1-3

「キヒヒヒ」

 

 笑い声と共に近づいてくるピエロ。夏美が「閉まる」のボタンを連打すると、ピエロが来るよりも先にエレベーターの入り口がしまった。


「助かった……」

 

 春斗は思わずそうこぼした。

 エレベーターはゆっくりと上昇していく。見れば最上階のボタンが光っていた。夏美が押したのだろう。一階のボタンを押していたら、先ほどのピエロに追いつかれていたかもしれない。二階から遠い階を押したのは英断だ。

 肩で息をする男が七階のボタンを押した。


「七階で降りよう。七階の整骨院は中から鍵がかけられるんだ」

 

 男は中肉中背で端正かつ柔和な顔立ちをしている。彼もまた学生服を着ていた。おそらく高校生だろう。中学生というほど幼くはない。ちなみに学生服は春斗や秋彦が着ているものとは違う紺色のブレザーだ。


「助けてくれてありがとうございました」


 秋彦が男に向かって頭を下げた。


「ああ。でも今はお礼はいいよ。とりあえず話は整骨院に逃げてからだ」

 

 エレベーターは七階に到着する。男がフロアに出て周囲を確認した。


「ピエロはいない。こっちだ」

 

 春斗は再び秋彦に肩を貸し、夏美が後方を警戒する。

 整骨院はエレベーターの近くにあった。木製の扉が設置されていて、中は見えないようになっている。

 男は扉を開け、スマートフォンのライトで室内を照らした。


「ピエロはいない。大丈夫だ」

 

 中に入り、しんがりの夏美が扉を閉じると、蛍光灯に明かりが灯った。春斗は眩しさに目を細める。男が電灯のスイッチを押したようだ。

 入ってすぐのところは待合室になっていた。受付カウンターがあり、ソファや椅子が置かれている。

 男は待合室の先にある施術室に入っていくと、すぐに戻ってきた。


「こっちにもピエロはいない」

 

 夏美が扉の鍵をかけ、春斗は秋彦をソファへ座らせる。


「助けてくれてありがとうございます」

 

 秋彦は改めて男に礼を言った。

 男は謙遜するように顔の前で手を振り、微笑する。


「いや、いいんだ。それより足はどう?」

「折れてはないみたいです」


 秋彦はゆっくりと足首を回して具合を確認すると、顔をあげて春斗を見た。


「春斗もサンキューな。肩を貸してくれて」

 

 男が春斗と秋彦に視線を配る。


「二人は知り合いなのか?」

 

 春斗は頷いた。


「はい。同級生です。あと、こっちの夏美も同級生なので、ここの三人は知り合いです」

「へえ、そうなのか。ちなみに俺の名前は柳竜二やなぎりゅうじ。高校二年。よろしく」

「山吹春斗です。高校一年です」

 

 春斗に続いて秋彦と夏美も自己紹介をする。


「三人もいれば心強いな。このフロアはスポーツ用品店が入ってるから、そこで人数分のバットを調達しよう。バットがあればピエロを倒せないにせよ、応戦して時間稼ぎはできる。それでバットを調達したら、一階まで下りて脱出だ」

「一階……。遠いですね……」


 春斗は言って、夏美を見た。


「夏美、一階の他に出入り口があるかわかる?」

 

 不測の事態が生じた時のために脱出経路はなるべく多く把握しておきたい。


「もしここが品川店と同じつくりなら、一階以外にはないと思う。一階には二つの出入り口があるけど」

「あ、ここって品川のパルゴと一緒か」

 

 秋彦が思い出したように声をあげる。

 柳が夏美に目を向けた。


「夏美はこの場所を知ってるのか?」

「ええ。たまに来る店と同じなんです」

 

 夏美は答えると、春斗を見る。


「従業員出入り口とかは、もしかしたらあるかも。あとこういう店には非常口もあるはず。でも、そこまでは把握してない」

 

 秋彦が手を挙げた。


「あ、そのことなんだけど、もしかすると従業員出入り口の方には行けないようになってるかもしれない」

 

 春斗は首を傾げた。


「行けないようになってるかもって?」

「俺は春斗や柳さんに出会う前にも、一度、ピエロに追いかけられてて。それで関係者以外立ち入り禁止の扉の前まで逃げたんだけど、そこの扉が開かなかった。バックヤードとかには行けないようになってるのかもしれない。それで俺は逃げ場がなくて、ピエロに殺された」

 

 春斗は目を見開く。


「殺された?」

「ああ。俺は一度ピエロに殺されてる」

「殺されても無事なのか……?」

「一度は死んでも大丈夫ってアナウンスがあっただろ? だからかもな。次死んだらどうなるかはわからない。それと死ぬと最初に自分が目覚めた場所に戻る。ちなみに俺は二階で目覚めた」

「そうだったのか……。でも秋彦が逃げようとしたバックヤードだけたまたま鍵がかかっていたってことはない? 中に人がいたとか」

 

 春斗の疑問に柳が答えた。


「いや、秋彦が言うようにバックヤードには行けないようになっているんだと思う。俺はこの階に入っているスポーツ用品店でバットを調達したんだけど、その時、バックヤードや非常階段の方も調べようとしたんだ。でも秋彦の言う通り、そっちには鍵がかかっていて行くことができなかった」

 

 柳はそこまで言うと、受付の奥にある扉を指した。


「この整骨院も従業員控え室には行けないようになってるしな」

 

 春斗はカウンターの先にある扉に手をかける。柳の言う通り扉はびくともしなかった。


「こうなるとエレベーターで一階までおりて、出入り口を目指すしかないかもしれませんね」

 

 春斗が言うと、柳は首を傾げた。


「エレベーター? 階段ではなく?」

「ええ。四人いますし、エレベーターの方がいいと思います。もしエレベーターが開いた先にピエロがいたとしても、四人で武器を持って立ち向かえば、なんとかなると思いますし。途中でピエロと出くわす可能性を減らせます」

「それもそうか。じゃあエレベーターで降りるか」

 

 異論は上がらなかった。

 春斗はさらに言葉を続ける。


「それともう一ついいですか。一階に降りて行ったあとのことなんですけど、一階に降りたら、誰か一人がフロアに出て様子を確認しましょう。三人はエレベーターで待機。これは全滅を避けるためと一人がフロアでピエロに追われたときに、三人が逃走経路の確保をしておくためです。問題なく脱出できることが確認出来たら、フロアに出た一人はエレベーターまで戻って報告。それから四人で脱出。フロアに出るのは、一度も死んでいない秋彦以外の誰か一人。最悪、ピエロに殺されるようなことがあっても、一度だけなら生き返るみたいなので」

 

 柳は指を鳴らした。


「なるほど。いい作戦だ。ただ言い忘れてたことがある」

「なんでしょう?」

「実は俺も一回、殺されてるんだ。だからできればフロアに出るのは、他の人にしてもらいたいんだけど、どうかな?」

「え、柳さんもですか?」

 

 フロアに出ることに怖気づき、殺されたと嘘をついているのでは。このタイミングでの告白に春斗は一瞬そんなことを思ったが、さきほど柳が勇敢にもピエロに立ち向かった場面を思い出し、それはないなと内心で首を振る。過ぎた邪推だ。これから共に脱出しようとする相手を疑うのもよくない。


「そういうことでしたらフロアに出るのはまだ死んでいないぼくか――」

 

 春斗は言いかけて夏美を横目で見る。


「――いや、そういうことならぼくがフロアに出ます。それで脱出できるか確認してきます」

「春斗。わたしも死んでないから――」

 

 春斗は夏美の言葉を遮る。


「いや、ここは俺に行かせてほしい。もし俺が殺されて、次に命を張る場面がきたら、その時は夏美に頼むよ」

「わかった……」

 

 春斗は秋彦を見る。


「もう一度、秋彦に確認するけど、殺されたら最初に目覚めた場所からリスタートで間違いない?」

「ああ、間違いない。柳さんもそうでしたよね?」

「ああ。そうだ。俺はゲームが始まった直後、最上階の屋上庭園で目覚めたんだけど、殺されたあともそこからリスタートだった」

「そういうことでしたら、万が一ぼくが一階のフロアで殺されるようなことがあったら五階の紳士服売り場に来てください。ぼくは、そこで目覚めたので」

「オーケー」

 

 柳は頷き、小さく手を叩いた。


「それじゃあ今、春斗が言った方法でいこう」

 

 秋彦はソファから立ち上がろうとして、顔をしかめる。


「痛むみたいだな。ちょっと待っててくれ」

 

 柳はそう言うと施術室に入っていく。それからすぐにテーピングテープを手にして戻ってきた。


「整骨院だからやっぱりあった。誰かテーピング巻けるか?」

 

 春斗は手を挙げる。


「巻けます」

 

 春斗は中学時代にサッカーをしていて、その時にいくつかテーピングの方法を学んでいた。


「それじゃあ春斗、秋彦にテーピングを。俺は隣のスポーツ用品店から人数分のバットを持ってくる」

 

 柳はそう言うと、一人で整骨院を出ていった。

 春斗が秋彦の足首にテープを巻き終えるころ、柳はいくつかのバットを手にして、戻ってきた。


「上手いもんだな」


 柳は秋彦に巻かれたテープを見て感心した。


「何かやってたのか?」

「中学時代までサッカーを。そこで少し学びました」

「へえ。サッカーやってたのか。俺も中学までやってたんだ――ってこんなことを話してる場合じゃないか」

 

 柳は苦笑すると、三人にバットを渡した。


「それじゃあ、みんな準備はいいか?」

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