第七告 投稿動画(その2)
その動画はまっ暗な部屋の中、ロウソクに火がつけられるところから始まった。四隅のロウソクに火をつけて回るのはまだ10代と思われる少年。薄いグレーのジャージにスニーカー履きだ。
その場所は使われなくなった倉庫のようだ。殺風景な大空間のしんとした中、スニーカーが床に擦れる音だけが響く……。
明るくなった室内、ビデオカメラの正面中央に長テーブルと折りたたみの椅子が映し出される。テーブルの上にはプラスチックのバット容器、デジタルの卓上時計が置かれている。そして少年がテーブルの向こう側の椅子に腰掛ける。少年の表情をうかがい知ることはできない。その顔は白い仮面で隠されているからだ。
そして滝村涼香はその仮面に見覚えがあった。あの日柊修二が着けていたのと同じものだ。
(えっ、じゃあこれは……やっぱりあいつなの?)
少年は無言のまま、バットの中から出刃の和包丁を取り出し、見せるようにしてからバットの右脇に置く。次に依り代と呼んでいる呪いの媒体を手に取り左右に回転させる。依り代には数本の針が刺さっていた。
少年が依り代をバットに戻すと部屋がまた静寂に包まれる。そして時計のデジタルが2時57分になったとき、少年が手に取って時間を目で確認する。そして再び時計を置いた少年がはじめて言葉を発する。【シニコク】の呪文を。
そして4日の深夜2時59分、【シニコク】の儀式が始まる……。
「……シニコクシニコク言葉を返す(※音声削除)の怨み思い知れ、シニコクシニコク邪心を返す(※音声削除)は奈落に沈め、シニコクシニコク言葉を返す(※音声削除)の怨み思い知れ、シニコクシニコク邪心を返す(※音声削除)は奈落に沈め、シニコクシニコク……」
呪詛の言葉ははじめはよく聞き取れなかったが、次第に大きくなっていった。
そのまま呪文を唱えながら少年は右手で出刃を逆手に握り、バットの上に持って行くと左手で刃の部分を包むように握った。そのまま右手をゆっくり滑らせる。左手の指の間から血が滴り、バットにこぼれ落ちていく。
「うわ……本当にやっちゃったよ」
後藤柚姫は顔をしかめる。滝村涼香はそれを見てもどうせトリックだとたかをくくっていた。
(くだらない……あいつにそんな度胸あるわけないじゃない)
しかし次に少年は後藤柚姫や滝村涼香の予想を超えた行動に出る。
テーブルに包丁を突き立てて固定すると、覆い被さるように倒れこんだのだ。
「うわっ、何してんの!」
「えっ? ……そんな嘘でしょ?」
刃はおそらく少年の心臓を貫いている。口から溢れた血は仮面に遮られ目や鼻や口の開いた穴、顎の下からどんどん流れ出す。バットに貯まっていく血はたちまち一杯になり、次にはテーブルや床を濡らしていく。その間も少年は呪文を唱え続ける。
「……シニコ……シ……コク言葉……思い知……コクシ……奈落に……シ……」
そして二度三度痙攣し、少年はどっと後ろに倒れた。椅子が吹っ飛び騒がしい音を立てる。少年はなおも立とうとするが、やがて力尽き動かなくなった……。
清水郁己が動画を止める。
「会えないと言ったのはこういうことだよ。まあこれが実際に起きたことならだけど」
「そ、そうよ。悪趣味なジョーク映像に決まってるわ! 何よ馬鹿みたい……」
言いながらも滝村涼香の声に力は無い。
「……大体なんでそこまでするのよ。死ぬ理由が分からない」
後藤柚姫の言葉にもさっきの勢いはない。それでも何かを掴もうと考えを巡らしている。
「それは相手を許す気がないという意思表示なんじゃないかな。呪いは未知の毒みたいなものだからね。本人が死んだら解毒剤の作り方が分からなくなる」
(えっ、じゃあ赤い影を消す方法はないってことなの?)
滝村涼香は自分の考えが柊修二に「残念だったね」と言われたようで愕然となる。そこに後藤柚姫がさらに追い打ちをかけてくる。
「それよりもこれで赤い影が何なのか世の中に知れわたったら……ああ、動画はそのための布教なんだわ! これは昔の罪人の入れ墨と同じなんだわ。私はいじめの犯人ですって言ってるようなものだもの。……これはヤバいわね。ボッチどころの話じゃないわ、最悪家族ぐるみでハブられて村八分よ。就職や結婚すらまともにできなくなるわ」
後藤柚姫の言う未来が自分に降りかかってくるのを想像して滝村涼香は血の気が引いた。
滝村涼香は清水郁己に礼を言って後藤柚姫と視聴覚室を出た。一応清水郁己に口止めはしたがあまり期待はできない。あの動画はネットではかなり広まっているらしい。
「あの二人に呪いをかけたのは誰なの? もしあの動画の子だったらこの学校に……でも行方不明とかになってたら気づかないわけないわよね。じゃあ違うのかしら……ねえ、涼香は何か知らない?」
「ううん……でももしかしたらグズ美のことが絡んでるかも」
後藤柚姫に聞かれ滝村涼香は鎌田久留美の名前を出した。彼女が自殺したことはまだ後藤柚姫は知らないはずだ。
「グズ美? 鎌田久留美のこと? 三年にあがる前に転校していった……転校したのも嘘告のせい? じゃあ鷹翔君が久留美に嘘告してたってこと?」
「そうかもね……想像だけど」
滝村涼香はここでも嘘をつく。今更自分がやらせたとは言えないし、柊修二の事も同様だ。
「じゃあ2人を呪っているのは久留美なの? それとも久留美と転校先で知り合った誰かってこと? それじゃ調べようがないわよ!」
後藤柚姫はお手上げというふうに首を振る。
「久留美の転校先のことは土日に父の伝手で私が調べてみるわ。とにかく月曜日まで待ってくれないかしら」
「そう? じゃあ私は動画のことを調べてみるわ」
後藤柚姫に動かれる前に時間を稼ぐしかない。何とか隠し通したい、今の滝村涼香の頭にあるのはそれだけだった。
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