対決ゲーム

2-1

 どこか寝苦しさを覚え、春斗は目覚めた。知らない部屋だ。一瞬、何が起こったのかわからない。しかしすぐにナイトメアゲームが脳裏をよぎり、飛び起きる。

 制服を着ていて、見知らぬ場所で目覚める。ここまでは前回のナイトメアゲームと同じだ。しかし目覚めた場所はショッピングモールではなかった。


 ――ここは、ホテル?


 春斗はベッドの上にいた。間接照明の淡い光が、室内をほのかに照らしている。春斗がいる洋室の隣には和室があり、窓の前には広縁がある。ポケットを探り、スマートフォンを取り出す。画面を見て、めまいを覚えた。


『第二回ナイトメアゲームへようこそ!』


 そう表示されると、画面はすぐに切り替わる。


本日のゲーム 

 対決ゲーム


勝利条件

 ボスとの対決に勝つこと

 制限時間は午前六時


本日のクリーチャー

 殺人ピエロ

 黒い男


ヒント

 ボスの名前と正体が勝負のカギ

 ボスが待機しているのは二十番の部屋

 ボスは一人では倒せません

 引き分けが勝負の分かれ目

 ボスに敗北すると死


備考

 二度死んだり、午前六時までにボスに勝てなかった参加者は、悪夢の中に閉じ込められるので注意しよう! ちなみにナイトメアゲームの参加者は九人です!


 春斗が画面に目を落としていると、以前のようにチャイム音が鳴り響いた。それから女性の声が続く。


「第二回ナイトメアゲームへようこそ! 参加者がそろいました。今回の舞台はショッピングモールではなく、ホテル! そして行われるのは対決ゲームです。二十番の部屋で待っているボスを見つけて、やっつけよう! ただし対決の内容についてはヒミツ。対決内容を看破することもゲームの内です。時間内にボスを倒せなかったり、二度死んでしまったらゲームオーバー。その時は、悪夢の中に閉じ込められるから注意してね。それじゃあ、第二回ナイトメアゲームスタート!」


 ゲームが始まってから五分が経ったが、春斗はまだ部屋の中にいた。頭の中で情報を整理し、第二回のゲームがどういったものか、また、これからどう動くべきかを検討していたのだ。

 今回のゲームの肝はボスの存在だ。前回とはそこが違う。

 脱出することではなく、対決して勝利すること。

 そこで対決がどういったものかを考えてみたが、答えは出なかった。ただ、ヒントによれば一人でボスを倒すことはできない。つまり対決がなんにせよ、他の参加者と合流する必要がある。

 合流する方法は大きく二つだ。

 参加者を探しにでるか、この場にとどまって誰かが来るのを待つか。おそらくこのゲームでは後者の方が賢い。幸いなことに部屋の扉は頑強で鍵がかかる。外にいるだろう殺人ピエロも部屋に入ってくることはできないはずだ。とすれば誰かが探しにくるのを待つ方がリスクは少ない。少なくともしばらくは様子を見るべきだ。

 春斗はそこまで考えたがしかし、部屋の外に出ることにした。全員が同じことを考えていたら状況が膠着してしまうし、混乱した誰かが何も考えず、外に出てしまう可能性もある。特に後者には助けが必要だ。

 誰かがリスクを負わなければならない。

 それなら自分がリスクを負おう。


 春斗は一通り部屋の中を検分した後で外に繋がる扉を慎重に開けた。それから顔を出し、周囲に視線を走らせる。長い廊下が左右に伸びていて、暖色系の明かりが降り注いでいる。ピエロの姿は見当たらない。

 外に出て、音をたてぬよう扉を閉める。その時、扉のプレートに『7』と書かれていることに気が付いた。部屋番号だろう。ボスは二十番の部屋にいるという話だ。ボスの部屋には『20』のプレートが掛けられているのかもしれない。

 春斗は廊下を左手に進む。そこで妙な点に気が付いた。

 部屋が並んでいない。

 てっきり春斗の部屋の隣には『6』か『8』の部屋があると思っていたが、クリーム色の壁が続いているだけで、部屋はどこにも見当たらなかった。『20』の部屋もすぐに見つかるかもしれないと思ったが、それほどあまくはないようだ。

 春斗は周囲に気を配りながら歩を進めていく。

 フロアの廊下はさながら迷路だ。道幅が狭く、時折、分岐に突き当たる。部屋がない分、廊下が不必要に入り組んでいた。参加者を道に迷わせようという意思が透けて見える。前回のパルゴは品川店というモデルが存在したが、このいびつなホテルはゲームのために作られたものに違いない。

 

 何度か道を折れると、エレベーターホールが現れた。そこにはエレベーターが一つだけ設置されている。ホールからは二つの廊下が伸びていて、突っ切れるようになっていた。

 エレベーターの上の壁に『5』と書かれている。これがフロアの階数を指しているのであれば、ここは五階ということになる。部屋番号が『7』であったため、フロアも七階なのではと思っていたが、春斗の推測は外れた。

 なぜ部屋の番号が『7』だったのか。数字に意味はあるのだろうか。ひとまず部屋番号を頭の片隅に書き留め、これからの行動を考える。


 ――このままエレベーターに乗るべきか否か


 エレベーターを降りた先にピエロが待ち構えていたらおしまいだ。できれば階段で進みたい。しかし階段は見当たらない。ここがホテルというのであれば、おそらくフロアのどこかに階段があるはずだ。まだ満足にこのフロアを探索していない。だからここでは、エレベーターには乗らず、探索を兼ねて階段を探すべきだろう。

 春斗はそう結論付ける。

 ただ、探索する前に確認しておきたいことがあった。このホテルは何階建てなのか。それが知りたい。周囲を見回してもフロアガイド等はない。

 そこで春斗はエレベーターの呼び出しボタンに手を伸ばした。エレベーター内には各フロアのボタンが設置されているはずだ。だからエレベーターに乗り込みさえすれば、このホテルが何階建てかわかるかもしれない。

 ボタンを押すと扉の先で微かな稼働音がした。ちなみにボタンの上には液晶パネルが設置されていて、そこには『9』と出ている。今は、九階に止まっているということだろう。間もなく液晶の数字は『9』、『8』、『7』と下降した。そして『5』と表示されると、チンという音と共にエレベーターが到着した。

 ピエロが乗っていてもいいようにドアから離れて開閉を見守る。

 エレベーターの中にピエロはいない。春斗はドアが閉じる前に箱の中に体を滑り込ませた。昇降する気はないため、『開』のボタンに手を伸ばす。そのボタンの下にはフロアの階数と思しき、数字が並んでいた。

 一番大きい数字は『10』。一番小さい数字は『1』。ボタンの上にある液晶ディスプレイには『5』と出ている。やはり春斗は五階にいると考えて間違いない。そしておそらくこの建物は十階建てだ。少なくともエレベーターでは十階までしか行くことはできない。


 ――ひとまず階段を探しに行こう


 そう思って春斗はエレベーターを一歩出る。そこで全身に鳥肌が立った。笑うピエロがエレベーターホールに現れたのだ。

 春斗はすぐさま箱の中に戻り、『閉』のボタンを連打する。それから『8』のボタンを押した。ピエロは春斗に気が付き、手に持った鎌を振り上げながらエレベーターに突進してくる。

 扉が閉まると同時にピエロは鎌を振り下ろす。

 鎌が扉とぶつかり、箱に衝撃が走った。

 心臓が早鐘を鳴らしていた。間もなくエレベーターは上昇を始める。液晶の数字は『6』、『7』と上昇していき、『8』で停止した。落ち着く暇もない。春斗は身構え、扉の先にピエロがいないことを祈った。

 ゆっくりと扉が開く。幸いなことにピエロはいない。春斗は安堵のため息をもらし、エレベーターを出る。

 ヒントによればナイトメアゲームの参加者は九人という話だ。そしてフロアの数は十。もしかすると各フロアにボスと参加者が一人ずつ初期配置されたのかもしれない。であれば、八階を探れば誰かに出会える可能性がある。

 

 ――このまま八階を探索しよう

 

 春斗は周囲に気を配りながらフロアを歩く。八階も五階とほとんど変わらない。部屋の類はなく、迷路のような廊下が続いているだけだ。

 あたりは耳に付くほどの静寂が広がっている。床には毛足の長い赤い絨毯が敷かれているため、自分の足音すらほとんどしない。これは自分の気配をピエロに知らせないという利点がある一方で、ピエロの居場所がわからないという欠点がある。そして不幸にも欠点が顔をのぞかせた。

 背中に気配を感じて振り向いたときには、数メートル先にピエロがいた。

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