2-5

 「ようこそ。ナイトメアゲームへ」


 合成音声のような声と共に部屋の中央に黒いもやが発生する。春斗は目を凝らして、身構えた。靄は人型を形成している。輪郭は定まらず、どす黒い炎のようにも見えた。


「わたしの名前はヴァンテアン。今回のボスである」


 ボスの名前がヒントになっているという話だ。ヴァンテアン……。春斗はその名を頭の中に書き留めた。


「わたしに勝利すれば、君たちは悪夢から目覚めることができる。ただし敗北すれば死が待っている。だから対決するかどうかは慎重に決めることをおすすめしよう」

 

 秋彦が訝りの目を向けた。


「対決しなくていいのか……?」

「ああ、そうだ。対決の意思がないのであれば、今すぐそこの扉から出ていくといい。止めはしない」

「ちなみにどんな対決なんだ?」

「君たちが選べるのは対決するか、しないか。それだけだ」


 ヴァンテアンはそう言うと、前方に手を向けた。


「後ろを見たまえ」


 春斗と秋彦は振り向いた。するとそこには先ほどまでなかった五脚の椅子が置かれていた。


「君たちがその椅子に座ったとき、こちらは対決の意志ありと判断する。ちなみにこの部屋に入室し、対決に参加できるのは五人までだ。もちろん一人や二人で戦ってくれても構わない。五人までであれば、何人で対決するかはそちら次第だ。勝利で悪夢からの解放、敗北で死、引き分けの時はメンバーを入れ替えたまえ」

「だから何をして戦うんだよ」


 秋彦が苛立たし気に言った。


「もう一度言う。君たちが選べるのは対決するか、しないか。それだけだ。さあどうする?」


 ヴァンテアンの話を聞いて、対決がなんなのか、閃きそうな予感があった。だから時間がほしかった。もう少しヒントがあれば……。

 春斗はヴァンテアンに質問をぶつける。


「対決を辞退することにリスクはあるのか?」

「いや、リスクはない」


 春斗は頷き、秋彦を見る。


「ここは一回出よう。情報を整理したい」


 春斗と秋彦は入ってきた扉から部屋を後にする。二人が部屋を出るとシャンデリアの明かりが消え、辺りは暗闇に包まれる。そして間もなくフロアの明かりがついた。ガラスの部屋を見るとヴァンテアンと五脚の椅子は消えていた。

 部屋の外で成り行きを見ていた蒼井が駆け寄ってくる。


「無事でよかったよ」


 秋彦が苦い顔をした。


「でも対決がなんなのかは、わかりませんでした。春斗、何かわかったか?」

「いや、まだ何も」


 言いながら春斗はスマートフォンの画面に目を落とす。

 秋彦が首を伸ばし、画面をのぞき込んでくる。


「何を見てるんだ?」

「ゲームが始まったときにもらったヒントだよ。さっきのヴァンテアンの言葉と合わせて何かわからないかなって」


 ヒントはこうだ。ボスの名前と正体が勝負のカギ。ボスが待機しているのは二十番の部屋。ボスは一人では倒せません。ナイトメアゲームの参加者は九人。引き分けが勝負の分かれ目……。


「そういえば、さっきのボスって黒い男だよね」


 蒼井の言葉に春斗は顔を上げる。


「え?」

「ほら、本日のクリーチャーって書かれたところに黒い男って書かれてるでしょ? これじゃないかなって」

「ああ、そうで――」


 言いかけて春斗はひらめきを得た。黒い男、二十番の部屋、対決は五人まで、冬木の部屋番号、一人では倒せない……。


 ――そうか。対決というのは……


 蒼井が首を傾げた。


「どうかした? 何かわかった?」

「いや、なにも」


 これは嘘だ。春斗は対決内容を看破した。しかしまだ伝えるわけにはいかない。今言えば対決の性質上、抜け駆けや仲間割れが生じる恐れがある。内容を伝えるのは、参加者が全員そろってからだ。


「とりあえず冬木さんたちに報告しましょう」




 

 冬木の部屋に戻ってくると参加者が二人増えていた。二人とも女性で、どちらも同じ顔をしている。双子のようだ。着崩した学生服、派手なネイル、前髪メッシュ……。彼女達からは派手な印象を受ける。二人はエレベーターで地図を見つけて、この部屋までやってきたという。

 春斗は二人の顔に見覚えがあった。

 どこかで見たことが……。

 そう思っていると隣で秋彦が声をあげた。


「サリマリ?」


 それを聞いてはっとする。

 この双子は有名なインフルエンサーだ。若者の代弁者として熱烈なファンがいる一方で、アンチも多いという話だ。

 双子は春斗と秋彦を見て鼻で笑った。


「この二人、誰?」「この前はいなかったよね?」


 サリマリの問いに蒼井が答える。


「他の参加者だよ。山吹春斗君と伊調秋彦君」

「ふーん」「そうなんだ」


 どちらがサリでどちらがマリなのか春斗には見当もつかない。

 冬木は椅子の上で腕を組み、不可解そうに首を傾げた。


「山吹君と秋彦君は二十番の部屋に入ったんだよね? どうして戻ってこれた?」


 できれば情報を伏せておきたかったが、そういうわけにもいかない。春斗と秋彦は二十番の部屋であったことを全員に伝える。

 双子と大杉は聞き流しているような様子だったが、冬木は情報を咀嚼するように聞き入り、時折、質問を返してきた。

 全て話し終えると冬木は思案げに顎に手を当てた。


「ヴァンテアンねえ……」


 もしここで冬木に対決内容を明かされたら、面倒なことになる。


「冬木さん、何かわかりました?」


 春斗が訊くと冬木は口の端に笑みを浮かべた。


 ――気付いたか? 


 そう思ったが、冬木は首を振った。


「いや、なにも」


 春斗は安堵する。ただそれを気取られぬよう神妙に相槌を打った。


「そうですか」


 隣で秋彦が「五、六、七……」と呟いた。

 春斗は秋彦を見る。


「え、なにか言った?」

「ああ、いや。ここに何人いるのかなと思って。参加者は九人だろ? 今、この部屋に七人いるから残り二人だ。前回と同じ人がゲームに参加しているなら、残りは夏美と柳さんかなって」

「ああ。それは俺も考えてた。だから夏美と柳さんを探しに行きたいと思ってる」

「探す? エレベーターと階段に地図を置いたからわざわざ探しに行かなくても向こうから来るんじゃないか?」

「そうかもしれないけど、俺としてはなるべく早く合流したい」


 できれば冬木が対決内容に気付く前に。


「でも探しに行って見つかるか?」

「もし二人が動いてなければ、割と簡単に見つかるはず」

「簡単に? どの階にいるかわからないのに、どうやって?」

「俺に考えがある」


 春斗はそう言って、一同を見回した。


「すみません、ちょっといいですか。皆さんがどの階で目覚めたかを教えていただきたいのですが」


 大杉が首をひねった。


「そんなことを聞いてどうする?」

「参加者は九人でフロアは十。ボスが最上階にいるので、それを除くとフロア数は残り九。なので参加者は一人ずつ各フロアで目覚めたんじゃないかなって思っているんです。この仮説が正しければ、皆さんが目覚めたフロアがわかると、残りの二人が目覚めたフロアを導き出すことができます。ぼくはその二人を探しに行きたいと思っているので、皆さんが目覚めたフロアの階数を教えてほしいんです」


 大杉は納得したようにうなずいた。


「そういうことか。俺が目覚めたのは二階だった」

「部屋番号は?」

「十二だ。でも部屋番号は必要か?」

「一応、念のためです」


 同じ要領で他の参加者にも聞き、それをメモに記す。


 秋彦 一階 部屋番号『8』

 大杉 二階 部屋番号『12』

 サリ 三階 部屋番号『6』

 マリ 四階 部屋番号『3』

 春斗 五階 部屋番号『7』

 蒼井 六階 部屋番号『5』

 冬木 八階 部屋番号『13』


 予想通りだ。目覚めたフロアがばらけている。春斗はメモから目線を上げ、再び一同を見回す。


「もう一つ聞きたいんですけど、ここにいる皆さんは、前回のナイトメアゲームにも参加していましたか?」


 全員が肯定の意を示した。これを考えると第一回目の参加者と第二回目の参加者は同じなのかもしれない。だとすれば、残った二人は柳と夏美だろう。そして二人がいるのは、ここにいる誰もが目覚めていない七階と九階である可能性が高い。 


「七階と九階に残った二人の参加者がいるかもしれないので、二人を探しに行ってもいいですか?」


 春斗が言うと、秋彦が「俺も行くぜ」と言った。

 冬木が苦言を呈すかとも思ったが、意外にも肯定的な反応を見せた。


「ぼくもそれには賛成するよ。対決内容がわかっていない以上、残る二人の知恵も借りたいしね。ただ、また山吹君と秋彦君に頼んでもいいのか?」

「ええ。残りの二人はぼくらの知り合いの可能性が高いので、ぼくと秋彦が行くのがいいと思います」

「再三、山吹君たちに頼んで悪いね」

「いや、全部ぼくが言いだしていることなので」

「それじゃあ、頼むよ」


 蒼井が手を挙げた。


「わたしも春斗君たちに同行するよ。二人ばかりにリスクを負わせるのは申し訳ない」


 今回は蒼井の同行は不要だ。やんわりと断る理由を探していると春斗よりも先に冬木が口をひらいた。


「それはおすすめできません。今回は三人で行く必要がないですからね。それに蒼井さんはあまり運動が得意ではないですよね。こう言っちゃ悪いですが、蒼井さんは二人の足でまといになりかねない。ピエロに遭遇して三方向に別れて逃げた時、一番遅い蒼井さんがターゲットになる可能性は高いでしょう。そんな蒼井さんを二人が見捨てられるとは思えません。二人とも正義感が強いみたいですから。無理な動きをして、蒼井さんを助けようとするかもしれない。その結果、二人とも殺されるなんてケースも考えられます」

「そうだね……。確かにわたしは行かない方がいいね」


 蒼井は表情を暗くして言うと、顔をあげてすぐに笑顔を作った。


「それじゃあ春斗君と秋彦君、気をつけて」

  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る