2-3
「ところで、さっきの部屋って、蒼井さんの部屋ではなく冬木さんの部屋ですよね?」
春斗は廊下を進みながら蒼井に訊ねる。
「うん。そうだよ。よくわかったね」
「冬木さんは、動かないタイプだと思ったので。ちなみに蒼井さんの部屋番号はいくつでした?」
「わたしは五番だった」
「何階だったかわかります?」
「多分六階かな。階段のところの壁に『6F』って書いてあったから」
「階段? 蒼井さんは階段でこの階に?」
「そうだよ」
「それならエレベーターにメモを置いた後、一度、部屋に戻って、階段の場所を教えてくれませんか? 地図を作りたいので」
「オッケー」
これで階段の場所を探る手間が省けた。
「ちなみに春斗君は何階で何番の部屋だった?」
「ぼくは五階で目覚めて、部屋は七番でした」
「部屋番号って何か意味があるのかな」
「どうなんでしょう」
そんな風に話しているとエレベーターホールに到着した。エレベーターはこのフロアで止まっている。春斗が乗ってから誰も乗っていないのかもしれない。
呼び出しボタンを押すと、すぐに扉が開いた。箱の中は無人だ。春斗は持っていたメモを中央に置く。これで誰かがエレベーターに乗り込み、メモを発見すれば冬木の部屋までやってくるだろう。ちなみにメモには部屋までのルートの他に春斗の名前と参加者に向けた簡易的なメッセージも記している。これは罠ではないということを伝えるためだ。
「誰か気づいてくれるかな」
蒼井が閉まる扉を見ながら言った。
「気づくことを祈りましょう」
春斗がホールを出るため踵を返すと「春斗君!」と蒼井が慌てたように声をあげた。
「どうしました?」
「エレベーターが動き出した」
蒼井が指す方を見ると、『8F』と表示された液晶パネルが『9F』、『10F』と上昇していく。誰かが十階でエレベーターを呼び出したのだ。おそらく乗り込んだ者は、メモを見つけるだろう。そしてメモを見つければ『8F』に降りてくるはずだ。
「陰から様子を見ましょう。ピエロが乗っている可能性がないとも言えないので」
春斗と蒼井はホールを出て、壁の影に隠れる。間もなく静寂の中にエレベーターの到着音が鳴り響いた。そして箱の中から二人の男が現れる。
彼らを見て春斗は目を丸くした。
「秋彦!」
二人のうちの一人は、秋彦だった。
秋彦は春斗に気付くと、目を大きく見開く。
「春斗……」
春斗と蒼井は二人のもとへ駆け寄った。
「秋彦、無事だったのか」
「ああ、まあな」
再会に興奮する春斗とは対照的に秋彦の表情は暗い。心なしかやつれているように見える。秋彦の隣に立つ大柄な男が自嘲するように笑った。
「無事ねえ。あれは無事とは言わねえだろ」
春斗は男に目を向けた。彼はジーンズに長袖ティーシャツといったラフな格好をしている。体つきは筋肉質で、どことなく威圧感があった。
「あの失礼ですが、あなたは……?」
「大杉。秋彦とは、ショッピングモールでピエロに殺されまくった仲だ」
秋彦が大杉の言葉を継いだ。
「大杉さんと俺は、今日までショッピングモールに閉じ込められてて……」
「そうだったのか……」
やはり秋彦は悪夢に閉じ込められていたのだ。
「大杉さん。前回は、その、ごめんなさい」
蒼井が大杉に向かって頭を下げた。
大杉の顔に怒りが差す。
「お前らのせいでな――いや、蒼井のせいじゃねえ。冬木だろ。俺は死ぬ直前にあいつがボタンを押しているところを見てるんだ」
前回のナイトメアゲームで二人は会っているのだろうか。
「でもわたしも冬木君を止めることができなかったから……」
大杉が苦虫をかみつぶしたような表情をした。
「あの場面じゃ、気が動転しても仕方ねえよ」
「ごめんなさい……」
沈黙が落ちる。二人の話の詳細が気になったが、ピエロに見つかっては面倒だ。
「ひとまず部屋に戻りましょう。話はそこで」
春斗の提案に異論は上がらなかった。
「冬木てめえ! よくも……。てめえだけは許さねえぞ……!」
部屋に戻ってくるやいなや、大杉が冬木に掴みかかった。大杉は冬木の襟元をつかみ上げ、鬼のような形相で冬木を睨む。一方で冬木は涼しい顔をしていた。
春斗は唐突な展開に当惑しつつ、慌てて冬木と大杉の間に入った。
「どうしたんですか。落ち着いてください」
二人を引き離そうとするが、大杉の力が強く、離すことができない。
「こいつのせいで、俺は悪夢に……、何度もピエロに殺されたんだ……」
「ぼくのせい? 心外ですよ。ぼくが何をしたというんですか?」
「てめえ、前回のゲームで一階に俺を置いてエレベーターで上にあがっただろうが……。俺はそこでピエロに殺されて、一か月間、ショッピングモールに閉じ込められてたんだぞ」
少しだけ話が見えてきた。二人は第一回ナイトメアゲームで出会っていて、大杉が殺される原因を冬木が作ったのだろう。少なくとも大杉はそう思っている。
「あれは仕方がなかったんですよ」
冬木はそう言って肩をすくめた。
「仕方がなかった? お前はエレベーターで待っていて、俺の逃走経路を確保するって話だっただろうが! 何、逃げてんだよ!」
「大杉さんが大量のピエロを引き連れてきたからですよ。もし大杉さんを待っていたら、エレベーターに乗っていたぼく以外の三人も死んでいました。大杉さんは、大杉さん一人の命のために四人の命を捨てろと言いたいんですか?」
大杉は唇を震わせ、乱暴に冬木の襟から手を離した。そしてぶぜんとした表情で和室と洋室の境目にあるステップに座った。一方で冬木は何食わぬ表情で襟を正し、再び椅子に座る。この場に重い空気が流れる。
秋彦が不機嫌そうにしている大杉に近づいた。
「大杉さん、あのことを話さなくていいんですか?」
「ああ、お前から話してくれ」
秋彦は頷くと、一同を見回した。
「皆さん、少しいいですか。俺と大杉さんは、二十番の部屋を見つけました」
大杉を除く全員の興味が秋彦に向いた。
二十番の部屋はボスがいる部屋だ。
春斗は訊ねる。
「どこで見つけたんだ?」
「最上階の十階。十階だけは他のフロアと作りが全然違って、エレベーターを出るとすぐに二十番の部屋があるんだ。というか、フロアにその部屋しかない。それで、その二十番の部屋はガラス張りになってて、横から中が見えるようになってる」
「部屋の中はどうなってる?」
「何もないだだっぴろい空間が広がってる。床には緑の絨毯が敷かれてて、中央の天井にはシャンデリアが吊るされてた。ただ、それだけ。それ以外には何もない。中には入ってないから、細部まではわからないけど」
続いて冬木が質問をした。
「部屋の中にボスはいた?」
「外から見る限りは、いませんでした」
蒼井が不安げに自分の腕を抱いた。
「そんな空間で何をさせる気なのかな……」
大杉が不愉快そうに鼻を鳴らした。
「殺し合いだろ」
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