3-2

 あなたの番です。数字を宣言してください。

 宣言回数「10」

 残りのマス「40」

 

 春斗は案内人を見る。


「制限時間はありますか?」

「特にありません」


 どの数字を宣言すべきか。

 通過ボーナスを狙うのであれば三以上を宣言すべきだろう。三以上であれば、三巡目にトップでボーナス地点の十五マス目に到達することができる。しかし通過ボーナスは必要だろうか。危険マスに止まれば死ぬ可能性もあるという話だ。そう考えると通過ボーナスを狙って先頭を行くよりも他のプレイヤーを先に進ませ、安全マスを開放させる方が重要なような気がする。

 であれば「一」を選ぶべきか。しかし他のプレイヤーも同じことを考え、チキンレースの様相を呈してしまうと最悪だ。相手を先に行かせることに気を取られ、下限ギリギリで進むような事態が生じると、「二マス戻る」だとか「宣言回数を一減らす」だとか、その類の指令がマスに書かれていた場合、そもそもクリアが不可能になる。

 

 ――プレイヤー同士でチキンレースになるのは最悪……


 そこまで考えて、春斗は内心で首を振った。

 いや、そもそも考え方が間違っている。

 プレイヤーには秋彦や夏美もいる。他の面子だって赤の他人というわけではない。

 プレイヤーは敵ではなく、チーム。駆け引きをすべきではない。


 ――より多くのプレイヤーをクリアさせたいと思うなら、誰かが前に行くべき


 そう考え、ヒントに書かれていたことを思いだす。


 ――他の参加者を生贄にすることが勝負の鍵


 このヒントは、誰かが先を進み、マスを解放させるための生贄にならなければならないということを指しているのかもしれない。


 ――それなら俺が……


「六を宣言する」


 春斗が力強く言うと、六マス先が明滅した。


「それではお進みください」


 案内人の言葉を背中で聞きながら、春斗は恐る恐る歩き出した。

 一つ、二つとマスを進んでいき、五マス目で立ち止まる。今回は一度の死で脱落。それが脳裏をよぎり、明滅するマスを前にして足がすくんだ。それでも春斗は恐怖心に鞭を打ち、一歩前に踏み出した。

 その直後、頭上にある照明の色が赤に変わり、警告音が鳴り響いた。

 春斗はぎょっとし、辺りを見回す。

 前方の電光掲示板に文字が映し出されていた。


『酒場で軍人と意気投合し、ロシアンルーレットをすることになった。拳銃を頭に当て、引き金を引く』


 不意に肩を叩かれる。振り向くと案内人がリボルバーを手にしていた。彼は弾倉を春斗に見せる。全ての薬室に弾が込められていた。


「実弾は一つ。他はダミーです」


 案内人はそう言うと、シリンダーを回転させた。


「弾が入っている確率は八分の一。当たれば死――つまり脱落となります」


 回転音がやむと案内人は春斗にリボルバーを渡してきた。

 春斗は半ば呆然とした面持ちでそれを受け取る。


「指令は絶対です。撃鉄を起こし、こめかみに銃口を当て、引き金を引いてください」


 八分の一で死……。


「シリンダーは回転させても?」

「ええ、構いません」


 春斗は案内人と同じ要領でシリンダーを回転させる。カラカラという音を聞きながら猜疑心が顔をのぞかせた。本当に七つはダミーなのか。言われるがままに従うだけでいいのか。

 回転音が止んでも春斗は銃口をこめかみに当てられないでいた。


「ちなみに指令遂行には五分の制限時間があります。電光掲示板をごらんください」


 案内人の言葉を受け、春斗は電光掲示板に目をやった。『4:10』『4:09』『4:08』……。数字が刻々と減っていく。


「制限時間が過ぎれば、脱落となり、悪夢に閉じ込められるので注意してください」


 これ以上、自分にできることはない。この悪夢はどこまでも理不尽で、受動的なのだ。与えられた条件の中で祈るほかない。

 春斗は大きく深呼吸をし、こめかみに銃口を当てた。それから意志力を振り絞って引き金を引く。カチリと音が鳴り、後には静寂だけが残った。

 赤みがかかった照明の色がもとに戻り、手に持っていた拳銃が音もなく消失する。

 電光掲示板に目をやると、制限時間の表示が消え、文字が映し出された。


『セーフ』


 それからすぐに文字が切り替わる。


『他のプレイヤーが宣言しています。しばらくお待ちください……』


 ――助かった……


 安堵のため息をもらしていると、足元のマスが赤くなっていることに気が付いた。春斗が疑問を投げかける前に案内人が口を開く。


「開放された危険マスは赤、安全マスは緑に発光します。ちなみにこれは端末の方でも確認することができます」


 春斗はスマートフォンを取り出し、画面に目を落とした。


『他のプレイヤーが宣言しています。しばらくお待ちください。あなたの順番は1番です』


 画面にはこんな文字が映し出されていて、右上に二つのタブが出現していた。一つは『ルール』とあり、もう一つは『マップ』とある。

『ルール』の方をタップすると、すごろくのルールやヒントなど、初めに目を通したゲームの概要が表示された。

 一方で『マップ』と書かれたタブをタップすると、画面いっぱいにカレンダーを思わせる数字の羅列が現れた。数字は四列×十個の形で並んでいて、各数字は四角で囲われている。左上に「1」と書かれているところもカレンダーと同じだ。左上から右に向かって数字は進んでいき、右下の「40」で終わる。これはすごろくのマス目を模しているのだろう。

 現在は二つのマスに書き込みがある。春斗が止まった六マス目と最後の四十マス目だ。六マス目には『ロシアンルーレット』とあり、四十マス目には『GOAL』とある。そして六マス目は赤、四十マス目は緑に塗られている。


「開放されたマスの指令はマップで確認できるようになっていて、マップの数字をタップすると指令の詳細を確認することができます」


 案内人の解説を聞きながら、春斗はしばらく画面を眺める。


「マップに動きがありませんが、二番目のプレイヤーはまだ数字は宣言していないということでしょうか」

「いえ、マップは次の順番が回ってきた時に更新されます。ですので、しばらくお待ちください」


 ニ十分ほど経ち、スマートフォンが『ピコン』と鳴った。

 春斗は画面に目を落とす。


 あなたの番です。数字を宣言してください。

 宣言回数「9」

 残りのマス「34」

 

 マップを確認するため、タブを切り替えようとすると視界の端で緑の光がちらついた。前をみると一つ先の七マス目が緑色に発光している。

 プレイヤーは一から六までしか宣言できない。それなのになぜもう七マス目が開放されているのか。 

 春斗は解答を求めて、マップを開く。すると六マス目以下全てのマスが開放されていた。そして三マス目を見て合点がいった。


 ――そういうことか……


 三マス目には『四マス進む』という指令が書かれていた。これによって七マス目が開放されたのだ。そして安全マスは三マス目の『四マス進む』以外にない。このことから七マス目には複数人が止まっていると考えられる。

 ちなみに七マス目には『Empty』と書かれている。

 エンプティ、空……。


「エンプティは、指令がないという認識であってますか?」

「その通りです。エンプティのマスでは何も起きません」


 これで形勢が変わった。今、このゲームで不利なのは七マス目に止まっているプレイヤーたちだ。春斗を含め六マス目以下に止まっているプレイヤーは次の宣言で安全マスの七マス目に止まればいい。そうすれば、現在七マス目に止まっているプレイヤーたちが先を進み、道を切り開いてくれる。しかし春斗は七マス目に止まる気はなかった。もし六マス目以下のプレイヤーが七マス目に止まると、おそらくすでに七マス目に止まっている者たちの中でチキンレースがはじまる。彼らは小さい数字を宣言し、他の者を先に行かせようとするだろう。

 より多くのプレイヤーをクリアさせたいと思うなら、誰かがリスクを負わなければならない。だから春斗は次も六を宣言するつもりだ。

 ただ次の宣言をする前に開放された他のマスもマップで確認しておくにした。


 一マス目――右手の指の爪を全て剥がす

 二マス目――五感のうち一つを奪われる


 春斗は思わず顔をしかめた。そして画面から目を切り、マップを閉じる。どうせこれらのマスに止まることはないのだ。これ以上は見る必要はない。それよりも残酷な指令を見て、自分の決心が揺らぐ方が怖かった。

 春斗は一つ深呼吸をして、前を見据える。


「六」


 春斗の宣言に反応して、六マス先にある十二マス目が明滅した。春斗はゆっくりとマスを進んでいく。九、十、十一……。


 ――どうか、安全マスであってくれ


 そう願いながら春斗は十二マス目を踏んだ。

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