1-5

 エレベーターは四人を乗せて上昇していき、最上階で停止した。エレベーターホールを出ると、心地よい外気が頬に触れる。

 ここは屋上庭園だ。普段は夜になるとイルミネーションによって華やかに彩られるが、今は暗闇に包まれていた。ベンチがあり、足元には人工芝が敷かれている。柳が屋上庭園で目覚めたと言っていたため、ここに出られることはわかっていた。

 スマートフォンの明かりを頼りに四人は歩みを進める。


「本当にここから脱出できるのか?」


 言いながら秋彦は怯えた面持ちで周囲を見回す。


「脱出できるかはわからない。ただ、ヒントで言っていた命を捨てる気でというのが、屋上から飛び降りることを暗に示しているなら、可能性はある」


 ゲームの勝利条件はパルゴから出ること。屋上から飛び、敷地の外に出れば、その時点でクリアなのではないか。春斗はそう考えた。

 屋上の端には転落防止用のアクリル板が設置されている。それは胸の高さであるため、乗り越えることは難しくない。

 四人はアクリル板の前に立つ。眼前には真っ暗な世界が広がっていた。町はあるようだが明かりがついていないため、その全容を把握することはできない。

 柳が夏美の顔色をうかがう。


「夏美、飛べそうか?」


 夏美は不安げに頷いた。


「やってみます……」


 春斗がこのアイディアを話した時、夏美は自分が飛び降りると志願した。

 死んでいないのはわたしたけだから、と。


「無理だったら俺が飛ぶよ。俺が出した案だから」


 春斗の言葉に夏美は小さく首を振った。


「ううん。ここはわたしに行かせて」


 夏美はアクリル板を乗り越え、幅一足分の狭いスペースに立った。残った三人はスマートフォンで夏美の背中を照らす。飛び降りた後、夏美がどうなるのか。それを確認するためだ。

 夏美はライトが点いたスマートフォンを地上に向けた。


「何が見える?」


 春斗は訊いた。


「歩道がうっすら見える」

「行けそう?」

「うん。行ける」


 そうは言うが、夏美の足は震えていた。無理もないだろう。この場に沈黙が落ち、しばし状況が膠着した。夏美の気持ちを思えば、催促することはできない。


「やっぱり俺が行こうか」

 

 春斗は夏美に声をかける。


「ううん。わたしが行く。ごめん。もう飛ぶから」


 夏美は深呼吸をすると、意を決したようにうなずく。


「飛ぶね」


 夏美の言葉を受け、春斗は緊張する。もし推理が間違っていたら夏美を殺すことになる。やはりここは自分が行くべきでは……。そう思って声をかけようとしたとき、夏美はカウントダウンをはじめた。


「三、二、一……」


 ゼロを言わず、夏美は空中に身を投げ出した。

 残った三人はアクリル板から身を乗り出し、夏美を照らす。落下していく夏美がうっすらと見える。


 ――死なせてしまう……、俺はとんでもない提案を……


 春斗が後悔したその時、夏美が空中で姿を消した。

 秋彦が頓狂な声をあげる。


「消えた?」


 三人のライトはさきほどまで確かに夏美の背中をとらえていた。しかし夏美の姿は光の中から消えている。


「これは成功したのか……?」


 春斗が呟くと、柳が目を向けてきた。


「死んで最初に目覚めた場所にいるということはないか?」

「ええ、それもあるかもしれません。でもぼくはゲームがはじまってからすぐに、ピエロに殺される人を見たのですが、その人は首をはねられても、こんな風に消えたりはしませんでした」

 

 春斗の言葉に秋彦が同調した。


「俺も殺されたとき、首をはねられた感触はあった。だから夏美も死んだなら、下まで落ちてないとおかしい気がするな。衝突音が何もないっていうのは変だ」


 柳は顎に手を当てた。


「それもそうか……」


 春斗はバットを足元に置き、アクリル板を乗り越える。そして地面をライトで照らした。


「夏美の姿はないですね」


 柳もバットを置いてからアクリル板を乗り越え、春斗と同じように地面を見た。


「確かにいない……。どうする? 俺たちも飛び降りるか?」

「いや、それよりもまず三階へ行って、夏美が目覚めていないかを確認しに行きましょう」

「ああ、そうだな」


 春斗はアクリル板を乗り越えるため、振り返り、自分の目を疑った。秋彦の背後にピエロが立っていたのだ。ピエロは口の端に笑みを浮かべ、鎌を振りかぶる。秋彦はそれに気づいていない。


「秋彦!」


 春斗が叫ぶが、遅かった。鎌は振るわれ、秋彦の首は宙を舞った。血しぶきが春斗の顔にかかる。

 ピエロはすぐに春斗と柳に焦点を合わせた。二人はバットを持っていない。応戦することはできない。


「飛べ!」


 柳の叫び声と同時に、鎌が振るわれる。春斗は暗闇に向かって跳躍した。刃が背中をかすめ、すぐに地面が近づいてくる。死を意識した次の瞬間、春斗の眼前は白く染まった。


   ※※※※


「秋彦!」


 アクリル板の先で春斗が叫んだ直後、秋彦の首元に衝撃が走った。それから次に目覚めた時、秋彦はショッピングモールの二階にいた。ここは最初に目覚めた場所だ。


 ――俺は殺されたのか……?


 秋彦は首元を抑えて立ち上がる。その時、足首が快復していることに気が付いた。春斗に巻いてもらったテープも消えている。

 二度死んではいけない。

 アナウンスではそんなことを言っていたが、二度殺された秋彦は、こうしてぴんぴんしている。


「なんだよ。二度死んではいけないってのは、ただの脅しかよ」


 秋彦はそう呟いて、これからどうするかを考える。春斗たちはまだこの世界にいるのだろうか。屋上から飛び、脱出に成功していたらすでにここにはいない可能性がある。とすれば屋上に行くべきか。

 そう考えて秋彦は屋上へ足を向ける。エレベーターに乗り込もうと思った時、辺りが少しだけ明るくなっていることに気が付いた。この明るさはなんだろう。疑問に思いつつ屋上庭園までやってくると、明るさの正体が明らかになった。日が昇っている。夜が明けたようだ。

 太陽の明るさにほっとする一方、静寂に包まれ、生の気配がしない世界を不気味に感じた。町は遠くまで続いているが、人の姿は見当たらない。


 ――さっさとここから抜け出そう


 屋上の縁まできて、アクリル板を乗り越える。


 ――ここを飛び降りるのか……。夏美はよく飛んだな……


 地上を見下ろし、秋彦は固まった。足が震える。一度大きく息を吐き、周囲を見回す。するとこちらに向かってくるピエロの姿があった。恐怖心が足元から這い上がってくる。


 ――ピエロに殺されるくらいなら……


 秋彦は足に力を込め、地上に向かって跳躍した。

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