2-6
「七階と九階、どっちを先に調べる?」
冬木の部屋を出た後で、廊下を歩きながら秋彦が言った。
「七階。九階の階段の前には、さっき地図を置いておいたから、九階の参加者は自力で冬木さんの部屋にたどり着けるかもしれない」
「なるほ――ちょっとストップ」
秋彦が唐突に足を止めた。
春斗は首を傾げる。
「どうした?」
「何か聞こえないか?」
そう言われて春斗は耳を澄ませる。
床を断続的に打つ音がかすかに聞こえた。
「これは足音……?」
それは段々とこちらへ近づいてくる。逃げるかどうか判断をくだすまえに前方の廊下に人影がさした。それを見て、春斗は目を丸くする。
「柳さん」
人影は柳竜二だった。一瞬、柳はピエロに追われているのかと思ったが、慌てている様子もなければ、ピエロの姿も見えなかった。
「おお、春斗」
柳は安堵したように言うと、秋彦を認めて目を見開いた。
「秋彦! 無事だったのか?」
「まあ、なんとか」
柳は春斗と秋彦に近づいてくる。
「二人は何をしてるんだ?」
その問いに春斗が答える。
「柳さんと夏美を探してたんです」
「そうだったのか。夏美は?」
「まだ見つかっていません。なので、今から探しに行きます」
「それなら俺も同行しよう」
「ちなみに柳さんは何階で目覚めましたか?」
「俺は九階で目覚めた。それで階段で地図を見つけて、急いでここまで来たんだ」
秋彦が春斗を見た。
「それなら夏美は七階だな?」
「移動してなければ、おそらく」
柳が首をひねった。
「それはどういうことだ?」
「ぼくらは夏美以外の参加者全員とすでに会っていて、各参加者の目覚めたフロアがバラけていることがわかったんです。十階にはボスがいるので、残った七階に――」
「夏美がいるかもしれないってことか。でももうボスを見つけたんだな。他にわかったことは?」
「他には――いや、詳しい話は夏美を見つけてからにしましょう」
情報交換をそこそこに三人は階段で七階に下りる。床に地図を置くのを忘れない。その後でフロアを探索する。迷宮を思わせる入り組んだ廊下は障害のようで、その実、ピエロから逃げるには都合のいい目隠しとして機能した。
分岐に当たる度、壁の先を警戒しながら進めば、たとえピエロを見かけても道を引き返すことで簡単に巻くことができるとわかった。おかげで難なく七階にある部屋を発見した。部屋のプレートには『4』と書かれている。
春斗は扉を開けようと試みるが、鍵がかかっていて、開かない。扉はオートロックではないため、誰かが中にいる。
「夏美、いないか? いたら開けてくれ」
春斗が呼びかけると、間もなく鍵の開く音がした。それから扉が開き、夏美が顔をのぞかせた。
「春斗、柳さん」
夏美は言うと、秋彦に目をとめた。
「秋彦! 無事だったの?」
どこかで聞いた文句に秋彦は苦笑する。
「まあ、なんとか」
「とりあえず中へ入って」
三人が入室すると夏美は鍵をかける。部屋の間取りは他の部屋と変わらない。洋室があり、奥に和室がある。
「夏美はずっとこの部屋にいたのか?」
言いながら秋彦は部屋を見回す。
「うん。それよりなんで三人は一緒に?」
「ああ、それを含めて話したいことがある」
春斗はそう言ってから柳を見る。
「柳さんにも」
春斗はそう前置きをして、ここまでの経緯をかいつまんで話す。他にも参加者がいること、ヴァンテアンや二十番の部屋のこと……。
冬木が対決内容に気付く前に部屋に戻りたかったため、どんな参加者がいるかなどの詳細は省き、できる限り手短に伝える。
「もうそこまで話が進んでたんだね……」
夏美は神妙に言った。
柳は嘆息し、腕を組む。
「でも肝心の対決内容がわからないのか」
「それなんですが、実は見当がついてます」
春斗が言うと三人は目を丸くし、「え?」と声をそろえた。
「おそらくボスとの対決はブラックジャックです」
夏美が首を傾げた。
「ブラックジャックってトランプの? 配られたカードを二十一に近づけるあれのこと?」
「そう」
秋彦が両手を広げて肩をすくめる。
「でもそれだと一人だと勝てないってのは、おかしくないか? ブラックジャックなら一人で十分だろ」
「ブラックジャックといっても実際にカードが配られるわけではないんだ。いや、すでに配れられていると言った方が正しいかもしれない」
「どういうことだ?」
「カードの強さはおそらく部屋番号。ボスの部屋番号は二十。そのボスに勝つには俺たちの部屋番号を組み合わせて二十一を作るしかない」
柳は納得していない様子で小さく唸った。
「うーん……。でもそれは、思い付きが過ぎないか? 他に根拠は?」
「根拠はいくつかあります。まずボスには一人では勝てないという点――ちなみに柳さんの部屋番号はいくつでしたか?」
「俺は十一だった」
「これで参加者全員の部屋番号がわかりましたが、参加者の中に二十一の部屋番号を持っている人はいない。つまり二十番のボスに勝利するには二人以上で、二十一を作らなければならない。だから一人では勝てない」
「他には?」
「次に対決に参加できるのは五人までという点です。ブラックジャックでは、五枚のカードが二十一を越えなければ、ファイブカードチャーリーと言ってそれだけで勝ちなんです。つまり六人以上の参加は不要。だから参加者は五人までなんだと思います。それともう一つはボスが黒い男だったという点。言うまでもなくブラックは黒を指します。一方でジャックには男という意味が含まれているんです。ヒントの中にボスの正体と名前が勝負のカギとあったのを覚えていますか? つまり黒い男――ブラックジャックが勝負のカギなんです」
「名前、ヴァンテアン……」
柳は思案げにそうつぶやき、はっとしたように顔をあげた。
「そうだ。ヴァンテアンには、二十一って意味があったはずだ」
「それなら確実ですね。ぼくは、ヴァンテアンの意味は知りませんでしたが、ボスの名前であるヴァンテアン――二十一――が勝負のカギというならこの推測で間違いないと思います。冬木さんの部屋番号が十三というのもおそらくヒントです。九人の参加者にランダムに振り分けられた番号の中で一番高い数字が十三というのは、トランプを示唆しているとしか思えませんから」
秋彦は安堵の表情を浮かべる。
「これでクリアできる……」
「いや、安心するのはまだ早いんじゃない? 春斗、他の人の部屋番号を教えてくれる?」
夏美にそう言われて、春斗はメモを渡す。ちなみに各参加者の部屋番号はこうだ。
マリ 部屋番号『3』
夏美 部屋番号『4』
蒼井 部屋番号『5』
サリ 部屋番号『6』
春斗 部屋番号『7』
秋彦 部屋番号『8』
柳 部屋番号『11』
大杉 部屋番号『12』
冬木 部屋番号『13』
「これ、まずいよ……」
夏美はメモを見ながら表情を暗くした。
秋彦が不安そうに顔をゆがめる。
「何がまずいんだ?」
「参加者全員の部屋番号を足すと六十九。二十一の倍数じゃない」
「それがなんだよ?」
「いくつかのグループに分かれて二十一を作ろうとすると、どうしても二十一を作れない人が出てくる。つまりボスに勝てない人が出るってこと」
秋彦の顔が途端に青ざめる。
「勝てないってことは、誰かが悪夢に残るってことか? 俺は、絶対嫌だぜ。もう二度とあんな経験は……。春斗、どうにかならないのか?」
「まだ全員が対決に勝つ可能性は残されてる」
夏美は訝し気に目を細めた。
「どうやって勝つの?」
「確証はないんだけど、ただ、鍵は柳さんが握ってる」
春斗がそう言うと柳は目をしばたたかせた。
「え、俺?」
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