2-8

   ※※※※


 まだ大杉は部屋に入っていない。しかしドアノブに手をかけている。春斗は慌てて大杉のもとへ駆け寄った。


「大杉さん、部屋に入ると死ぬ可能性があります」

「なんでだ? 俺と双子で二十一が作れる。死ぬことはない」

「それは大杉さんの数字が『12』だった場合です」

「何を言ってる? 俺の部屋番号は『12』だ。だから『12』だろ」


 冬木が横から口を挟む。


「山吹君は自分たちが助からないと考えて、いい加減なことを言っているのかもしれません。大杉さんクリアしたいなら中へ」

「違います!」


 春斗は思わず声を張り、大杉が部屋に入らぬよう、早口で言葉を続ける。


「ブラックジャックでは、『11』『12』『13』といった数字は全て『10』としてカウントされることを知りませんか? だから大杉さん『12(10)』がサリさん『6』とマリさん『3』と部屋にはいると『19』となり、『20』のボスには勝てないかもしれないんです」


 大杉は目を見開いた。


「そういやそんなルールもあったな。状況が特殊すぎて忘れてた」

「だから部屋に入るのは待ってください」


 春斗が言うと、大杉はドアノブから手を離した。

 冬木が手を叩く。


「そのルールは失念していた。助かったよ、山吹君。危うく大杉さんたちをぼくの案で殺してしまうところだった」


 冬木のしらじらしい態度に春斗は顔をしかめる。おそらく冬木は大杉たちを利用し、このゲームの法則を明らかにしたうえで、自らが助かる腹積もりだったのだ。

 ちなみにそれはどういうことか。

 本来のブラックジャックであれば、今、春斗が言ったように『11』『12』『13』といったカードは全て『10』として計算される。ただ、今回のゲームではどのような処理をされるか定かではない。というのもボスの部屋番号が『20』だからだ。トランプに『20』というカードはない。つまり今回のブラックジャックに関して言えば、『11』『12』『13』は額面通りの数字として処理される可能性もなくはないのだ。

 冬木は自らの『13』という数字が額面通り処理されるのか、あるいはブラックジャックのルールにのっとり、『10』として処理されるのか、それを確定させることができなかった。だから『12』の大杉を先に行かせた。

 ここで大杉が死ねば、十以上の数字は全て『10』としてカウントされることがわかり、一方で大杉がクリアすれば十以上の数字は額面通りカウントされることがわかる。

 大杉が先に行くことで自らがリスクを負わず、このゲームの法則を明らかにすることができる。冬木はそう考えた。そしてさらに冬木は大杉が死ぬ可能性が高い――つまり『11』以上の数字は全て『10』として計算される可能性が高いと考えていたはずだ。それはヒントに“引き分けが勝負の分かれ目”という文言があるからである。

 このブラックジャックでは誰もリスクを負わず、法則を明らかにする方法が一つだけある。それは『11』の部屋番号を持つ者と『10』を組み合わせてボスに挑むことだ。

 仮に『11』が額面通り処理されるのであれば『11』+『10』で『21』になり、『20』のボスに勝利することができる。一方で『11』が『10』と処理されたとしても『10』+『10』で『20』となり、ボスと引き分けることができる。

“引き分けが勝負の分かれ目”というヒントは、ボスと引き分けることで、法則を明らかにせよと暗に示しているのだ。裏を返せば『11』『12』『13』は『10』である。そう示しているともいえる。

 冬木はこれに気付いていた。だから柳か夏美のどちらかが『11』の数字を割り振られていると予測していただろう。しかし冬木には二人を待つ余裕はなかった。それは冬木が『13』だからだ。全員が揃って『21』を作ろうとしたとき、大きい数字はどうしても不利になる。だから冬木としては全員が揃う前にクリアしておきたかった。

 ちなみに冬木の思い描く理想のシナリオはこうだったはずだ。

 大杉『12(10)』、サリ『6』、マリ『3』がヴァンテアンに敗北することで、自らの数字を『13』ではなく『10』と確定させる。ナイトメアゲームでは一度死んでも蘇生するため、死んだサリ『6』と再び合流。さらに部屋で待機している蒼井『5』を連れだし、自らの『13(10)』と組み合わせ、ゲームをクリア。春斗と秋彦が部屋から出ていこうとした時、冬木が蒼井を率先して引き止めたのはこれが理由だろう。冬木にとって蒼井は自らが勝利するために必要なピースだったのだ。

 ただ春斗は、冬木の思惑を明かすつもりはなかった。飽くまでこれは推測の域を出ないし、仮に事実だとしても明かせば衝突が起きる。今はクリアすることが先決だ。


「てめえ、また俺を殺そうと……」


 大杉が冬木に掴みかかった。


「誤解です。本当に失念していたんですよ。申し訳ない」


 春斗は二人のにらみ合いに割って入り、大杉を冬木から引きはがす。


「そんなことよりもみんなでクリアしましょう」


 冬木は春斗を見た。


「残りの二人の部屋番号は?」

「『11』と『4』です」


 冬木は表情を緩めた。


「よかったよ」


 大杉が不愉快そうに顔をゆがめる。


「よかったって何がだよ」


 春斗がその疑問に答える。


「十一以上の数字が全て『10』として処理されるのであれば、参加者の合計値が二十一の倍数である六十三となり、全員がクリアできるんです。おそらくですが、このゲームは全員が助かるようにできてるんです」





 シャンデリアが点灯し、黒い男――ヴァンテアンが現れる。春斗『7』と柳『11』とマリ『3』は、肘掛椅子に着座した。


「引き分けだ。メンバーを入れ替えたまえ」


 ヴァンテアンはその言葉を残して消え去る。これによって十一以上は『10』としてカウントされることが明らかになり、全員が助かることが確定した。

 そこで参加者は三つのグループを形成する。


 柳 『10』、サリ『6』、蒼井『5』。

 大杉『10』、秋彦『8』、マリ『3』。

 冬木『10』、春斗『7』、夏美『4』。


 柳のグループから入室し、ヴァンテアンと向かい合う。三人が肘掛椅子に座るとヴァンテアンは高らかに宣言した。


「君たちの勝ちだ」


 その言葉と共に三人は椅子の上から消失した。悪夢から目覚めたのだろう。春斗の周りにいる他の参加者からどよめきに似た歓声が上がる。

 次に大杉のグループが入室し、ヴァンテアンは参加者の勝利を宣言する。

 最後に春斗たちが残された。

 

「冬木さんはこのゲームの法則を明らかにするため、あえて大杉さん達を先に行かせようとしたんですか?」

 

 春斗は訊ねてからこの質問の仕方では否定されると思ったが、冬木は口の端に笑みを浮かべた。


「そうだとしたら?」


 春斗は眉を顰める。


「そうなんですか……?」


 冬木は軽薄に笑う。


「肯定も否定もしないでおこう。ただぼくは、これまでもこれからも自分が助かることを優先する。たとえ誰かを犠牲にしようともね」


 もしナイトメアゲームが続くのであれば、冬木の存在は相当、厄介なことになる。春斗はそう確信した。

 最後に春斗たちのグループがガラスの部屋に入り、着座する。


「君たちの勝ちだ」


 ヴァンテアンの言葉を聞くと、春斗の眼前が白く染まった。

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