幕間
幕間1
「秋彦が病院で目覚めたらしい」
朝のホームルームで担任教諭はそう言った。
ヴァンテアンから勝利宣言を受けた後、春斗は自宅のベッドで目を覚ました。その時、まず思ったのが秋彦のことだった。だからこの言葉を聞いて強く安堵した。
「秋彦が目覚めたってホント?」
昼休みに屋上前にある踊り場へ行くと、夏美が詰め寄ってきた。
「うん。担任が言ってたから間違いない」
「よかった……」
「それより話って?」
春斗はここに夏美に呼び出されたのだ。
「昨日の電話で話したこと覚えてる? ナイトメアゲームは夢屋という人物によって作られてるかもしれないって話」
「ああ、憶えてるよ。DM送ってきた人が教えてくれたっていう」
「そう。それでその人から今朝連絡があって。詳しく話したいって」
「話したい? どうやって?」
「メールでも電話でもビデオ通話でも、向こうはなんでもいいって。冷やかしじゃなく、信じてもらいたいから顔出しもできるって言ってた。ただ、住んでる場所が近くじゃないから会うんだったらちょっと先になってしまうかもって」
「そこまで言うなら、話を聞く価値はあるかも。とりあえずビデオ通話で聞いてみようか」
「わかった。向こうに言ってみる」
夏美がスマートフォンからメッセージを送ると、すぐに返信がきた。
「今は仕事中だから、今日の夕方の六時くらいからなら話せるって」
夏美の部屋に入るのは小学生以来だ。部屋は綺麗に整頓されていて、柔軟剤のような香りが舞っている。ベッドやカーテンに彩りはなく、簡素な印象を受ける。
春斗は座卓の周りにつけた。隣には夏美が座っており、卓上のノートパソコンを操作している。
時刻は午後六時二分。
通話ルームにアクセスすると、画面に女性の姿が映し出された。二十代後半といったところだろうか。黒髪は長く、色白で細身だ。通った鼻筋とやや切れ長な目から涼し気な印象を受ける。画面の左下に『
「あなたが桔梗夏美さん?」
「はい」
「はじめまして。班目です」
班目は言うと、春斗を見た。
「お隣にいるのは、同じ夢を見ているという……」
春斗は班目の言葉を継いだ。
「山吹春斗です」
それからお互いに軽い自己紹介をする。そこで班目が広告関連の仕事をしていることや神奈川に住んでいるということがわかった。
「それじゃあそろそろ本題に入ろうか。二人は夢の中でナイトメアゲームというおかしなゲームに参加させられているとか」
アイドリングトークも終わったところで班目がそう切り出した。
夏美は頷く。
「ええ。そうです」
「それで二人とも同じ夢を見ているって話だったよね」
「はい」
「そういうことなら二人は、夢屋が作った夢に巻き込まれてるんだと思う。実はわたしも似たような体験をしたことがあって」
「班目さんもナイトメアゲームに参加したことがあるんですか?」
「いや、そうじゃないんだけど、他人と同じ夢を見たことがあるの。正確にはわたしの夢の中に他人を呼び出したことがある」
夏美は首を傾げた。
「え、どういうことですか? 班目さんが、夢を作ることができるんですか? もしかして班目さんが昨日言っていた夢屋ということでしょうか」
「いや、わたしは夢屋ではないよ。うーん、そうだな。どう説明すればいいかな」
班目を少し考えるようにしてからゆっくりと語り始めた。
「数年前にSNSで“夢屋”と名乗る人物が、わたしに接触してきたことがあったの――」
そこで夢屋は班目に対して、こんなメッセージを送ってきた。
――あなたが望む夢を見せてあげよう
班目はただの悪戯だと思ったが、話を聞くことにした。
すると夢屋はこう続けた。
――見たい夢を伝えてくれれば、その夢を作ってあげる
胡散臭い話だが、班目は見たい夢を適当に伝えてみた。すると後日、班目の元に映像データがメールで送られてきた。映像の長さは五分程度。メールにはこんな文言も添えられていた。
――イヤホンを差し、その映像を五分間見続ければ、頭の中にこの前あなたが話してくれた夢がインストールされる
班目は詐欺やウイルスを恐れたが、怖いもの見たさで映像を開いた。すると砂嵐のような映像とピーという電子音が流れだした。
班目は夢屋に言われた通り、五分間、その映像を見た。するとその夜、夢屋に話した夢を見ることができた。
「ちなみにどんな夢を見たんですか?」
班目が語り終えると、夏美が質問をぶつけた。
「恋人とデートをする夢だよ。その時、恋人は病気でね。なかなかそういうことができなくて。夢の中に恋人が現れて、一緒にデートをしたの」
「もしかしてその恋人も同じ夢を見ていた……?」
春斗が訊くと、班目は頷いた。
「そういうこと。わたしは夢に恋人を呼び出すことに成功した。ちなみに夢屋がいうには、わたしのように夢を頭の中にインストールした人間は
夢に呼び出す側の人間がホストならば、ナイトメアゲームに参加している春斗たちは悪夢にもてなされるゲストといったところか。
夏美は顎に手を当てる。
「でも一体だれが……」
「それはわたしにはわからない。でも、手がかりはある。というのも夢に呼び出せるのは、作成者が知っている人間だけだから。二人の他にもナイトメアゲームの参加者はいるって話だったよね? 参加者同士に共通の知りあいはいない? もしいれば、その人が作成者である可能性が高い」
夏美は首をひねる。
「参加者は基本的に赤の他人なので、共通の知り合いはいないような……」
「そういうことなら作成者は、君たち参加者の情報をなんらかの形で入手して、夢に呼び出しているんだろうね。名前と顔さえわかれば、夢に呼び出すことができるから」
春斗は疑問を口にする。
「班目さんは作成者として恋人を夢に呼び出し、夢の中で一緒にデートをしたんですよね? ということは作成者本人は、夢の中にいるってことですか?」
「うん、そうだよ。作成者は夢の中にいる」
夏美がはっとしたように春斗を見た。
「だとすると、ナイトメアゲームに参加している中に作成者がいるのかな?」
春斗は冬木たちを思い出す。八人の中にナイトメアゲームを作っている人間が……?
その疑問に班目が答えた。
「その可能性もあると思う。でもナイトメアゲームは、死の危険すらあるゲームなんだよね? となると作成者がゲームに参加しているとは考えづらいかな。基本的に夢の中で死ぬと現実でも死んでしまうから」
夏美は目を丸くする。
「え、そうなんですか? 悪夢に閉じ込められるのではなく?」
「いや、夢の中の死は本当の死を意味しているはずだよ。脳が破壊されてしまうとか。だからわたしも夢を作ってもらった時、夢の中で死なないようにと夢屋から口酸っぱく言われたし。でも悪夢に閉じ込められるって、どうしてそんな風に思ったの?」
「ナイトメアゲームでは、夢の中で二度殺されると、死ぬのではなく夢の中に閉じ込められるんです」
「ああ、そうなんだ。だとするとそれは多分、夢に蘇生プログラムが施されてるね」
「蘇生プログラム?」
「致命傷を受けたら、死の直前に回復するプログラムがあるんだよ。ただ、このプログラムは容量を圧迫するから不要であれば、ないに越したことはないって。わたしなんかは、恋人と旅行したり行動範囲が広かったから容量の問題で蘇生プログラムはなかった」
春斗はピエロに首を切断されたときのことを思い出す。人間は首を切断されてから、何秒かは意識があるという。思えば首を撥ねられた後に数秒間、微かに意識があったような気がする。あれは絶命していなかったということか。
「わたしから話せるのはこれくらいかな。二人から何か質問はある?」
夏美が口を開いた。
「夢屋はどういった仕組みで夢を作ってるんですかね。人まで呼び出すなんて、普通に考えたらありえないですし」
「ああ、それはわたしも聞いてみたんだけど……」
「やっぱり教えてもらえませんでしたか?」
「いや、教えてくれたんだけど、半分くらいしか理解できなかった」
「夢屋はなんて?」
「夢屋が言うには、三次元で暮らすわたしたちは、より高次元で暮らす世界の住人のプログラミングによって生み出されているんだって。それは三次元のわたし達が、二次元のゲームを作るように。そこで夢屋は、高次元世界の住人が作ったプログラムに部分的に介入することで、夢を作成できるようになったと言っていた」
到底、信じられない。しかし、他人の夢に呼び出されるということがすでに非現実的だ。
班目は言葉を続ける。
「夢屋曰く、映像データを通して作成者の脳に小規模な宇宙を創っているらしいよ。夏美さんや春斗君のような参加者はその宇宙に呼び出されてるんだとか。だから夢というよりは、
夏美は首を傾げた。
「ワープですか? でも肉体はこっちの世界にとどまってますよね?」
「夢の方にも君たちの肉体が用意されているんだよ。だから意識だけを夢の中に飛ばして、そっちの肉体と同期しているとか。夢屋はそんなことを言ってたよ」
春斗は最大の疑問を班目へぶつける。
「夢屋って一体何者なんですか……?」
「わたしも何者かまでは――あ、でも外国の人だと思う」
「外国の人ですか?」
「うん。最初に送ってきたメッセージが英語だったんだよ。『I am a dreammaker』って名乗ってきて。わたしは英語は読めるんだけど、発信するのは苦手で。英語には慣れていないと伝えると、日本語のやり取りに変わった。そこで『日本語で言うならわたしは夢屋だ』とか言ってた」
「なるほど」
春斗は頷き、さらに質問を重ねる。
「ちなみに班目さんは夢屋と連絡は取れますか?」
「いや、もう連絡は取れない。二年前に恋人が亡くなってね。それを夢屋に伝えると連絡がつかなくなった。もともとわたしは恋人の病気のことをSNSに書き込んでいて、夢屋はそれを見て接触してきたんだと思う。夢の中でわたしと恋人に最期の時間を過ごさせるために。だから恋人が亡くなった時点で、連絡をしてこなくなったのかなってわたしは思ってる」
「そうだったんですね……」
「他に質問は?」
春斗は夏美を見た。
「夏美は何かある?」
「じゃあ、最後に一つだけ。わたしたちはこれまで二度、ナイトメアゲームに巻き込まれているんですが、一度目のゲームの後、一か月ほど時間が空いています。これには、理由があるんですか?」
「それは夢屋が夢のデータを作るのに一か月ほど時間を要するからだと思う。少なくともわたしに夢を作ってくれた夢屋はそう言ってた。だからわたしも一か月に一度だけしか、見たい夢を見ることはできなかった」
「なるほど……。ありがとうございます」
班目は苦笑した。
「ナイトメアゲームのことはわからないから、あんまり力になれなかったかもしれないけど」
夏美は胸の前で手を振った。
「いや、そんなことはないです。助かりました」
「じゃあ、これで。また何かあったら気軽に連絡して。力になれることがあったら、力になるよ」
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