すごろくゲーム
3-1
普段とは違う覚醒の感じ。嫌な予感がする。そう思って目を開けると見慣れぬ天井が視界に入った。案の定だ。ナイトメアゲームだろう。
春斗はゆっくりと体を起こし、周囲を確認する。
そこは楽屋を思わせる小さな部屋だった。ローテーブルが部屋の中央に置かれていて、それを挟むように二脚のソファが向かい合っている。春斗はそのうちの一脚に寝かされていた。
他に目につく物はない。扉があるくらいだ。
――今度は何をさせられるんだ……?
春斗はポケットを探り、スマートフォンを取り出す。
『第三回ナイトメアゲームへようこそ!』
そう映し出されると、画面が切り替わる。
本日のゲーム
すごろくゲーム
勝利条件
すごろくをクリア
制限時間午前六時
本日のクリーチャー
特になし
ヒント
他の参加者を生贄にすることがクリアの鍵
目を通し終えるといつものようにチャイム音が鳴り響き、女性のアナウンスが続いた。
「ナイトメアゲームの参加者が揃いました。今回行われるゲームはすごろくゲームです。ゲームの説明に入る前に部屋にいる人は、扉の外に出てください」
春斗はソファから立ち上がり、扉の前に立つ。それからドアノブに手をかけ、慎重に開いた。そして危険がないことを確認してから外に出る。
そこは細長い奇妙な空間だった。床には真っ赤な絨毯が敷かれていて、前方に長く伸びている。教会の身廊のようだが、身廊よりは幅が広く、奥行きがある。祭壇や信者席はなく、春斗が出てきた扉のすぐ前にステージ台のようなものが置かれていた。ステージ台からは前方に向かって真っすぐに道が伸びている。さながらランウェイだ。高さは二メートルくらいだろうか。
「それでは皆さん、扉のまえにあるスタート台に上がってください」
皆さんと言うが、周囲を見ても誰もいない。
春斗は指示に従って、目の前の台に上がった。前方に伸びる一本道にはマス目が描かれていて、突き当りには『GOAL』と書かれた扉がある。さらに扉の上には大きな電光掲示板が設置されていた。
「これから皆さんにはそこから四十マス先にあるゴールを目指してもらいます。普通のすごろくであれば、サイコロを振り、出た目の分だけ先に進みますが、今回のゲームでは進みたい分だけ自分で宣言してもらいます。ただしすごろくですので、宣言できるのは一から六までの間。そして宣言回数は十回。つまり十回の宣言で四十マス先のゴールにたどり着ければクリア。基本的なルールはこれだけです。詳細は皆さんの端末に送りますので、目を通してください。ゲームスタートは五分後です。わからないことがあれば、案内人に聞いてくださいね」
――案内人……?
「山吹春斗様」
背後で男の声がした。振り向くとそこには目と鼻を仮面で覆ったタキシード姿の男が立っていた。
「初めまして。ワンと申します。今回、このゲームに案内人として参加させていただきます。プレイヤーの皆様がスムーズにゲームを進行できるよう尽力いたします」
この男は人間なのか。それともピエロのようなクリーチャーの類だろうか。
「あなたは実在する人間ですか?」
「それは難しい質問です。春斗様が暮らしている世界に存在する人間かと言えば、答えはノーです。ただ、わたしは夢屋によって作られた人間であり、今、ここに実在しています」
“夢屋”という言葉を聞いて、春斗は目を見開いた。
――夢屋は本当に存在している? 班目さんが言っていたことは真実なのか?
「夢屋は一体、何者なんですか?」
「夢屋は夢屋です。わたしも存じ上げておりません」
「では
「いえ、知りません」
案内人は首を振ると、恭しく春斗に手を向けた。
「時間がありませんので、お手持ちの端末ですごろくのルールを確認することをおすすめいたします」
案内人の言う通りだ。まずはすごろくのことを考えよう。春斗はポケットからスマートフォンを取り出す。画面にはすごろくのルールが表示されていた。
ルール
他のプレイヤーは別会場で同じすごろくゲームを行っています
前回のナイトメアゲームと同じ九人がプレイヤーとして参加しています
他のプレイヤーとは基本的に連絡を取ることができません
プレイヤーは順番が回ってきたら、サイコロを振る代わりに一から六の数字を宣言します
宣言の回数は十回です
止まったマスの指令には必ず従わなければなりません
マスに書かれている指令は、誰かがそのマスに止まるまでわかりません
GOALである四十マス目にぴったり止まることでクリアとなります
クリアできないと悪夢に閉じ込められます
※今回のゲームでは二度死ぬことはできません。一度で脱落です。脱落すると悪夢の中に閉じ込められます。
最後の文言が気になった。今回は二度死ぬことができない。
「マスに書かれた指令には危険なものもあるんですか?」
春斗が問うと案内人は首肯した。
「あります」
「それで死ぬことも?」
「はい」
「逆にプレイヤーにメリットがあるような指令は?」
「それもあります。マスは安全マスと危険マスの二つがあり、メリットがある指令は前者になります」
安全マスを選び、ゴールを目指す。そういうゲームなのだろう。
春斗はさらに質問を重ねる。
「ルールに順番が回ってきたら一から六を宣言するとありますが、別会場のプレイヤーと順番で宣言していくということですか?」
「その通りです」
「その順番はどうやって決めるんですか?」
「少々お待ちください」
やや間があって、案内人は恭しく春斗に手を向けた。
「端末をごらんください」
春斗は画面に目を落とす。そこには九枚のカードが表示されていた。すべてのカードにピエロの顔が描かれている。
「カードを一枚選択してください。表に番号が記されています。それが春斗様の順番になります」
春斗は画面をじっと見る。するとカードが何枚か画面から消えた。
「カードが消えた?」
「他のプレイヤーが選んだカードは消えていきます」
「なるほど……」
春斗は残ったカードを睨む。何か法則はないかと考えてみたが、何もなさそうだ。適当に一枚を選択する。すると画面が切り替わった。
『他のプレイヤーがカードを選んでいます……』
しばらくその画面が続いた後で再び画面が切り替わる。
『プレイヤーの順番が決まりました。あなたの順番は「1番」です。ゲームは五分後に開始いたします。不明点があれば、案内人に確認してください』
一番か……。
春斗は画面から目を切り、案内人を見た。
「ルールには、マスに書かれた指令は誰かが止まるまでわからないとありますが、一番目のぼくがどこかのマスに止まると二番目以降の人は、ぼくが止まったマスの指令がわかるってことですか?」
「その通りです」
「それだと順番が先の人間は圧倒的に不利じゃないですか? 情報が少ない」
「その通りです。ですのでボーナスが用意されています」
「ボーナス?」
「これは後ほどアナウンスされますので、今しばらくお待ちください」
チャイム音が鳴り響き、女性の声が続いた。
「五分が経過しました。そろそろゲームを開始しまーす。ただ、その前に一つ。通過ボーナスについて説明しますね。このすごろくでは十五マス目と三十マス目がボーナス地点となっています。そのマスに一番最初に到達するとゲームで役立つボーナスが与えられます。ボーナスの内容については、到達した時のお楽しみ。だから考えてマスを進めてね。それではみなさん、準備はいいかな? 第三回ナイトメアゲームスタート!」
残響の中でスマートフォンが『ピコン』と鳴った。画面に目を落とすと文字が現れる。
あなたの番です。数字を宣言してください。
宣言回数「10」
残りのマス「40」
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