2-4

「殺し合い……?」


 蒼井がそう言って、眉をひそめる。


「俺たちが部屋に入ったら、ボスとやらが現れて殺し合いをさせられるんじゃねえの」


 大杉が言うようにその可能性もあるだろう。

 冬木が椅子に座ったまま参加者を見回した。


「それでどうしますか。誰かがボスのいる二十番の部屋に入らないことには何もはじまらない」


 沈黙が落ちる。

 この反応を予測していたかのように冬木は言葉を続けた。


「そりゃあ皆さん、部屋には入りたくないですよね。ボスの正体も対決も何もわからないんですから。そこでぼくにいい考えがあります」


 蒼井が首を傾げた。


「いい考え?」

「ええ。そうです。今、ここには五人がいます。そして参加者は九人。ということは、まだ他に四人の参加者がいるというわけです。そこで、その四人に二十番の部屋に入ってもらえるように仕向けましょう」


 大杉が訝りの目を向ける。


「どうやって?」

「我々五人が二十番の部屋に入ったことにするんです。そして四人にはこう言います。五人で入ったが、何も起こらず途方に暮れてる。試しに君たちも入ってみてくれないかって。それで四人が部屋に入ってくれたら対決内容やボスの正体がわかるかもしれない」


 秋彦が険しい表情をする。


「騙すってことですか?」

「まあ、そうだね。心苦しいけど」


 大杉が冬木を睨みつけた。


「外道が」

「それなら大杉さんが部屋に入りますか?」


 大杉は舌打ちをする。

 冬木は鼻で笑った。


「一度は死んでも大丈夫なんです。もし何かがあれば、その時は、四人に謝ればいいでしょう」


 春斗は手を挙げる。


「それなら俺が入ってきます」

「山吹君が?」

「ええ」

「それならぼくたちは助かるけど、ずいぶんと正義感が強いんだね」


 冬木の言葉には揶揄するような響きがある。さきほど冬木の意見を無視して、メモを置きに行ったことを根に持っているのかもしれない。


「他の参加者と禍根を残すようなやり方はちょっと……。これから先、参加者同士の協力が必要なゲームが行わるかもしれないですし」


 春斗は冬木を非難したい気持ちを抑えて、言葉を選ぶ。

 言い合いになっても仕方がない。


「それじゃあ山吹君、頼んで良いかな」


 冬木は言うと、薄く笑みを浮かべた。

 その笑みを見て、陥れられたような気持ちになった。


 ――冬木さんは俺が立候補すると見越して、こんなことを言いだしたのか?


 これは考え過ぎだろうか。しかしこの男はなかなか厄介かもしれない。


「春斗が行くなら俺も行くよ」


 秋彦がそう言って春斗の肩を叩いた。


「いや、わざわざ秋彦がリスクを負うことはない」

「ボスは一人じゃ倒せない。春斗一人で行ったら、確実に負ける。だから俺も行く。二人で行ったところで、どうなるかはわからないけどさ」


 止めようと思ったが秋彦の目を見て、言葉を飲み込む。こうなったら秋彦が引かない。そのことを春斗はよく知っている。


「じゃあ、二人に頼んでいいかな?」


 冬木の言葉に秋彦は頷いた。


「任せてください」


 春斗も不承不承頷いた。


「はい、大丈夫です」


 冬木はさらに言葉を続ける。


「それともう一人が山吹君と秋彦君について行くべきだろうね」


 秋彦は首をひねる。


「なんでですか? 俺と春斗で十分でしょう」

「二十番の部屋はガラス張りで外から中が見えるんだろう? 二人に何かあったときのために、もう一人、外から部屋の中を確認する人がいた方がいい。例えばもし春斗君と秋彦君がボスに勝利し、このホテルから脱出するようなことになったら、二人はぼくらに情報を伝えることができなくなるしね」


 蒼井が手を挙げた。


「それならわたしが……」


 冬木は口の端に笑みを浮かべた。


「それじゃあお言葉に甘えて。蒼井さん、お願いします」




 

 二十番の部屋にはエレベーターではなく、階段で行くことになった。春斗は蒼井から階段の場所を聞き、地図を作ると、それを片手に冬木の部屋を出た。


「そういえば自己紹介をしそびれちゃってたね。秋彦君だっけ?」


 廊下を歩きながら蒼井が言った。


「はい。伊調秋彦です」

「わたしは蒼井梓。大学二年」

「えっ、大学生……」

「年下だと思った? 春斗君と同じ反応してる」


 苦笑する秋彦に助け船を出す形で、春斗は話題を変える。


「それにしても大杉さんが部屋に残ったのは意外だった」


 春斗としては大杉が冬木と二人きりになることを嫌がるかと思っていた。しかし文句ひとつ言わず、部屋に残った。

 そんな大杉の気持ちを秋彦が代弁する。


「大杉さんは、絶対に死にたくないんだと思う。悪夢に閉じ込められるのは地獄だから。またあの地獄に戻るくらいなら、反りが合わない相手と二人きりになるのなんて、なんてことはない」

「秋彦は、今日までずっとパルゴに?」

「そうだよ。ピエロに殺されては生き返り、殺されては生き返る。何度死んだかも覚えてない。眠ることも許されない。もう一生、あの地獄の中にいるのかと思った」


 もし悪夢が現実と同じ時間の流れをしているなら、秋彦は約一か月ものあいだピエロに殺され続けたということだ。


「でもそれなのに秋彦は、俺についてきてくれたのか?」

「まあ、前回のショッピングモールで春斗には助けてもらったしな。それにもし春斗を一人で行かせたら、今後、春斗と会うたびに負い目を感じるようになってたから。それは嫌だったんだ」

「ありがとう」

「お互い様だ」


 階段の前までやってくると春斗は床に地図を置く。ここなら上ってきた人も下りてきた人も地図を見つけられるはずだ。それから三人は十階を目指して階段を上りはじめる。


「ピエロ、全然いないね」


 蒼井が前方と後方を警戒しながら言った。

 秋彦は頷く。


「俺も遠目にちらっと一回見かけただけです。おそらくパルゴの時ほど、いないんでしょうね」

「今回のゲームは飽くまでボスとの対決がメインってことか」


 春斗は言いながら、ボスとの対決を想像して緊張した。

 九階にも同じように地図を置き、そのまま十階まで上がる。

 十階の様相はこれまでのフロアとまるで違った。全体的に空間が開けていて、フロアの中央にガラス張りの部屋が設置されている。部屋の大きさはバスケットボールコートほどだろうか。どことなく研究施設のような趣がある。

 秋彦がガラスの部屋に向かって顎をしゃくった。


「あの部屋が二十番の部屋だ。部屋の向こう側にエレベーターがあって、部屋の扉もそっちに設置されてる。だから迂回していこう」


 秋彦の先導で扉へ向かう。

 春斗は歩きながら右手に見える部屋の中を観察した。ガラスの壁は天井まで伸び、部屋は長方形になっている。床の色は緑。他に目につく物は何もない。天井にシャンデリアが吊るされているくらいだ。


「すぐに入るか?」


 扉の前まで来て秋彦が言った。プレートには『20』と書かれている。ここが二十番の部屋で間違いないだろう。

 外から見ただけでは手がかりはないに等しい。対決内容やボスの正体を知るには、中に入るほかない。


「うん。入ろう」


 春斗はそう言って、もう一度秋彦に確認する。


「俺だけが入るってこともできるぞ」

「さっきも言っただろ。俺も行くよ」


 春斗は短く頷き、蒼井を見る。


「蒼井さん、俺と秋彦は中に入ります。もし俺たちに何かあれば、部屋の中で起きたことを冬木さんや大杉さんに伝えてください」

「うん……」

「それともしピエロがこのフロアに現れたら、俺たちのことはいいので、まず自分の安全の確保をしてください」

「わかった……」


 春斗は秋彦を見た。


「それじゃあ、秋彦」

「ああ、いつでもいいぞ」


 春斗はドアノブに手をかけ、扉を引いた。扉は軋んだ音を立てながらゆっくりと開いていく。春斗が先に入り、秋彦が続く。扉を閉じると、突然フロアの照明が落ち、辺りは暗闇に包まれる。

 秋彦が息をのみ、部屋の外で蒼井が小さく悲鳴を上げた。

 間もなく部屋にあるシャンデリアが点灯し、室内に煌びやかな明かりが降り注ぐ。ガラス張りの部屋がスポットライトを浴びたかのように闇の中に浮かび上がった。


「ようこそ。ナイトメアゲームへ」

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