幕間2
春斗と夏美は班目に礼を述べ、通信を切った。
暗くなった画面に二人の顔が反射する。
「春斗は班目さんが言ってたこと、本当だと思う?」
「嘘をついているようには見えなかったから、本当だと思いたい。でも俺たちが巻き込まれている件と班目さんが言っていた夢屋と関係があるかまではわからない」
「話半分と考えたほうがいいかな」
「うん。そうだね」
「このことはみんなに伝えなきゃだよね」
夏美はそう言って、スマートフォンを取り出す。
「春斗はもうみんなと連絡先の交換はした?」
「うん。したよ」
この前のナイトメアゲームの最後に現実世界でも連絡を取り合わないかという話になった。そこで春斗を除く全員が“フェイスタ”と呼ばれるSNSアカウントを持っていることが判明したため、DMを通じて、連絡先の交換をするということで話はまとまった。
もともと夏美もアカウントを持っていなかったが、この前、ナイトメアゲームの情報を募ったときに新たに取得していたため、アカウントを作成していないのは春斗だけだった。
そんな春斗もすでにアカウントを取得していて、参加者と連絡先の交換を終えている。そして蒼井梓が立ち上げたメッセージグループにも参加していた。
「班目さんから聞いた話をメッセージでどう伝えようか」
夏美は言いながらスマートフォンを睨む。
これまでの話をメッセージで伝えるのは面倒だ。
「直接話した方がいいんじゃない? だからビデオ会議とか」
夏美は顔を上げた。
「ああ、そうしよっか」
春斗は自分のスマートフォンに目を落とす。すると秋彦からメッセージが届いていた。
「あ、秋彦から連絡がきてる」
「秋彦、なんて?」
「無事、目を覚ましたって報告。体力が落ちてるけど、それ以外は不調なし。でも検査とかあるから一週間くらいは入院して様子を見るって」
夏美は安堵の表情を浮かべた。
「そっか。とりあえず無事でよかった。ビデオ会議の日時は秋彦が退院してからの方がいいよね」
「うん。それがいいと思う」
春斗は自宅の勉強机に座り、ノートパソコンを広げる。それからビデオ通話ソフトを呼び出し、夏美が作った部屋に入室する。ページが切り替わると、ナイトメアゲームに参加している者たちの顔が画面に映し出された。すでに全員が揃っている。春斗が最後だ。
「春斗、おせーぞ」
秋彦が笑いながら言った。
春斗は秋彦を含め、全員に謝罪した。
「すみません。バイトで遅くなりました」
「春斗、バイトしてるのか?」
柳に問われ、春斗は頷く。
「ええ」
春斗は高校に入ってからこれまでやってきたサッカーを辞め、バイトをして家に金を入れていた。春斗の家には父親がおらず、母親が一人で働きに出ている。家族が食べていけるだけの収入はあるが、春斗の弟や妹を大学に行かせるほどの稼ぎはない。だから春斗は弟や妹に不自由のない暮らしをさせるためにバイトをして家計を助けていた。できることならサッカーは続けたかったが、これが自分の使命だと割り切っている。
「春斗のバイトなんてどうでもいいだろ。本題に入ろうぜ」
大杉はそう言って、この場を仕切りはじめる。
「夏美がナイトメアゲームについて情報を得たって話だろ? それを聞かせてくれよ」
促された夏美は、班目から聞いた話を参加者全員に話した。
すべてを聞いた後でサリが口を開いた。
「夢屋とかいうのが関わってるのはわかったけど、解決策は?」
夏美は力なく首を振る。
「解決策はまだありません」
マリが口を尖らせた。
「じゃあ結局またナイトメアゲ―ムに巻き込まれるかもってこと? それじゃあ何もわかってないのとあんまり変わらないね」
「そうでもないと思いますよ」
そう言ったのは冬木だ。
「夏美さんの話が全て事実だと仮定するとナイトメアゲームの
やはり冬木は気付いたか。
大杉が挑むような目をした。
「誰だよ?」
「夏美さんか春斗君の知り合いの誰かでしょう」
冬木の言葉に柳が首を傾げた。
「どうしてそう思う?」
「夢の中に他人を呼び出す時、作成者は顔と名前を知っていなければならない。でもここにいるぼくたちにほとんど接点はなく、住んでいる場所も離れている。共通の知り合いがいるとは思えない。では作成者は、どのようにしてぼくらの顔と名前を知ったか。おそらくSNS――フェイスタ――から情報を得たのでしょう。ただ、春斗君と夏美さんは、ナイトメアゲームが始まるまで、SNSをやっていなかった。つまり二人の情報だけはネットに出回っていなかったんです。だから二人の情報を得るには、実際に彼らのことを知っている必要があります。したがって二人の知り合いが作成者である可能性が高いというわけです」
春斗も冬木と同じ考えだ。フェイスタでは本名とプロフィール写真の登録が推奨されていて、偽名などを使うとアカウントが停止されることもある。そのためここにいるメンバーは全員がフェイスタに本名と自分の写真を載せていた。
冬木はさらに推理を続ける。
「それともし春斗君たちの周りに作成者がいるのであれば、それは春斗君たちに恨みを持っている者の可能性が高いでしょうね。ナイトメアゲームという悪趣味なゲームに巻き込むくらいですから」
大杉は腕を組んで首肯した。
「それは、まあ、そうだろうな。春斗と夏美は何か心当たりはないか?」
「いえなにも」「わたしもありません」
冬木が口の端に笑みを浮かべた。
「あるいはもう一つ可能性があります」
蒼井が小首を傾げた。
「もう一つの可能性?」
「ええ。もう一つの可能性――それは、春斗君か夏美さんか秋彦君の誰かが作成者という可能性です」
秋彦は目を丸くする。
「え、俺たちですか?」
「うん。この三人は、お互いを元から知ってるからね。可能性はある」
蒼井が春斗たちを弁護する声を上げた。
「春斗君たちは、わたし達と一緒にナイトメアゲームに参加していたわけだけど、作成者自らがピエロに追われて殺されるようなゲームに参加しようと思うかな?」
「普通なら思わないでしょうね。だから三人が作成者という可能性はそれほど高くないと思います。ただ、まったくないとも言い切れないので、念のため口にさせてもらいました。春斗君、夏美さん、秋彦君、悪く思わないでくれ」
「いえ、冬木さんの考えは自然だと思います。気にしないでください」
春斗はそう言いつつも、内心では顔をしかめていた。冬木の推測は的を射ているため、彼を責めるつもりはないし、適切な意見だとも思う。しかし今後もナイトメアゲームが行われることになった場合、春斗たちが犯人かもしれないという疑念は、春斗たちにとって間違いなく悪い方向に作用するだろう。まず意見が通りにくくなるのは間違いない。さらにゲーム内で不測の事態が生じた時、春斗たちに排他的な目が向けられることは容易に想像できる。だから春斗にとっては、痛い指摘ではあった。
それからしばらくお互いの情報を交換した後で、大杉が場をまとめた。
「とりあえず春斗たちには、周りで怪しい奴がいないか注意してもらって。なにかわかったらみんなに教えてくれ」
「俺たちの周りに作成者がいるって本当にそんなことあるのか?」
教室で秋彦が周囲を見回しながら言った。
「もし班目さんの話が本当なら、その可能性は高いと思う。SNSをしてない俺と夏美の情報を知る人はやっぱり近しい人以外にいないだろうし」
そう言って春斗も周囲を見回した。休み時間の教室ではクラスメイトが思い思いに過ごしている。この中に作成者がいてもおかしくない。
「そうかあ――いや、ちょっと待てよ」
秋彦は、はっとしたように春斗を見た。
「春斗と夏美の情報ってネットに上がってるよ」
「なんで?」
「ほら数か月前にさ、俺が二人の写真あげたじゃん」
「ああ、そんなこともあったな」
三ヶ月ほどまえのことだ。秋彦が春斗と夏美のツーショットを隠し撮りしたことがあった。そしてその画像にコメントを添えて、フェイスタにアップしたのだ。ちなみに添えたコメントは『山吹春斗(ハートマーク)桔梗夏美』。春斗は秋彦の悪ふざけに呆れていただけだが、夏美は激怒し、しばらく秋彦と口を聞かなくなった。
「作成者はあの画像を見たんじゃないか?」
「うーん。秋彦ってフォロワー何人くらいいるんだ?」
「十人くらい」
「何日くらい載せてたんだっけ?」
「夏美にバレて、二日で消した」
「だとすると、可能性は低いと思う。フォロワー十人の高校生が二日間だけアップしたような画像を作成者が見つけるとは考えにくい。しかも添えたコメントが俺の名前と夏美の名前だけだろう? よほどのことがなければ検索にもかからない」
「まあ、そうか。となると作成者は俺たちの身近の誰かっていうことになるのか」
「その可能性が高いと思うよ」
もしくは春斗か夏美か秋彦か。ただ、それは口にしない。蒼井が言っていたように作成者自身があの悪趣味なゲームに参加しているとは考えにくい。
※※※※
ビデオ通話で参加者たちはそんなことを言っていた。しかしその推測は外れている。作成者もナイトメアゲームに参加し、他の参加者と同じように自らの命を殺人ピエロの前にさらしていた。
死を近くに感じるからこそ、生を実感することができる。死ぬかもしれないという恐怖が、生きたいという欲望を呼び起こすのだ。ほとんど死人同然だった作成者にはナイトメアゲームが必要だった。
ちなみに作成者は夢屋にデスゲームを作ってほしいとだけ頼んでいる。そのため、夢に巻き込まれるまで自分自身もゲームの内容を把握していない。そうでなければ、死を身近に感じることはできない。
自分以外の参加者は、目についた気に入らない者たちから選んだ。精査したわけではない。ネットや実際に会った時に悪い意味で印象に残った者たちを適当に選んだだけだ。
彼らも死を身近に感じるべきだ。作成者は強くそう思っている。
ただ、第二回ナイトケアゲームを終えて、若干の物足りなさを感じていた。死への恐怖が足りない。特に参加者が一度まで死ねるという温情は不要だ。
作成者は夢屋にそのことをメールで伝える。
――もっと死を近くに……。死は一度だから死なのだ……
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます