえ……ありません」

 刑事たちがじっと見てくるが滝村涼香から余計に何か話すつもりはない。浅里誠一も無言のまま彼女を見ている。

「こちらの高校にいたとき、柊修二くんと鎌田久留美さんに接点はありましたか?」

「……分かりません。それが私と何か関係が?」

 それには答えず関口は内ポケットからポリ袋を取り出す。中にはハンカチが入っている。


「これに見覚えは? ちょっと出して確認してもらっていいですか?」

 関口の言葉に従って滝村涼香はハンカチを出して確認する。ブランド物のハンカチで彼女が愛用しているものと同じだった。

「たぶん……私が持っているものと同じだと思います」

「あなたのものではない? 他に同じものを持っている人は」

「友達にあげたりしたので……その人は持ってると思います」

「盗まれたとかはなかったですか?」

「いえ……はっきりとは覚えてないです。これも何か関係があるんですか?」

「今はお答えできません。ご協力ありがとうございます」

 関口はやはり質問に答えない。

「ああ、それはこちらに貰います。ありがとうございました」

 石谷がハンカチを回収する。滝村涼香はそのことに違和感を感じたが、関口が質問を再開したのでそちらに意識が向いてしまう。


 その後も交友関係を中心に刑事たちの質問は小一時間ほど続いたが、反対に滝村涼香が得られる情報はなかった。

「またお話を伺うかもしれません。その時はまたご協力をお願いします」

 言い置いて刑事達は帰って行った。

 玄関で2人を見送った滝村涼香に浅里誠一が話しかけてくる。

「お嬢様、ちょっとよろしいですか? 先生から大事な話を預かっています」

 第一秘書を降りた今も、彼は滝村隆三たきむらりゅうぞうのことを先生と呼ぶ。


 1階奥の浅里誠一の仕事部屋で彼は滝村涼香に告げた。

「お嬢様には語学留学という形で外国に行ってもらいます。カナダに私の妹がおりますのでそちらが適当かと思いますが、他にご希望があればそれでも構いません」

「ちょっと待って! 突然そんなこと言われても……」

 浅里誠一はいつも結論を先に言う。相手の考えや理解を量る癖だ。

「今回の件はいつもの悪ふざけをもみ消すようにはいきません。ほとぼりが冷めるまで姿を隠すように先生に言われております」 

「何よ、その言い方! むかつくわね、私に面と向かうと何も言えないくせに!」

 滝村隆三は入り婿だった。滝村穂香たきむらほのかと結婚して義父の滝村草介たきむらそうすけの選挙地盤を継いだ。しかし滝村穂香は滝村隆三を軽く見て家庭は幸せとは言えなかった。そんな母親の姿を見て育った滝村涼香の、父親に対する態度といえば推して知る所と言えるだろう。


 同時に滝村穂香は滝村草介の血に強いこだわりがあった。後継者となる男児を産むことに執着したが叶わず早世した。その後滝村隆三は滝村涼香から距離を置くようになっていった。多忙を理由にしていたが、滝村涼香には日に日に母に似てくる彼女を避けているように思えた。

 滝村涼香は寂しさの裏返しで傍若無人な振る舞いを強めた。それが逆効果でしかないとは分かっても、それを自制することは今ではもう歯止めが効かなくなっていた。


「まあいつかはこうなるとは思ってました。残念ですが」

 浅里誠一が大仰に首を振る。その仕草が殊更に滝村涼香の感情を逆なでする。

「たかが遊びじゃないの! そのくらいどうにかしなさいよ!」

「そうはいきません。自殺とはいえ人が死んでいますから。警察も動いていますし。ああ、そう言えばお嬢様は気がつかれませんでしたか」

「何のことよ?」

「石谷という刑事はハンカチを受け取ってましたよ。最近は布や紙からも指紋が採れるようになったらしいです」

 浅里誠一は無表情にそう言った。滝村涼香はさっきの違和感に思い至る。

「今回はただの脅しみたいなものです。私が知り得たところでは、自殺の現場にあれと同じハンカチがお嬢様の名前が書かれた人型の紙と一緒にあったということです。まあそちらは血まみれで指紋などは採れないとは思いますが」

 それを聞いて滝村涼香は浅里誠一が柊修二の自殺の内容をほぼ掴んでいることを知る。


「何もなければそれはそれで構いません。ただこれ以上は困ります。先生は次の選挙で中央に打って出るつもりです。そのときにテレビやマスコミにこのことを嗅ぎ付けられては面倒です。そこは理解していただけますよね」

 浅里誠一の目は冷ややかだ。滝村草介の孫、滝村穂香の娘といって庇うのはもう限界なのだろう。彼はもう滝村涼香の味方ではない。

「……分かったわよ。それでいつ日本に戻れるの?」

「さあ、それは分かりません。そのままカナダの大学に進学するもよし。どうせなら向こうで結婚なされて家庭を持つのもいいでしょう」

「な、何を言ってるの? 滝村の家はどうなるのよ! 血が繋がってるのは私だけなのよ!」

 それは今の滝村涼香が最後にすがる蜘蛛の糸だった。しかしその望みもあっさりと切られてしまう。

「お嬢様が心配されることはありません。先生は秘書の中宮直純なかのみやなおずみを養子にするつもりのようです」

「そんなのおかしいわ! どこの誰とも知れない奴を養子にするですって!」

「それがそういう訳でもないのです。大きな声では言えませんが、彼はさる大物政治家の隠し子です。そして彼を引き受けることで先生は強力な後ろ盾を得ることになるのですよ」

 それは今の滝村涼香には死刑宣告のようなものだ。

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