2-7

 夏美と合流したことで全員が揃ったため、春斗は冬木たちにもブラックジャックのことを伝えるつもりだった。しかしそれはできなかった。冬木の部屋に戻ってくると、蒼井以外の四人が部屋から消えていたのだ。


「あれ? あなた一人だけですか?」


 柳が自己紹介もせず、残っていた蒼井に訊く。


「うん。みんな二十番の部屋に向かっちゃった」


 この光景を見て、春斗は強い違和感を覚えた。

 秋彦が眉を顰める。


「何があったんですか?」

「冬木君が――」


 ※※※※


 少し時間をさかのぼる。冬木は春斗と秋彦が部屋から出ていくのを見送り、ほくそ笑んだ。これで邪魔者は消えた。


「ヴァンテアン……」


 冬木は周りに聞こえるようにつぶやき、あたかも閃いたかのような雰囲気を装う。


「そうか。そういうことか」


 冬木の演技に蒼井が喰いついた。


「冬木君、何かわかったの?」

「ええ。対決内容がわかりました」


 蒼井は目を白黒させる。


「ホント?」

「はい。ヴァンテアンという言葉に聞き覚えがあったんですけど、今思い出しました。ヴァンテアンはフランス語で二十一を意味します」


 思い出したというのは嘘だ。春斗からボスの話を聞いたときには、すでにわかっていた。もちろん対決内容が部屋番号を使ったブラックジャックであるということも。それでも冬木は情報を伏せた。それは自分の部屋番号が『13』だったからである。

 冬木の『13』は、秋彦の『8』と組み合わせて二十一を作ることができる。ただし『13』という数字はサリの『6』と春斗の『7』を合わせても作ることができてしまう。つまりより多くの人間を救おうとすると、数字の大きい冬木は不利になるのだ。だから情報を明かすタイミングを計っていた。


「ヒントに勝負のカギはボスの名前とありましたよね。つまり二十一が勝負の鍵なんです。そしてボスの正体は黒い男――ブラックジャックです。だから対決内容はブラックジャックで間違いないでしょう」


 冬木はそう言うと、部屋番号を使って対決することも伝える。


「そこで大杉さんに提案です。『12』の大杉さんは、残り九で二十一を作ることができます。つまりサリさん(6)とマリさん(3)の二人と組めばヴァンテアンに勝つことができます。だから山吹君たちが戻ってくる前に大杉さんは、二十番の部屋に行ってゲームから抜けた方がいいと思います」

「『13』のお前と蒼井(5)とマリ(3)でも二十一になるじゃねえか。お前、俺を先に行かせて実験台にしようとしているだろ」


 その通りだ。対決がブラックジャックだとすると、このゲームにはもう一つ落とし穴がある。そのため、冬木としては先に大杉をいかせて様子を見たかった。自分が確実に助かるために。しかしそれを悟らせないように言葉を尽くす。


「違いますよ。これは十中八九ブラックジャックです。前回、ぼくは大杉さんを見捨ててしまった。だから今回はあなたを救いたいと思ってるんですよ。償いたいんです」

「信じられねえな。まあ、仮にお前に償う気持ちがあるとしても、一番最初には行かねえ。俺はこれが確実にブラックジャックとわかってから抜けさせてもらう」

「大杉さん、わかってませんね」

「あ? 何がだよ」

「大杉さんの部屋番号は『12』です。数字が二番目に大きいんですよ。『12』という数字は『7』と『5』を足しても作れる。より多くの人を救おうとすれば、小さい数字が優先されます。つまり『12』の大杉さんは、全員で二十一を作ろうとしたときにあぶれる可能性が高いんです。大杉さんの場合、今、行っておかないと、下手したらまた悪夢に閉じ込められることになりますよ」


 大杉は何か言いたげに冬木を見たが、黙して顎に手を当てた。熟考しているのだろう。大杉は感情的な人間だが、理屈が通じないほど馬鹿ではない。冬木にとって、もっとも扱いやすい人間だ。


 ――あと一つ背中を押せば、奴は落ちる


 冬木は蒼井とマリに視線を配る。


「大杉さんが行かないのであれば、蒼井さん(5)、マリさん(3)、ぼく(13)と行きましょう。ぼくらを合わせれば二十一になります。他の参加者との数字の兼ね合い次第では数字が小さいからといって、確実に抜けられるわけではありません。ですから二十一を作れるうちに抜けることが得策です」


 大杉が「待てよ」と声をあげる。


「行かねえとは言ってねえだろ」


 ――かかった


 冬木は内心で笑うが、表には出さない。


「大杉さん、どうしますか? なるべく早く決めてください。数字が大きいぼくと大杉さんは、山吹君たちが帰ってくる前に動いた方がいい」

「そこが解せねえんだ」

「そこというと?」

「お前も数字がでかい。それなのになぜ先に俺を助けようとする?」

「さっきも言いましたが、贖罪しょくざいですよ。前回のゲームでのことは悪いと思ってるんです」


 大杉は表情をゆがめた。

 もう一押しだ。

 冬木は言葉を続ける。


「まあ、大杉さんが行かないならぼくが先に行かせてもらいます。その時、ぼくはマリさん(3)を使うことになるので、ぼくが勝利したら大杉さんはマリさんを使うことができなくなる――つまりここにいるメンバーだけでは、ゲームから抜けることができなくなります。それでもいいですか? よければぼくが先に行かせていただきます。その時は、恨みっこなしでお願いしますよ」

「待て。俺が先に行く」


   ※※※※


 春斗は蒼井から事の顛末を聞いて唇をかんだ。もしかすると冬木は最初からブラックジャックだと気づいていたのかもしれない。そして抜け駆けを企んでいた。春斗が情報を伏せていたのは、こういった抜け駆けが起きないようにするためだったが、出し抜かれたようだ。


「冬木さんが二十番の部屋に向かったのはいつですか?」

「今さっきだよ。サリマリが行くのに結構渋って。説得に時間がかかってたから」

「それならまだ間に合うかもしれない。大杉さんたちを助けないと」


 春斗はそう言って、扉の方に足を向ける。

 蒼井が首を傾げた。


「大杉君たちを助ける? 大杉君はサリマリと『21』を作ってるわけでしょ? クリアできるのに助けるの?」

「いや、下手したらクリアできず、大杉さんと双子は死にます」


 もしかすると冬木はそれを狙っているのかもしれない。


   ※※※※


 冬木は大杉と双子と共に二十番の部屋の前までやってきた。


「この中に入るとヴァンテアンとやらが現れるんだよな……」


 さすがの大杉も不安そうな顔をしている。


「ええ、そうらしいです。なるべく早く済ませた方がいいと思います」


 冬木は言いながら階段とエレベーターに目を走らせた。春斗たちが現れたら面倒なことになる。


「えー、本当に入るのー? 怖いんだけど」「本当に最初にわたし達が入らなきゃだめなの?」


 この期に及んで不満げなサリマリに冬木は舌打ちをしそうになる。


「ダメというわけではありませんが、さっきも言ったように全員が揃って『21』を作ろうとしたとき、あぶれる可能性は誰にでもあります。だから助かりたいなら行けるときに行くべきです」

「ふーん。じゃあ、行く?」「そうだね。ピエロのいる夢に閉じ込められると最悪だし」


 大杉がドアノブに手をかける。


「それじゃあ行くぞ」

「ちょっと待ってください!」


 不意にフロアにそんな声が響き渡った。声の方に目をやるとエレベーター内に山吹春斗が立っていた。そこには他の参加者もいる。

 冬木はそれを見て、思わず舌打ちをした。


 ――間に合わなかったか

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