3-3

 照明の色は変わらず、警告音はない。『ピロン』という軽やかな音ともに電光掲示板に指令が映し出される。


『まだまだ先は長い。案内人と雑談でもしながら、紅茶を飲んで少し落ち着こう』


 足元のマスは緑色に発光した。安全マスだ。これは大きい。


「こちらダージリンティーになります」


 案内人は盆を持っていて、その上にはティーカップが置かれている。


「お取りください」


 春斗はティーカップを受け取る。赤茶色の液がカップの中で揺れていた。飲むことに抵抗を覚える。しかし指令は絶対だ。

 春斗はおそるおそるカップに口をつけ、電光掲示板に目を向ける。ただ、指令は消えず、五分の制限時間が刻々と減っていく。なぜ次のセクションにいかないのだろう。


「制限時間が消えないのですが」


 案内人は口の端に笑みを浮かべた。


「指令を遂行していないからです。よく読んでください。わたしとの雑談をまだしていません」

「なるほど」


 ずいぶんと細かい。春斗は話題を探す。


「他のプレイヤーにもワンさんのような案内人がついているんですか?」

「ええ。その通りです」


 不意に電光掲示板の表示が切り替わる。


『他のプレイヤーが宣言しています。しばらくお待ちください……』


 随分とつまらない会話だったが、指令遂行が認められたようだ。

 春斗は安堵のため息を漏らす。

 なにはともあれ、これで十二マス目。残り八回の宣言で二十八マス進めばクリアだ。ここまでは順調と言えるだろう。

 次はどの数字を宣言するか。

 道を切り開いていくという方針に変更はない。しかし連続で六を宣言することにやや抵抗があった。最速で進むプレイヤーを振るい落とすような指令が仕込まれていても不思議ではない。


 ――次は五か四で様子を見ようか。いや、しかしそんなことをして意味はあるのか? そこに危険マスがないとも言えないわけで、少しでも先に進める六を選んだ方が、後ろの人たちにとっては有難い――ひいては、多くの人間がクリアできる可能性があがる選択なわけで……


 考えがまとまらないうちに春斗の順番が回ってきた。

 さきほどよりずっと早い。安全マスが二つ開いているため、他のプレイヤーは悩む必要がないのだ。案の定、マップを確認すると新たに開放されたマスはなかった。

 七マス目に止まっていた者は、春斗が開いた十二マス目に止まり、五マス目より前に止まっていた者は、七マス目の『Empty』に止まったのだ。


 あなたの番です。数字を宣言してください。

 宣言回数「8」

 残りのマス「28」


「六」


 春斗はそう宣言し、明滅している十八マス目に向かって進む。十五、十六、十七……。そして十八マス目に春斗が足を踏み入れた時、照明が赤に変わり、警告音が鳴り響いた。

 危険マス……。

 春斗は思わず表情をゆがめる。


 ――どんな指令だ……?


『やり残したことを思い出す。振出しに戻る』


 電光掲示板にそう映し出されると、春斗の視界は白く染まった。そして次の瞬間、スタート台に立っていた。

 春斗は唇をかんだ。


 ――振出し……


 春斗は頭の中で計算する。

 残り七回の宣言で四十マス。

 なかなか厳しい状況になった。しかしクリアする目は残っている。ここまで“六”を選び続け、最速で進んでいたことが幸いした。


 ――俺が、『振出しに戻る』を引き当てたのは不幸中の幸いか……


 春斗は背後の案内人を見る。彼も春斗に付いて、振出しに戻ったようだ。


「通過ボーナスはどうなりますか? 振出しに戻ったとはいえ、ぼくは十五マス目を一番初めに越えています」

「もちろん春斗様に通過ボーナスが与えられています。マップをごらんください」


 春斗は端末を取り出し、マップを見る。するとマップの左に『開示カードを使う(残り10回)』というバーが出ていた。


「画面に出ている『開示カードを使う』をタップしてから、マップにある未開放のマスに触れるとそのマスの指令を知ることができます」

「残り十回とありますが、十マス分を知ることができるということですか?」

「そうです」

「開示したマスは他のプレイヤーも知ることができますか?」

「いえ、マスの指令を知ることができるは春斗様だけです。これは飽くまで、順番の有利不利をなくすための救済ですので。後ろの人にまでマスの指令がわかってしまえば、ただただプレイヤー全員が有利になってしまうだけですから」

「なるほど」


 開示回数が十回というのは多すぎるような気がしたが、有利不利の是正を目的としているならば、合点がいく。

 このゲームでは先頭のプレイヤーが必ず一マスを開放するため、二番目以降の者は、最低でも一マスはわかった状態で宣言をすることになる。宣言の回数は十回。つまり二番目以降の者は、順位に変動さえなければ、少なくとも十マスを知った状態で宣言することができる。

 それを考えれば開示回数が十回というのは妥当だろう。常に先頭を走る者はボーナスを得て、はじめて他のプレイヤーと条件がそろう。むしろボーナスと言うのであれば、もうすこし多くてもいいくらいだ。


「カードが使えるのは次の順番が回ってくるまでです」

「今、使う必要があるということですか?」

「そういうことです」


 止む無く春斗は『開示カードを使う』をタップした。

 とりあえずゴールまでの道程をシュミレーションしよう。残り宣言回数が七回しかないため、自ずとルートは限られてくる。まず三マス目(四マス進む)に止まり、七マス目(Empty)まで進む。それから次の宣言で、十二マス目(紅茶)まで進む。ここまではすでに開放されているため、開示する必要はない。カードを使うのはここからだ。

 可能な限り最速でのゴールを目指す。したがって安全マスが出続ける限り、六マスずつ開示していく。もし危険マスが開示されれば、五マス先を開く。十八マス目は振出しに戻るだったため、春斗は十七マス目から開示していく。

 十七マス目、安全マス。二十三マス目、安全マス。二十九マス目、危険マス。二十八マス目、安全マス。


 ――これなら行けそうだ


 春斗は二十八マス目まで開示し、小さくこぶしを握った。あとは次の三十四マス目が安全マスであれば、無事にクリアすることができる。

 春斗は画面をタップし、三十四マス目を開示する。


「え?」


 三十四マス目の指令を見て、春斗は眉をひそめた。それから慌てて三十四マス前後も開示する。そして唖然とした。


 ――このゲームはプレイヤーの半分がクリアできないようになっている……? 


 そう考えてはっとする。


 ――ヒントに書かれた生贄というのは、このことを指しているのか……

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